今日って満月なんだ。 安室さんと合流してショッピングモールを歩く。 ログテラス風のオープンデッキから上を見上げると、雨と予報された空は薄い雲に覆われて、満月はおぼろに霞んで見えていた。 「名前さん?」 「あ、はーい!」 安室さんが屋内に通じるドアを開いて待ってくれている。 急ぎ足で近づいてくぐってみると、少し遅い時間だがショッピングモールの中はカップルや家族連れで賑わっていた。 「あれ?ここ、フラワーショップになったんですね。」 以前はCDショップだった場所が、いつの間にかフラワーショップに変わっていた。 小さな女の子がマーガレットの花束を抱き締めて顔を輝かせている。その姿に思わず顔が緩んだ。 「本当だ。店先に並んでる花、どれも色鮮やかで綺麗ですね。」 「ですね!そうだ。お花と言えば…私、前に答えたアンケートでお花が当たったんです!」 「アンケートで、花が…?」 「はい!無意識に会社の住所を書いてたみたいで家には届かないんですけど、ここ最近は毎週会社にミニブーケが届くんです。」 私がそう言うと、安室さんがハッとしたように目を見開く。 「そのブーケには…どんな花がありましたか」落ち着いた声で彼は言った。 「えーっと…最初は真っ赤なシクラメン、次に赤のアザミ、今週はアイビーとスイセンでした。」 指を折りながら数える。 届くのはいつも月曜だから、休み明けにもきっと何か届くはず。次はどんな花が来るんだろう。 あれ…気のせいかな?安室さんの表情が曇ってきた気がする。 「…名前さん!実はっ、」 「あ!安室さん見てください!あれ良さそう!」 「名前さん、前!」 ドンッ! 視線の先のショーウインドウに可愛いカップを見つけた。ろくに周りを見ないで走り出した私は、前から歩いて来た人にぶつかってしまった。 「すみませ……………っ、」 帽子を目深に被った男性。 とっさに謝ろうとした時にゾワリと全身が粟立つ。 怖い、 ───逃げなきゃ…! 「名前さん!!!!!!!」 焦ったよう叫ぶ安室さん。 気付いたときにはもう遅くて…一瞬のうちに男に身体を拘束され、私の首もとにナイフが突き付けられた。 男がナイフを出した瞬間、周りから悲鳴が上がる。 「可愛い可愛い僕の名前。やっと僕の所に帰ってきてくれた。」 この声…まさか…、 「笹川…さん、」 「やっと気付いてくれたね。ずっと近くにいたのに…名前はその男の事ばかり。僕を嫉妬させようとしたのかい?ふふっ。心配しなくても僕は名前が一番だよ。」 男が被っていた帽子を取った。 間違いない。取引先の笹川だ。 「どうしてこんなこと…」 「どうして?決まってるだろう?君を取り戻す為さ。君にはあんな男より、僕の方がふさわしい。そうだ。プレゼントは気に入ってくれたかい?」 プレゼント…? 「…名前さんに花を送っていたのはお前の仕業か。」 あの花を、この人が、 「綺麗だったろう?花言葉に僕の気持ちを込めたんだ。」 「花、言葉…、」 口の中が、まるで長距離を走った後のようにカラカラに乾いている。じっとりと、体中に汗がにじんでいた。 「…赤のシクラメンは『嫉妬』、白薔薇は『私はあなたにふさわしい』、アイビーは『死んでも離れない』、スイセンは『私の元に帰って』。」 「ふふっ。お前、随分詳しいじゃないか。そうだ。その花言葉たちが僕の気持ちだよ。 名前の部屋のポストにも花を入れたんだ。それも見てくれたかい?」 部屋のポストに?どういうこと?私は花なんて1度も見ていない。 「先日のクレマチスも、今朝の大量のスノードロップも…悪趣味過ぎて名前さんの視界に入る前に僕が処分しましたよ。」 「それは残念だ。」 「……名前さんを離せ。」 低く、地を這うような声で安室さんが言う。 「断る。せっかく僕の腕の中に帰ってきてくれたのに、何故離さなければならない? 名前はお前と一緒にいたようだけど…そんな物は一時の感情、幻想に過ぎない。」 「帰ってきてくれて本当に良かった」恍惚とした表情で私に顔を寄せ、耳元で囁く。 「好きなんだ。愛してるんだ。僕の世界は名前で出来てる。名前も僕と同じ気持ちだろう?」 …完全に狂ってる。 早くこの男から離れないと。隙を作ってここから離れる事が出来れば、後はなんとかなるはず。 小さく息を吐いて、安室さんにアイコンタクトを送る。 安室さんだっている。きっと大丈夫。 ドキドキと鳴っている心臓を落ち着かせてから、私は男の腕に思いっきり噛みついた。 「っ…このアマ!!!!!」 男の腕が離れた。チャンスだ! 「安室さんっ!!!!」 「名前さん、手を…!!!!」 安室さんに向かって、揃いのブレスレットをつけた手を思いきり伸ばす。 「痛っ…!!!」 「はーい、ストップ。」 あと数センチの所で、後ろからぐんと腕を引かれて男の腕の中へ逆戻りしてしまった。 あとちょっとの所だったのに…! 先程よりも強く拘束されてしまった。これじゃ身動きが取れない。どうしよう…他に何か手は… 私が思考を巡らせていると、男が懐から携帯電話を取り出して高く掲げた。 「僕は今、身体に爆弾が巻き付けてあるんだ。 プラスチック爆弾ってやつ。 その爆弾がね、このスマホの画面を触れば一瞬でドカンだ。」 「そんなの嘘に決まって…、」 「嘘じゃない。今の世の中、ネットで探せばこんな物まで売ってくれる人は沢山いるんだ。 名前を救う為だ。このくらい訳ないよ。」 「貴様っ…!そんな物をここで爆発させたら大勢に被害が…!」 「だーかーらー、動くなって言ってるだろ?お前が僕と名前にこれ以上近付いたら今すぐにでもボタンを押すよ。」 人質、ナイフ、爆弾。 これだけ最悪な条件が揃ってしまえば手も足も出ない。 私がもっと上手く立ち回れていたら…! 「ふふふ…ふふふふっ…あはははははは!!!」 「…何がおかしい。」 「おかしいんじゃないさ。嬉しくて仕方ないんだ。…名前と永遠に一緒にいられるのがね。」 頬ずりをされ、頬ににキスをされる。 気持ち悪くて吐きそうだ…… 「嫌っ…離して…!!!」 「ダぁメ。今離したら、アイツの元へ行くんだろう?名前は僕のモノなのに。」 「貴方の物になった覚えは無いわ!」 「ふふふ…照れちゃって可愛いなぁ。そんなに急かさなくても、もうすぐだから。」 「…や、…やめて…」 「おやすみ。名前。永遠に僕と生きよう。」 「っ…名前さん…!!!!!!」 男の指が、画面に伸びる。 周りの景色がスローモーションに見えた。 安室さんがこっちに駆け寄ってくる。 その姿へ向かって、もう一度手を伸ばした瞬間… 轟音と共に私の意識は無くなった。 0になったコントラスト to be continued… [mokuji] [しおりを挟む] |