【それ】は突然届いた。 「苗字さん、これ、貴女宛の荷物ね。」 「私宛…ですか?」 デスクの上に置かれた小さな箱。 何だろうこれ。こんなの頼んだ覚えが無い。差出人の名前は…。 「フォリーキャンペーン事務局…?」 キャンペーンって事は、何か応募した物が当たったってこと?懸賞とか全然やらないんだけど、何かあったのかな…。 思い当たるものと言えば、この間買い物に行ったときに店員さんに頼まれたアンケートくらい? そう言えばあれ、運が良ければコスメとか商品券が当たるとかなんとか言ってたような気が…。 でも職場の住所なんて書いたっけ?…無意識に書いてたのかな。 ちょっと気になるし、とりあえず開けてみよう。 ガムテープを丁寧に剥がして、そっと箱を開ける。中から出てきたのは… 「凄い!シクラメンのブーケだ!」 真っ赤なシクラメンが可愛らしくミニブーケになっている。 給湯室から持ってきた小さめのコップに花を生けると、深みのある鮮紅色がデスクの上を一気に華やかにした。 翌週は、白薔薇がメインのブーケ。 翌々週は可愛い葉の形のアイビーとスイセン。 単なるアンケートのプレゼント品にしては豪華だな… なんだか不思議な気がしたけど、最近海外進出もした人気ブランドだから豪華なのかな、と良い方に考えることにした。 「名前さん。最近何か変わったことはありませんでしたか?」 シンクの排水溝に、水に溶けてゆるくなった泡が吸い込まれていく。 安室さんと並んで昼食分の食器洗いをしている途中、急にそんな事を聞かれた。 「変わったこと?」 「ええ。」 安室さんから受け取ったマグカップを拭きながら考える。 仕事も忙しくないし、体調もすこぶる良い。休日だってちゃんと取れている。 「んー…特に無い気がします。」 「…………そうですか。」 「?何か気になることでも…あっ!!!!」 ─────ガチャン!!!! 手が滑り、拭いていたマグカップを落としてしまった。 大きな音と共にマグカップは砕け散り、拭ききれていなかった水滴が床を濡らした。 「名前さん!怪我は!?」 「私は大丈夫です。安室さんも怪我は無いですか?」 「ええ。すみません、僕が話しかけてしまったから…。」 「違いますよ!私が勝手に手を滑らせてたんです!ごめんなさい。すぐ片付けますね。」 「いえ、危険なので僕に任せて下さい。怪我でもしたら大変だ。」 「でも…。」 「では、箒と塵取りを持ってきて頂けますか?大きな破片は手で拾ってしまうので。」 「はい!持ってきます!!」 「さがっていて下さいね」 安室さんに持ってきた箒と塵取りを渡すと、床に散らばっていた細かな破片がてきぱきと片付けられて行く。 集めた欠片を新聞紙で包んで一纏めにした後、ビニール袋に入れてゴミ箱へ捨てた。 「よし、これで大丈夫です。」 最後に床をサッと拭くと、安室さんは満足気に微笑んだ。 「安室さん、ありがとうございました。」 「どういたしまして。名前さん、本当に怪我はありませんか?」 「私は大丈夫です。でも…このマグカップ、凄く気に入ってたのに…。」 私が割ってしまったのは安室さんと一緒に買いに行ったマグカップだった。 大きめで保温性にも優れたシンプルなデザインのマグカップは私のお気に入りで、いつもこのカップで安室さんが容れてくれるハニーラテを飲んでいた。 「形あるものはいつか壊れてしまいますから。」 落ち込む私の頭を撫でながら、困ったように安室さんが笑う。 「同じ物、まだ売ってるかなぁ…。」 「どうでしょう…買ってからそれなりに日にちが経っていますし…。」 「夕方、銀行に行くついでに駅前のショッピングモールまで見に行こうかな。」 「それなら僕も一緒に。」 「安室さん、今日はこれから図書館に行くって言ってましたよね? 閉館時間が伸びたから、ゆっくり調べもの出来るって話してましたし。」 「最近は日が暮れる時間も早くなってきましたし、帰りは暗くなります。何かあってからでは遅いので、僕も一緒に行かせて下さい。 本は後で借りて来て、此処で読めば良いだけの話です。」 「でも…安室さんの貴重な時間を貰ってしまうのは申し訳ない気が…。」 「おや?名前さんのナイト役が僕では不服ですか?」 渋っていると、大人の男性の余裕と優しさと、少しばかりいたずらっぽさも含んだ笑みが私に向けられる。 「そっ、そんなこと言ってません!! …だったら、夕方過ぎに駅前で待ち合わせにしませんか? 安室さんが図書館を出てから駅前に着くまでの時間で、私も銀行で用事を済ませて来ます。 これなら、安室さんも少しはゆっくり出来ると思うし…。」 安室さんはああ言ってくれたけど…やっぱり安室さんの時間を無駄にする訳にはいかない。 銀行にいくのは大した用事じゃないけど、あの銀行って無駄に人が多いから待ち時間も長いんだよね。 「合流してショッピングモールで買い物して、ついでに夕飯も食べて来ちゃいましょ!」 「わかりました。そうしましょう。」 秒読みの終わりが手招く (終わりへのカウントダウンは) (とっくに始まっていた) [mokuji] [しおりを挟む] |