ブーゲンビリア





「名前さん、チョコレートと口直しのフルーツを…って、もうそんなに飲んだんですか!?」


名前さんのご所望のチョコレートと口直しのカットフルーツを手に戻ると、テーブルに肘をついた彼女が無邪気な笑みを振りまいている。
ちょっと目を離した隙に、先ほど開けたばかりのバーボンは半分程になっていた。


「えへへ。だーっておいしーんだもーん。もう一杯〜。」

「あっ、コラ!」


テーブルに置いてあった僕のグラスを手にとった名前さんは、残っていたウイスキーを口の中に放り込むようにして飲んでしまった。


「はぁ…しあわせー。えへへへへへ。」


へにゃりと顔を崩して名前さんが笑う。
ダメだ。完全に出来上がってしまっている。


「名前さん、今日はこの辺で…」


─────ゴンッ!!!


「ちょっ、名前さん!?大丈夫ですか!?」

「だいじょーぶー。えへへへへ。」


「お開きにしましょう」そう言い終わる前に、名前さんがテーブルに盛大に頭をぶつけた。
すぐに起き上がった彼女は、額を擦りながら相変わらずへらへらしている。

大丈夫って…凄い音したぞ?酔って痛覚までおかしくなってるのか?


「笑ってる場合じゃないですよ!ほら、見せて下さい。」


目線が同じになるよう名前さんの傍らに膝をつき、彼女のおでこに手を載せる。
少し赤くなっているが瘤にはなっていない。意識もハッキリ…してはいないな。でも、一応大丈夫そうだ。


「うふふ。あむろさん、きょうもキレーなかおー。」


こちらの心配をよそに、名前さんはまるでじゃれあっているかのように僕の首に腕を回して微笑む。
相当酔っているらしい。普段の名前さんだったらこんなことは絶対にしない。それに、さっきからずっと敬語が抜けている。


「…………ハァ。」

「?」


名前さんを見つめて、ため息をひとつ。

淡く蒸気した頬に、すぐ近くにあるぷっくりとした桜色の唇。上目遣いに見上げてくる顔は殺人的に可愛い。
思わずキスしたくなる衝動に駆られるが…酔った女性に手を出すなんて紳士ではない。鉄のような意志で自分の心を抑えつける。


「じゃ、あむろさんのキレイなかおをツマミにもう一杯。」


そう言って僕から身体を離し、テーブルの上に置いてあるウイスキーの瓶に手を伸ばす。
とっさに僕も手を伸ばし、彼女より先にウイスキーの瓶を掴んだ。


「あー!わたしのバーボン!かえして!」

「今日はもうお開きにしましょう。」


名前さんに取られないよう後ろ手に瓶を隠してからそう言うと、楽しそうな彼女の表情があっという間にむくれたものになる。


「………えー。」

「そんな顔してもダメです。」

「あむろさんのケチー。なんでだめなんですか。」

「貴女が酔ってるからですよ。」

「よってないもん。へいきだもん。へーいーきー!だいじょーぶ!」


平気だ、大丈夫だと、気の抜けたような舌ったらずな声で名前さんは何度も繰り返す。
それを全て無視していると、大きな瞳に涙を溜め始めた。

泣く程の事では無いだろう?

少し呆れたが、その顔でさえも愛しいと思う僕はかなりの重症かもしれない。


「…気分が悪かったりは?」

「しーませーん!」

「あと一杯だけって約束出来ますか?」

「でーきまーす!」

「仕方ないですね…。ほんの少しだけですよ。」

「やったあ!あむろさんだーいすき!」


名前さんの涙を拭った後、気持ち程度にグラスへウイスキーを注く。


大好き、ね。
全く…人の気も知らないで…。


「名前さん。」

「んー?」

「バーボンと僕、どっちが好きですか?」


上機嫌でバーボンを飲み始めた名前さんに問いかけた。

ふと思いついただけの、ほんの悪ふざけ。
それはちょっとした興味であり、悪戯心であり、そしてわずかな期待でもあった。


「あむろさんの方が好き!」

「ハニーラテと僕だったら?」

「あむろさん!」

「っくくくくく」


なんだこの可愛い生き物は。


まるでそれが当然だというように、名前さんは即答する。

『酔っている時、普段は理性で押しとどめていることも口について出てくる。だからこそ、そこで聞かれる言葉は本音である』とする説もあれば、『酔ってる時は、判断力が極めて低い状態にある。だからこそ、信用しない方が良い』と考える説もある。

どちらにせよ、名前さんが大好きなハニーラテには勝っている。今はそれだけで十分だ。


クスクスと笑う僕の顔をじっと見ていた名前さんが、両手で握っていたグラスをコトンと音を立てて置く。


「あむろさんは…わたしのこと、すき?」


眉を寄せた彼女があまりに不安そうなのを見て、また少し笑ってしまった。

答えなんて決まっているのに。

ああ…本当に可愛いな。


「…どっちだと思います?」

「えー。どっちだろー?んー。」


名前さんは目を瞑って、うんうんと悩み始めた。そしてそのうちにこっくりこっくりと舟を漕ぎ始め、ついにはうつむいたまま動かなくなった。

そろそろかな…とは予想していた。とろんとした目が、さっきから何度も閉じそうになっていたから。

起こさないよう、名前さんをゆっくりと抱きあげた。夢でも見ているのか、彼女は幸福そうな表情をしていた。



「……流石に飲み過ぎたな。」



テーブルに転がったウイスキーの瓶に目をやる。

2人で三本も飲んだのに、更に名前さん一人で瓶を半分開けたのだ。明日は間違いなく二日酔い確定だろう。
甲斐甲斐しく名前さんの世話を焼く自分を想像して、また笑いが込み上げてくる。





「好きですよ。」





無防備に抱かれている寝顔に向かって、小さく呟いた。







何気ないことにも感じる愛しさ
(今夜は良く眠れそうだな)




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