「あ。この瓶、もう空っぽ。」 「こっちもです。結構飲みましたね。」 「お酒も美味しいけど、安室さんが作ってくれた料理もすっごく美味しいから。余計にお酒が進みます!」 「僕も名前さんと飲むのが楽しくて、つい飲み過ぎちゃいました。」 ロックにして溶けていく氷で味の変化を楽しんだり。 ジャムをいれたホットウイスキーで柔らかな香りを楽しんだり。 水割りにして私好みの濃さを発見したり。 カクテルだって、定番から紅茶を使ったものまで色々飲んだ。 美味しい酒と、美味しい料理、そして楽しいお喋りに相まって、あっという間に瓶は空っぽ。残りは1本だけになっていた。 安室さんは色んな話題を面白可笑しく話してくれるし、博識だからためになる情報も時折混ぜてくれる。 話が途切れないよう合いの手も入れながら、私の話もきちんと聞いてくれる。 昨日の飲み会は早く終わりにしたい、早く帰りたいとばかり思っていて、冷めた気持ちで参加してた。 自分が話したいだけの人が多くて、話を聞くのも段々面倒で…。その結果、お酒がぶ飲みして具合悪くしちゃったんだよね。 それなのに、今日はこの楽しい時間がもっと続けば良いなと思う。 「私、良い感じにホロ酔いになってきました。」 そこまでお酒は強くない筈なのに、今日はどんどん飲めてしまう。でも、流石に頬は熱を持ってきている。 「ホントだ。名前さんの頬、少し赤い。」 「っ…安室さん!?」 ペチペチと自分の頬を触っていると、前から安室さんの手が伸びて来て私の両頬を包んだ。 真正面から近付いて来る、安室さんの綺麗な顔。 「おや?今度は真っ赤になりましたね。リンゴみたいだ。」 可愛い、綿菓子みたいな笑顔で安室さんが言う。 なんだかいつもより距離が近いし、スキンシップも多い気がする…! これはもしかして… 「安室さん、酔ってます!?」 「どうでしょう?気分は良いですよ。とても。」 それって酔ってるって事ですよね!? よく見たら、安室さんの頬は薄ピンクだし…お酒のせいか、瞳がうるうるして子犬っぽくて可愛い…。 って、変な事考えてる場合じゃない。 急に近くなった距離に慌てて、それを誤魔化すように話を引っ張り出す。 「あ、…安室さんっ!!!」 「はい?」 名前を呼ぶと、安室さんは私の頬から手を離してキョトンとした顔をした。 「昨日、どうして私を迎えに来てくれたんですか…?」 グラスを置いて、安室さんに昨日の事を聞いてみる。 昨日は満月だった事に気付いちゃったから、正直それどころじゃなくて…。 今朝安室さんの顔を見るまで、すっかり忘れてたんだよね。 「昨日は朝から暗い顔をして、何度も溜め息をついてましたから。 僕が名前さんを見送りする前も、小さな声で”行きたくないな”と呟いていたでしょう? そんなに嫌なら、いっそ僕が名前さんを拐ってしまおうかと思いまして。」 グラスの中のウイスキーをくるりと回しながら、安室さんはいたずらっぽく笑った。 自分じゃ気づかなかったけど…私、そんなに溜め息ついてた? それに…行きたくないって言ったの、絶対聞こえてないと思ってたのに。ちょっと恥ずかしい。 「ふふふっ。拐うって…警察官の台詞じゃないですよ。」 「あはは。確かにそうですね。」 「お店の場所を知ってたのは?」 「名前さんが見せてくれたホームページに住所が載ってましたから。」 「載ってたって…あの一瞬で覚えたって事ですか!?」 「ええ。」 さも当然ですと言う風に話す安室さん。 …安室さんの記憶力凄すぎない?これも探偵スキルってやつ? 「あとその…あの時、私の名前…。」 「親密さを出すなら、いつもの名前さんって呼び方じゃダメかなと思いまして。 探偵の方の依頼でも、たまに彼氏の演技をしたりするんです。」 あ、そう言う感じね…。 また私の意識し過ぎだったって事ですね。 「それがどうかしました?」 「えっ、いや…別に…!」 「もしかして…お友達に何か言われてるとか?」 「あはははは…まぁその…はい。安室さんみたいなカッコいい人が突然来たから、名前2…私の友達に彼氏なのかって聞かれてて。」 嘘は言ってない。昨日から『迎えに来た男は彼氏なのか』と、名前2から何度もメッセージが届いてる。 どう答えるべきか迷って、既読にしたまま放置しちゃってるけど…。 「良いじゃないですか。彼氏だって答えても。」 「とんでもない!仮でも安室さんを彼氏呼びするなんて私には、」 「嫌…ですか?」 テーブルの上に投げ出していた私の手を、安室さんが握った。 お酒が入っているせいなのか、私を見つめる青い瞳が甘さを孕んでいて…変にドキドキしてしまう。 「えっと……嫌、じゃないです。ごめんなさい。」 「ふふっ。どうして名前さんが謝るんですか。 ほら、僕が彼氏と言う事にしておけば名前さんが飲み会を断る理由にも使えますよ。」 楽しくも、面白くもない飲み会を断る理由になる。私にとって、それはとっても魅力的な囁きだった。 「…安室さんが良いなら、そうさせて頂きます。」 「ええ。構いませんよ。」 安室さんは満足そうに目を細めて、重なっていた手を離した。 触れられた所がジワジワと熱を持っていて、胸の焼けるような焦りを感じた私は弾かれたように席を立つ。 「そ、そう言えば冷蔵庫にチョコレートがあったんでした!私持ってきます!!」 「いえ。僕が取ってきますから、名前さんは座っててください。」 「………お願いします。」 勢い良く立ち上がったのに、優しく肩を押されて椅子の上に戻る。 席を立った安室さんの後ろ姿を見ながら、小さく息を吐いた。 ”探偵の方の依頼でも、たまに彼氏の演技をしたりするんです。” そうだよね。探偵のお仕事してる安室さんからすれば、彼氏のフリなんて普通の事だよね。 あーもう…いちいち反応してしまうのをどうにかしたい。 私以外の女の人にも、安室さんは同じ事をしてるんだから。 ───チクッ ん?今一瞬胸が痛んだ気が…。 …気のせいかな。でも、変な感じ。 胸の痛みはもう無いのに、今度は喉の奥に何かがつっかえた用な不快感。 それをどうにかしたくて、琥珀色の液体を一気に流し込んだ。 ヤバい…これ、水じゃなくてウイスキーだ。 気付いた時にはもう遅くて、喉からカッと熱くなってくる。 でも気持ち悪さは無いし、むしろほわほわして気持ちいい。 大丈夫、まだ大丈夫 (ふへへ……良い気分。) (もうちょっと飲んじゃお。) [mokuji] [しおりを挟む] |