「「乾杯。」」 ───カチンッ グラスを軽く合わせると、僅かな余韻を残して音が消えて行く。 「わーっ!甘い!安室さん、これ美味しい!」 「ふふっ。僕の言った通りでしょう?」 1杯目はバーボンウイスキーをハイボールで。 のど越しがよくて、シュワシュワの爽快感がたまらない。 初めてウイスキーを飲んだ時は、アルコールの匂いばかりが気になって美味しさがわからなかったのに。 「私、ウイスキーがこんなに美味しいなんて知りませんでした。これなら何杯でも飲めちゃいそう。」 「同じバーボンでも、製造メーカーによって味は変わってきます。色々飲み比べて、名前さんが気に入るものを見つけましょう。」 「じゃあ次はその封蝋がしてあるバーボンが良いです!」 「それなら…オレンジジュースでカクテルにしましょうか。」 ウイスキーとオレンジジュースのカクテル?そっちも美味しそう…! 「安室さんが飲んでるのは?」 「これですか?スコッチソーダです。」 スコッチソーダかぁ…。 私が飲んでるのも、安室さんが飲んでるのも、どっちもウイスキーのソーダ割りだよね?どう違うんだろ? 「そっちも気になる!私も飲みたいです!」 「こらこら。そんなに焦らなくてもお酒は逃げません。 焦りは最大のトラップです。酒は百薬の長と言いますが、ハイペースで飲むと二日酔いの原因にもなります。ゆっくり楽しみましょう。」 「はーい。」 安室さんに怒られちゃった。 でも、どれもこれも珍しくて、ついつい気になっちゃう。 「ハイボールやカクテル系で少し慣らしたら、ロックとストレートでも飲んでましょうか。」 「やった!楽しみです!」 お洒落なバーのカウンターで、氷の入ったロックグラスを優雅に傾けて。 ドラマや映画で良く見る光景に、私も一度は憧れた事がある。 「ロックで飲む前に…1口か2口はストレートで飲んでみましょう。 チェイサーにミネラルウォーターも用意してあるので、交互に飲んでくださいね。」 今日買ったばかりのショットグラスにウイスキーを注ぎながら安室さんが言う。 安室さん、バーテンダーとか絶対似合いそう。 白のワイシャツに、黒のベスト、そして超ネクタイ。…うん。間違いなくカッコいい。 そんな事を思いながらグラスを受け取る。 口元へ近付けると、力強く香ばしいバニラやカラメルの香りに混じって、ほんのりとフローラルの香り。 香りを確認して、少し緊張しながら口に含んだ。 あ…思ってたよりずっと飲みやすい。 ハイボールやカクテルと比べれば、アルコール感は確かに強い。 でも、それに不快感は無いし、ちゃんと味もわかる。 「私、これが1番好きかも。」 「フォアローゼズですね。クリアでなめらかな味わいで、バーボンが苦手な人でもこれなら飲めると言う人が多いそうですよ。」 「その気持ちわかるかも!これ、さっぱりしてて凄く飲みやすいです。それに、薔薇のラベルも可愛い。」 「諸説ありますが…ラベルにある4つの薔薇には、素敵な逸話があるんですよ。」 「素敵な逸話?」 「ええ。とある舞踏会で、男性が一目惚れをした女性にお酒の力を借りてプロポーズをしたんです。 突然プロポーズをされたその女性は、答えがイエスなら次の舞踏会に薔薇のコサージュをつけていくという返事をしました。 そして次の舞踏会の日、その女性は4輪の真紅の薔薇を胸に飾って現れた…と言う逸話です。」 安室さんが話してくれたのは、映画のようなロマンチックな物語。 4本の薔薇。 花言葉は確か、『死ぬまで気持ちは変わらない』。 それって…キリスト教の結婚式で新郎新婦が誓う、「死が2人を分かつまで」って言葉みたい。 この2人は永遠の愛を誓ったって事だよね。 「そんな逸話を聞いたら…もっと好きになっちゃいますね。」 ラベルに描かれた4本の薔薇を見ながら、もう一度口に含むと、なんだか幸せな気持ちが増した気がした。 「ストレートの次はロックで飲んでみましょう。」 「凄い!丸い氷だ!…こんなの買いましたっけ?」 私のグラスが空になった事を確認してから席を立った安室さん。 キッチンにある冷凍庫から彼が取り出して来たのは、真ん丸の氷だった。 丸い氷なんて買ってないよね?いつの間に用意したんだろう…? 「軟水で作って、カットしてから磨いておいたんです。 ウイスキーと触れ合う表面積が小さい丸氷は、氷の溶ける速度が緩やかなので、必要以上にウイスキーの味わいを変えることが無いんですよ。」 透明感のある丸くて美しい氷が、グラスと触れあって涼やかな音を立てる。 そこへウイスキーが入ると、黄昏時に浮かぶ夕陽みたいだった。 君との時間を楽しむ (氷1つにも手を抜かない所が) (すごく安室さんらしい) [mokuji] [しおりを挟む] |