さあらの住んでる部屋の前、呼び鈴を鳴らせばすぐに中から扉が開かれた。
「いらっしゃーい」
「おー。適当に飲みもんかってきた」
「わぁい、ありがとー」
慣れたもので、適当に靴を脱ぎ捨てて中に上がり込む。
外の冷たさで、芯まで冷えた体が、ふわりと温かい空気に包まれてほっとした。
さあらの家の匂い、ってだけで安心するってのもある。
「さむかった?」
「すげー寒い。あと腹減った」
「こたつ入ってていいよ。ごはんできてるから」
とうやは、俺と入れ違いで俺んちにしばらく泊り。
今日はさあらの家には、俺とさあらだけ。
で、明日からはもう何回目かもわかんねぇ遠征だ。
「おーエビフライあんじゃん!」
「うん。コロッケもつくりましたー」
遠征前に、さあらんちに泊まって、さあらの飯食うのはなんか気がついたら恒例みたいになってる。後は遠征後は、太刀川さんのおごりで焼肉な。それも恒例。
太刀川さん、さあらにくっそあめぇから、おねだりに弱いんだよなぁ。
「いっぱい食べてね」
ニコニコ笑うさあらと一緒に囲む食卓とか幸せすぎるよなぁ。しみじみそう思う。
これがあるから過酷なクソみたいな訓練にも耐えられる。
つーかさあらがいるから、遠征にも耐えられる。
「さあら、愛してる」
「なぁに、いきなり」
「言いたくなっただけ。だめ?」
「だめじゃない。さあらも愛してるよー」
「知ってる」
あーエビフライも、コロッケもうまい。
さあらの得意料理だし。俺のせいで。
苦しくなるくらい食べて、ごろりとそのまま寝転がる。
「そんなところで寝ないでよ、風邪引く」
「わかってるって」
ちょいちょいとさあらを手招きで呼べば、大人しくそれに従ってさあらが近付いてくる。
頭のところでぺたりと座り込んださあらの太ももに頭を乗せれば。
頭の上で、さあらが笑う声がした。
「もーあらいものしなきゃなのに」
「んなのあとで俺やるって」
「とか言ってそのままいっつも寝るくせにー」
「そうだっけ」
しょうがないなぁなんて笑ってるさあらが可愛くてあと、ふとももやわらけーってのと。あとさあらのいい匂いがするってのと。
むくむくと欲が湧いてくる。
湧いてくるけど。
「あー、明日遠征だしなー」
「……!エッチだめだからね」
「わかってるって」
さすがに遠征前日にはヤんねーよ。ヤリてーけど。すげーヤリてーけど。めっちゃヤリてーけどな!
それくらいの分別はあんの。俺にだって。
「帰ってきたら覚えとけよ?」
「忘れるもん」
「おいこら」
べえと、舌を出して逃げようとしたさあらの腰に腕を回して抱き込むことで逃亡防止して。ぎゅうと腕に力を込める。
ほっそい腰。折れそうじゃん。
「さあらー」
「なぁに、公平」
「帰ってきたら、また太刀川さんに焼肉おごってもらおーな」
「うん!」
何回っても慣れるわけじゃない遠征。
悪い想像はしねーことにしてる。
いつだって語るのは、ちょっと先に待ってるはずの良い未来の約束だけ。
「なー、さあら」
「なぁに」
「高校卒業したらさー」
「うん」
「結婚しような」
抱き込んださあらの腰が、体がぴくりと動いた。驚いたんだろーな。狙い通り。
「返事は?」
「する。絶対する。絶対だからね」
「おー」
ちらりと見上げたさあらは、泣き虫だから。既に嬉しすぎたらしくて目には涙がたまっていて。そんな姿すらも可愛いとしか思えない俺はもう後戻りできない病気にかかってるんだろう。さあらを愛しすぎてる病気。
最上の未来は、お前とずっと一緒にいられる、契約をすること。
そのためなら、どんな過酷な状況だって打ち破って、そのためなら、どんな障害だろうと全部打ち砕く。
遠征なんて、どーってことねぇな。
勝手に俺の唇の端が持ち上がるのを、止められなかった。
えんせいまえのよる
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