今回のお話は、かなりのif話であり、捏造を多めに書かれております。
ごちゅういください







遠征前の、最終訓練。
恒例の、痛覚を規定の数倍に上げて行われる、非人道的なその訓練が、今回の遠征の前にも、当然のように行われる事となった。

今回の遠征は、トリオン怪獣と呼ばれる、某玉狛の女子が所属する玉狛第二チームを含む大掛かりなもので、初遠征というメンバーもかなり含まれていた。
その為、普段であれば粛々と行われる最終訓練の前に、風間による説明の時間が設けられることとなった。

「遠征のメンバーとして選ばれたこと、それぞれ覚悟は出来ていると思う。」

その語りだしから始まった如何なる訓練が行われるかという説明が始まると、初参加となる者たちは、一斉に顔色をなくしていった。

「痛覚を、50%以上……」
「そんなことが……」

戸惑う者、恐れる者、怯える者。反応は様々だったが、それを太刀川隊の面々は、無表情なまま静かに見ていた。

「この訓練を拒否する、または耐えられない者には、遠征艇への搭乗は認められない。遠征先で、いかなる事態が起きるかも分からない。例えば、換装を解いている最中に、船への攻撃を受け、お前たちの誰かがダメージを受けたとする。その時に、痛みに怯み、換装することすら出来なければ。例えばその時、痛みの余りトリガーを手放してしまえば。
痛みに戦うことすら放棄してしまえば、その時は乗っている全員の命を危うくすることだってある。安全地帯で戦っているために、忘れている危険を思い出すための、窮地に陥った時、冷静に動くための訓練だ。出来ないのなら、イヤなら、帰れ」

厳しいけど、優しい言葉だなぁ。とさあらはぼんやりと考えていた。
少なくとも、今の彼らは、逃げることができる。彼らが逃げても、今のボーダーの層は厚いから。

わたしの時はどうだったっけ。
さあらはそのままぼんやりと、自分の初めての遠征前のこの訓練の時を思い出した。






初めての遠征は、今から2年くらい前だったと思う。
ボーダーに入って、1年。

東隊が解散し、入れ替わるようにして、太刀川隊がA級のトップに立った頃。
城戸指令から、太刀川隊の慶さん、公平、そしてわたしが呼び出された。

「お前たちには、近界へ行ってもらう」

その言葉に続けて、城戸指令は、今後のボーダーの遠征計画を語り始めて。
その話を私や出水は半分くらいは聞き流してたと思う。中学三年には難しすぎたんだもん。
最終的にわかったのは、一ヶ月後、遠征に行き、あちらの技術を手に入れて帰ってくる。
遠征のメンバーは、うちの隊は決定事項。他は今後選抜されるだろうということだった。
そして、今日から一ヶ月間、その為の特別な訓練に参加しないといけないと。

訓練事態は、嫌いじゃないし、頑張ろうとそう簡単に考えていた。
遠征自体も、なんだかワクワクするな、って。


それが、あれ?これはなにか、おかしいな?って思ったのは。

「遠征承諾書……?」
「おー、これ書いとけって。保護者からのサインもいるからな」

慶さんから渡された一枚の紙には、細かい字でたくさんのことが書かれていたのを覚えてる。
一つ、遠征に参加するにあたり、と書かれていたそれを、何も考えずに読み始めて、『死』と書かれていたところで、ドキリと心臓が震えた。
遠征先で、怪我やまたは事故、攻撃を受け、死亡した際の対応や、その他。中学三年の頭で考えるには余りに重たすぎる内容だった。

隣で同じ紙を読んでいた公平も、同じだったのだろう。
二人で、空いていた手を繋いで、熱を交換しあった覚えがある。

「慶さん、これって……」
「向こうでは何があるか分からないし、なにもないかもしれない。でもまぁ、こういうのは何かあった時のために書くもんだからな」
「……死ぬことも、あるって」
「そりゃぁそうだろ?俺たちは強い、けどあっちには俺たちより強い奴がいる可能性だっていくらでもある」
「そ、うだよね」

怖くなったか、そう聞かれて、私も、公平も。はいとも、いいえともすぐには答えられなかった。

「怖いなら、覚悟を今決めろ。悪いけど、お前たちを連れていかねぇって選択肢は今のボーダーにはない。お前たちは、俺たちは今のボーダーのトップクラスだ。お前等が抜けるなら、俺は一人で遠征にいくことになる。そうなったら、俺は、死ぬかもしれない。
お前等は、俺を見捨てられるか?」

そんな言い方、卑怯だよ。そう思うけど、そんなこと言われたら。

「こわくなんか、ねぇっすよ」

隣の公平が、震える声でそう言って。満足そうに、慶さんは笑って、公平もぎこちなく笑って、そしたら。二人の目が、私を同時に見た。
その目が言っていた。

『さぁ、次はお前だ』

拒否なんて出来るわけない。
二人が行くなら、私も行かなきゃいけない。
私一人、残されて二人が死んだら、私は生きていけない。そんなの生き残ってるとはいえない。

「サインするのは、いいけど。さあら、保護者ってどうしたらいいの?」

ごまかすように、笑ってそう言えば。慶さんは、苦いもの食べたみたいに笑ってた。
公平は、泣きそうな顔で笑っていた。




そして初めての遠征前の訓練がやってきた。

集まったのは、忍田さんと、私達太刀川隊の4人と、そして風間隊。
あの頃の遠征艇は今より小さかったから、遠征のメンバーは今より更に少なかった。

「今から痛覚を上げて、戦闘訓練を行う」

予想もしていない忍田さんの言葉に、それまでぼんやりとしていた私の視界に、厳しい顔をした忍田さんがはっきりと映った。

「最終的に痛覚は50%以上になる。覚悟をして、訓練に挑んでくれ」

そこで一度、言葉を切った忍田さんの目が、ふいに私をしっかりと捉えた。
強く厳しい視線だった。

「特に、女子であるやまだ、君は他の誰よりも危険と隣り合わせである覚悟をして、実戦のつもりで訓練にあたってくれ」

戦場で、女と言うだけで他の誰よりも危険が伴うということを、理解しろという事だった。
オペレーターの結宇ちゃんや栞だってそれは同じではあるけど、私は戦闘員。
船の外に出て活動することが多く、そして危険にさらされる可能性も桁違いだという。
ごくりと喉がなるのを止めることなんてできなかったし、なんなら身体も震えている気がする。

「それでは、訓練を開始する」

まだまだ私の覚悟は全然足りなかったと、気付いたけれど、その時間はもう無かった。




ほぼ、訓練は終わりに近付いていた。

「さあら!何をしてる!」

怒号が響く。痛みにうずくまったさあらに対するもの。
今回の訓練の最後になった、風間と1:1の模擬戦は、痛みに対する恐怖に、さあらの動きがかたく、通常の動きの数倍も劣っており、まともな戦いにはなっていない。
さあらのダウンの回数は19回。
初めの10本は太刀川に切り刻まれ、次は風間と10本勝負を、休憩無しに行われた。
その最後の1本、既にさあらのトリオン体は切り刻まれた身体中から、トリオンが煙のように立ち上っており、現在の設定……痛覚80%の状態ではもはやその痛みで気絶してもおかしくないほどのものとなっているはずだった。

現に、さあらは何度も倒れかけている。
その度に、風間のスコーピオンが、さあらの身体をさらに削り、その痛みで遠のく意識すらも引き戻される。
端的に言って、地獄だった。

リアルに再現されたトリオン体だからこそ、目の端に涙が溜まる。けれど、泣くことなんて許されない。

噛み締めた唇が、痛かった。

「立っているだけで、訓練になると思っているのか!」

倒れかけ、立ち上がって、動かなければ怒号の追撃が降り掛かる。
風間の足が、的確にさあらの腹を蹴り抜いて、十メートルは吹っ飛んだだろうか。
瓦礫の中に埋もれながら、動け、動け、とさあらは自分の身体に檄を送る。
重く痺れた右腕を、痛み以外の感覚のない足を、頭の中をグルグルと回り続ける痛いという三文字を、全てを本能の力だけで、薙ぎ倒して。

さあらは、俯いたままだった視線を持ち上げた。
そして、吼えた。
もう痛みで、言葉なんて作れないから、獣のように、吼えた。
そこにはいつも笑って、皆の中で守られ、愛されていた、さあらの姿は無かった。
そこにいるのは、1匹の手負いの獣。人の姿をしたナニか。

次の瞬間、名前の姿は、消えて、瞬きをする僅かな時間で風間との距離が一気に詰まる。
連続したグラスホッパーだと、見ていた者達が理解するころには、ゼロ距離で、風間の腹にアステロイドの塊が放たれていた。
その動きに、風間はその僅かな時間で確かに反応し、彼女の狙った腹部にピンポイントのシールドを張ったのは流石と言える。

だが。

「シールドが割れた」と風間が理解した瞬間、激痛が身体中を巡り、そのまま風間の意識は闇に落ちた。

風間ダウン、ベイルアウト。
その声を聞いても、さあらは荒く、肩で息をしたまま動かない。
怪我をしてない場所がないという程にボロボロで、立っているのもギリギリなはずなのに、その目は未だにギラギラともう既に誰もいない地面だけを睨み続けていて、壮絶な姿に、誰も彼女に声をかけられずにいた。



その中で。真っ先に動いたのは。

「さあら!!」

オペレーターの国近だった。
本来ならオペレーターが立ち入ることの無い、訓練室の中へ迷いなく飛び込んで、強く強く、さあらの名前を呼ぶ。

「柚宇ちゃん」

振り向いたさあらは、だらりと手をおろし、握っていたハンドガンは地面に叩き付けられて消える。
不思議そうにそれを見ていたさあらに、国近はそのまま。力の限り、さあらを強く抱き締めた。

「ごめん、ごめんね。一緒に戦えなくてごめん。その代わり私が絶対にさあらを死なせない。だから、だから、命に変えても、さあらを遠征から三門市までちゃんと連れ戻すから、だから、私を置いて、どっか行かないで、私の知ってるさあらで居て」
「柚宇ちゃんの命の代わりに生きて帰るのなんていや、みんなで、行ってみんなで帰るの」
「そうだね……そうだね!」



自分の足で訓練室から出て、換装が解けた瞬間。

「さあら!!」

出水と太刀川の目の前で、さあらは崩れ落ちた。
強く、さあらを呼んで先に彼女を抱き起こしたのは出水で、太刀川にすら彼女を触れさせずに、1人でさあらを抱えあげた。

「さあら、さあら……なぁ、さあら。俺のさあら……」

部屋の隅に辿り着いた出水は、さあらの身体をガラス細工を扱うような慎重さで、そこに降ろして、自分もそのすぐにおろした。
出水がひたすらに繰り返して、さあらを呼べば、ゆっくり意識を取り戻して、さあらの瞳がどんどんと濡れていく。溜まって、溜まって、こらえきれなくなった涙が、ポロポロと零れて、唇が震えながらもつむいだのは、こうへい、という言葉一つだけ。





あの時、私は本当に崖っぷちだった。
あのまま頭がおかしくなってしまっていた可能性もあった。
それくらいに追い込まれた訓練だった。

それから明日は遠征出発というギリギリまでの3日ほど、私は熱に魘され悪夢ばかり見た。
その悪夢は毎回、私を笑いながら慶さんと風間さんに切り刻まれて、柚宇ちゃんと公平に助けられるという終わり方で。
目を覚ました時、慶さんと風間さんが頭を下げてくれてなかったら私はトラウマになっていたかもしれないくらい。

「本当にすまなかった」
「ゆるしてくれ!さあら!」

忍田さんから流石にやりすぎだと怒られた2人は、ぼんやりしてたらいつの間にか土下座すらしそうな勢いだった。
それをとめようとしたら公平や柚宇ちゃんがとめなくていいと、私以上に怒っていて、私の中で燻っていた、2人へのもやもやが消えていく気がして、やっと心から笑えた。

「遠征連れてってくれるよね?」
「当たり前だろう」

じゃあ許す、と。そう言ったら慶さんは勢いよく、風間さんは控えめにぎゅうと抱きしめてくれて。これで仲直り。
元々ケンカはしてないけど。



あの頃に比べたら、今はボーダーはほんとに隊員の層が桁違いに分厚くなって、その中から選ばれたこの訓練に参加する権利を得た面々は本当に精鋭中の精鋭と言えると思う。

だからこそ、その覚悟を問われるここで、慶さんや公平、私、そして柚宇ちゃんは下を向くことは出来ないし、優しい顔もしない。
時間は待ってくれないから、覚悟が出来ないなら去るしかないし、覚悟は今すぐしないといけない。

さぁ、戦おう。血反吐を吐く思いで。
切り刻まれる痛みを味わうのだ。

私は後輩達のため、いつものような無様な姿はできない。
牙を研いで、慶さんや風間さんの喉笛を噛み切るくらいの背中をみせるのだ。

かくごはいま、できた。

心配そうに私を見てる公平や柚宇ちゃんに、大丈夫だから、終わったら私にただいまって言って。
そう伝えて、私はトリガーを起動した。

かくごは、できていますか?


/ 表紙 /




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