中学二年になる少し前の私の記憶は少し曖昧。
あの頃は突然いろんなことが起きすぎて、心もいっぱいいっぱいで、でも立ち上がるしかなくて。
色んな意味で崖っぷちにいた私が、すごくすごく覚えているのは、転校初日。
知らない学校の校門で、緊張しっぱなしで、不安だった私をじぃっと見てる、茶色の髪の人のこと。

するどいようにも見える猫みたいなその目が、じいっと私を見ていたから、ちょっと怖かったのを覚えてる。



「なあ、さあら」
「なぁに、公平」

いつの間にか、当たり前のように慣れてしまった彼の家。
今日は公平以外の家族皆が旅行にいってしまったので、私が代わりに公平のご飯を作ってる。
この家にくるのはもう数え切れないくらいだし、公平のママさんも好きに使ってと優しいのでお言葉に甘えている。

けだるげな声に振り向けば、3年前よりずっと、大人になってかっこよくなった公平がこっちを見ていた。
彼に名前を呼ばれるのはすき。3年前より低くなったけど、その大好きな声で、私を呼んでくれるのがほんとに幸せ。でもそれは絶対に言わない。すぐ調子にのる、私の彼氏さんはすごく厄介な人なのだ。

「まだ?」
「まーだ。さっきから3分毎に言われてもそんなにすぐにはエビフライ食べられません」
「腹減ったんだって」
「わかったから待って」

はぁ、と悲壮感たっぷりの重いため息に、思わず笑ってしまったのはしょうがないと思う。




どこへ行けばいいか分からなかった私を迎えに来てくれた担任の先生のあとに続いて、教室に足を踏み入れると、またさっきの茶色の髪の人が、私を見ていた。

「やまだ、さあらです。よろしくお願いします」

シーンとした教室の雰囲気は、正直にいって居心地がいいことはなくて。頭を下げて、無理やり浮かべた笑顔は多分緊張とか不安とかそういうのでかなり変だっただろう。
それでも、なんとか周りを見渡せば。茶色の髪の人が少しだけ笑って。その笑顔は怖くなかった。なんとなく、ほっとした。

「えーっとやまだは、んー……出水。あそこの茶色の髪な、あいつの横な」
「はい」

どうやらあの茶色の髪の人は、出水くんというらしい。
転校して一番最初に覚えたのが、その茶色の髪の出水くんの名前だった。

その後、驚いたことにボーダー入隊式で、隣の席が出水くんだった。
お互いたぶんすごくびっくりしたんだと思う。
しばらく二人して固まって、周りの人に変な目でみられてしまった。

「やまだ、お前もボーダー入るんだな」
「うん、出水くんもそうだったんだね」
「おー。じゃぁ転校もそのせい?」
「うん、私蓮乃辺市の端っこだから、ちょっとここまで通えないから……」
「そっか。すげー偶然だし、一緒に頑張ろうぜ」

猫みたいな目を細めて笑った出水くんは、もう全然怖くなかった。

それどころか、ほんとに出水くんは優しくて。
知り合いなんて出水くんしかいなくて、思えば私はしょっちゅう出水くんの傍にいたと思う。そんな私を邪険にすることなく、それどころか話に付き合ってくれて、ボーダーの模擬戦にだって、付き合ってくれて。

天才と呼ばれ始めて既に頭角を表し始めた出水くんは、忙しいはずなのに私の相談にのってくれて、私では思いもつかないようなアドバイスをくれた。
私が、人並みに強くなれたのは、出水くんのおかげだったのは、言うまでもない事実だった。

そして。私より一足早くB級にあがった出水くんを、追いかけるようにB級になった私に、出水くんは好きだ、とそう言った。
おれとつきあって、続いた言葉に私がなんて返事をしたか。正直あの時の私には反省しかない。

わたしも、たぶん出水くんのことが、すきだとおもう。

そんな曖昧な返答に、彼はすごく、すごく嬉しそうに笑ってくれて。私がまるで壊れ物みたいに触れて。
私たちはその日からかれしとかのじょになった。


3年たった今も、彼はあまくやさしく私の名前を呼んでくれる。
そして私も、あの時の分も、公平に好きだと伝えるようにしている。

これは、そんなわたしとかれの、話。




かれのはなしをしよう


/ 表紙 /




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