「どこへいく?」

三輪の視線の先で、ギクリと肩を震わせた男がいた。
それなりに人通りのある街の往来で、まるでキョロキョロと何かを探しながら歩く男は明らかに不自然だった。

本部がある三門市からはそれなりに離れたところであったが、県内であっという間に男はその姿を捉えられた。

「逃げようとするなよ、もし逃げようとすれば」
「……こちらは、あなたのご両親ですね」

やまだが胸ポケットからだした端末には、老いた男女の姿。
既に男の両親は所在を、執行部が押さえている。逃げれば、どうなるか分かっているだろうな。という非常に分かりやすい脅迫だ。

「乗れ」

静かな三輪の声に、男は肩を落とし、目の前に寄せられた車に静かに乗り込む他なかった。


トリガーを没収され、手足を椅子にくくりつけられ……目前に拳銃を突きつけられた状況。絶対絶命というほかない。
静かに、淡々と、情報を聞き出す三輪に、やまだは黙ってそれを見ているしかなかった。

「いのちだけは、しにたくない」

そういう男が時々やまだを見るが、その度に三輪がやまだの姿を遮るように男とやまだの間に体をさしこませる。
覚悟は出来ていたはずが、実際の現場で、自分が今非日常にいると思い知るように手足を冷やし、喉が裂けそうなくらい乾かせたやまだにとって、三輪のその行動はあまりにも優しく感じられ、唇を噛み締めなければ泣いてしまいそうだった。


「やまだ」
「はい」
「車に戻っていろ」
「え……?」
「今回だけだ」

しばらく尋問が続いて、ここについて大体一時間程だろうか。
聞き出せる全てを聞いた。そういう空気が室内に流れたその時。
三輪は、やまだに背中を向けたまま、そう言った。

「でも……」
「二度は言わない。早くしろ」
「……はい、すいません」

覚悟が出来ていなかったことを見抜かれたのだろうか。
やまだは、とぼとぼと車に戻るしかなく、沸き起こる悔しさと、そして少しだけ、そう少しだけだ。ほっとしてしまった自分に気付いて、今度こそ涙がこぼれた。



10分ほど経っただろうか。車の窓を叩く音に、顔を伏せていたやまだが顔を上げる。
そこには三輪の姿があった。当然のように一人だけだ。
鍵を開けて、三輪が車内に体を滑り込ませる。
そして、しばらく二人はどちらも動かず、口も開かず。車内には沈黙が満ちていた。

「すいませんでした」

意を決してやまだが口を開く。多少の叱責は覚悟していた。
だが、三輪はそっとため息を吐き出しただけ。続いた言葉は叱責ではなかった。

「今回だけだ。今は……泣いていい」
「え……」
「俺たちの仕事は、人の命を奪うことだ。処分、始末なんて体よく言っているが、結局はそういうことだ。慣れてくれとしか言えない」
「……っ」
「だから、今回は良い。泣きたければ泣け。……っ苦手なんだ、こういうのは!」
「……はい」
「泣いて、泣いて、何度も泣いて、そして覚悟を決めろ」
「はい」

三輪の手が、不器用に、慰めるように、やまだの頭をぽんぽんと何度か撫でられ、それをきっかけにやまだの涙腺が崩壊したかのように、涙が滝になっておちていく。

「泣き止んだか」
「はい、もう大丈夫です」
「行くぞ」
「あ、あのそういえば後始末は……?」

専門の連中がいる。そうボソリと呟き、三輪はアクセルを踏んだ。
詳しくは今でなくてもいいだろう。今後学んでいこう、そう決めてやまだも、男のことを頭の片隅に追いやった。

「明日から、忙しくなる」
「はい」
「覚悟は……?」
「できて……いえ、今からします」
「ふん」

鼻で笑った三輪の横顔は、思った以上に優しくて、やまだはその顔を見てしまったことを後悔した。
あんな顔されたら、もう付いていくとしか思えない。逃げられない。

「がんばります、三輪先輩」
「……ああ」

その背中を、追うためなら。どんな覚悟でも、しよう。
そのために、乗り越えるのが、たとえ有象無象の命だとしても。


覚悟は、今、した。

03


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