遠征に参加する部隊だけで行われる最終訓練がある。
その訓練の内容は、遠征に参加するものたちだけで共有され、それ以外の外部には一切漏らされることはない。

なぜなら、その訓練はあまりに過酷であり、非人道的なものだから。

通常時、これは各個人や隊の方針にもよるがトリオン体の痛覚はほとんど0%から強くとも5%程に留められている。
そんな中、太刀川隊の唯我を除く三人は、常時10%から20%の痛覚を知覚するように設定している。
それは、痛覚を完全に切ることにより、慢心や緊張感を削ぐことになるのを避けるためだ。とはいえ、この数値は通常時のボーダーではかなり強めの痛覚を知覚している状態であり、それはあまり太刀川隊の面々は他言しない。
それでもその事実をA級に所属している隊員は大体それを知っている。
因みに、風間隊を初めとするA級部隊の平均設定数値は、痛覚8%前後。如何に太刀川隊が異常かがこれだけでもよく分かる。

痛みがあるからこそ、負けるのを恐れる。それはある意味強さでもある。
痛みを知らなければ、自分の限界を知ることも出来ない。
それはある意味、何よりも恐ろしいことだ。

いつだったか、太刀川が忍田から聞いたその言葉が、今の太刀川隊に浸透している。
最初は難色を示した出水もさあらも。今ではこの状態が当然だと理解している。

そんな事情がある中で、行われるその訓練は。
他の面々より痛みに慣れているはずの出水や、さあらが、恐れるほどのもの。

痛覚を50%以上に引き上げて行われる、戦闘訓練だった。



「おい、ぼさっとしてんじゃねぇ!さあら!」
「す、いません」

自らにぶつけられる激しい怒号に。
ふらつく体に、折れそうになる膝に、地面に視線を落としてしまいそうになる首に、振り絞った力を込めて。
噛み締めた唇から、トリオン体なのに、血が出そうなそんな気がしながら、さあらは手に握った銃を構える。

「片手吹っ飛ばされた程度で、倒れるようなクソはうちにはいらねぇ」
「動け、足を止めんじゃねえ!この程度で動けねーなら二度と太刀川隊なんて名乗らせねぇぞ!!」

既にさあらの右手は肩からなく、さあらは既に、その痛さに心が支配されてしまいそうな程だった。それでも、自らに振るわれる剣が、そして、トリオンの弾が、減ることはなく。
アタッカー1位の剣は、容赦なく、更に追い打ちをかけるように、さあらの四肢を傷つける。
天才と呼ばれる射手が繰り出すアステロイドは、先程右手をふっ飛ばした勢いで、次は頭を、足を、狙いにきている。

「っぁああ!!」

さあら自身既に、いつものように余裕な顔で笑うことなど全くできない。
浴びせられる容赦ない怒号にも、言葉を返すことすらもうできない。
獣のような唸り声しか、さあらの喉からは発せられることがない。

自分を殺しにきている、その攻撃に、既に崩壊寸前のトリオン体に残る全てのトリオンを残った左手に集めれば、自分を守る最後の武器の出来上がり。
迫る太刀川が自分の胴体を切りに来る動きを、まるで走馬灯の如く。スローモーションのように感じながら、左手のトリガーを弾いた。

爆風の中で、太刀川は、自分の体を切り裂く痛みを味わいながらも、残った片手で、容赦なく。
さあらの体を斜めに切り払った。



「あいつらの痛覚今何%だっけ」
「……100%だ」

寒気がするような、リアルタイムの映像に、外でそれを見ていた当真は、隣の風間に疑問をこぼす。絞り出すようなその声に、風間もまた小さな声をなんとか絞り出して答えた。
スクリーンに映る三人の目が、爛々とお互いに向けられていて。
凄惨な戦いが、8度、9度、と繰り返される。
その中で行われているのは、特にさあらに対する執拗で非情な攻撃。
さあらの反撃により、太刀川の体も出水の体も少しずつ削られていくが、二人から狙われるさあらの状態は、常に四肢のどこかが無い状態。

10回目の死を味わったさあらは、ブースに戻され、そしてその状態から微動だにできなかった。気持ちがついていかない。体が悲鳴を上げている。昼ごはんを食べなくてよかった。戻す物がなければ、胃の中から迫り上がるのは、精々液体だけだ。

もう動く気力なんてかけらもなくなっていた、けれど訓練は終わったわけではない。

ブースの扉が強い力で開けられ、入ってきたのは、表情のない顔で立つ太刀川だった。

「終わってねぇだろ、何してる」
「……ご、めんなさ……」
「やる気がねぇなら、帰れ」
「や、です」
「じゃぁ立て」

ブースに戻った時点で痛みはなくなっているのに、どうして、こんなに痛いのだろう。
そしてここから起きればまた10回の死に立ち向かわなければならない、そう思えばさあらの震える体は中々動いてくれなかった。
しかし、逃げられない。逃げれば戻れない。

私は、みんなと、遠征に行くんだ。

結局、さあらはもう一度、10回分の死に耐えた。
両足がなくなり、動くことも出来ないなか降り注ぐトリオンの雨に殺され、
腰の辺りから足を切り落とされたりもしたし、首を落とされた回もあった。
ブースに戻されたさあらは、そのまま今度こそ、立ち上がることが出来なかった。
もう零れ落ちる涙をこらえることも出来なかった。
そして、あの2人ことを信じることは、まだ出来るだろうか。あの冷えた目が本当に私へ向けられる真実ではないのかと、疑う心を、止めることが出来ず涙が次々に溢れる。
そんなはずはないのに本当は私は愛されてないのではないかと、そう感じてしまうほどに、辛かった。




20回の戦闘を終えて、太刀川は震える手でブースの扉を開ける。
横を見れば、出水も同じく、満身創痍といった状態で、顔色も土気色。まともな状態ではなかった。
多分自分も同じなのだろう。吐き気やらなんやら体の状態は最悪だ。

「おつかれさま……」

言葉なく、並んでブースから出た二人に、唯一声をかけたのは国近で。
その目は泣きはらした痕が色濃く残って真っ赤だ。

「泣くな」
「ごめんなさい」
「お前がさあらより先に泣く権利はねーぞ、国近」
「わかってる、ごめんなさい」

こんな、くそみたいな、訓練なんて。
そう思うが、俺たちがそれを口にすることなんて出来ない。
そして、情けない姿を見せることも許されない。

俺たちは、A級1位なのだから。

太刀川の噛み締めた口の中は鉄の味しかしなかった。

ゆっくりと、落ち着いた振りをしながらも、心ははやる。
一刻も早く、さあらのところへ行きたくて。
すぐ傍のはずのさあらのブースがやけに遠く感じた。

ようやくたどり着いたブースの扉を、深呼吸と共にゆっくりと開いた太刀川の視界に、さあらの明るい茶色の髪が映る。
ベッド脇で、顔を伏せて座り込んでいるさあらの顔は見えなかった。

三人が室内に入るのを確認して、扉をしめ中から鍵をかければ、もう誰も邪魔されない。
余計な目のないそこでなら、ようやく太刀川達は、愛するたった一人の俺たちの姫を、いつものように甘やかすことが許される。

「さあら、さあら。大丈夫か?さあら」

顔を上げた、さあらの顔は涙でぐちゃぐちゃで。
いつもの笑顔も、頬をふくらませる太刀川の好きなあの表情も、なにもない。無感情な泣き顔が、太刀川の心をえぐる。
隣の出水も、言葉もないほどだった。

国近の持っていた大きめのタオルでさあらを包み、出水が壊れ物を抱えるように、さあらの体に腕を回す。
すると、腕の中で、さあらは突然、堰を切ったように子供のように、泣き始めた。

「ごめん、ごめんな、さあら。ごめんな」

謝罪を繰り返しながら、出水はタオル越しに、さあらの髪から背をゆっくりと撫でる。彼女を少しでも落ち着かせるように。さあらの手が必死に自分を求めて背中に爪を立てていても、出水はその手を振り払うことなんてしなかった。それくらいの痛みなんてなんでもなかった。
しばらくすれば、出水とさあらを包むように太刀川と国近が、二人の体に腕を回す。
泣きそうな太刀川と出水。既に泣いているさあらと国近は、そのまましばらく、ずっとそうしていた。

「私、遠征、いくから」

時間としては大体15分ほど。4人の体感としては、1時間くらい。
一つの塊になっていた4人の中心で、さあらの声がした。

「わかってる、誰もお前を置いてったりしねぇよ」

太刀川隊にいるために、こんな過酷すぎるバカげた訓練を耐える、お前を。
誰が置いていくものか。誰が隊から放り出すものか。
お前は俺たちのものだ。

ありがとう、うちの隊にいてくれて、ありがとう。
苦しみに耐えてくれるさあらがいるから、わたしたちは一緒にいられる。
見ているだけしか、できなくて、ごめん。

さあらを、置いていきたい。
そう言えたら、さあらにこんな苦労させなくていいのに。
俺は、こんな思いをお前にさせてでも、一緒にいたい。
もし、帰ってこれなかったら自分だけ死ぬ羽目になったら……
そう思うと、お前を手放してやれない。ごめん、さあら。

「みんな、あいしてる。わたしはみんな、といつも、一緒にいたいの」

もっと、もっと強くなるから。迷惑かけてごめんなさい。
そう言いながら、ようやく顔を上げたさあらは、もう泣いていなかった。

「ごはん、食べてないからおなかすいちゃった」
「……そうだな」
「慶さん。ごはん」
「なんでもおごってやる」
「わぁい」

無理に明るい声をあげたさあらに、優しく太刀川が答えたところで。
外から控えめなノックの音がした。
その直後、風間の声で、全部隊の訓練の終了が告げられる。

一番はじめに立ち上がったのは、さあらで。そのまま歩き始める背中を視線で追いかけながら、三人はゆっくりと立ち上がる。

「遠征、楽しみだね」

振り返ることなく、さあらが言う。
三人は、もう何も答えることができず。無言のまま、さあらを捕まえようと手を伸ばした。

さいしゅうくんれん


/ 表紙 /




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -