「ねぇねぇ出水ー」
「あ?んだよ」
甘ったるい声で公平を呼ぶのは隣のクラスの子で、ダルそうな声を出しながらも公平はちゃんと反応を返すから……あーやって彼を狙ってる子達は私が見てる前でも平気で公平を呼ぶ。
だからこの時も、またかなんて思った。
公平の隣には私がいるし、なんなら陽介だっているけど。わざとらしく隣のクラスの新庄さんは私を無視して公平と時々陽介にだけ話かけていた。
「今度一緒にカラオケいかない?」
「行かねぇ」
「じゃ映画!新しい奴皆でみにいこ?」
「行かねぇ」
語尾にハートまでついてるのがありありと分かって、ムカムカと胸の中が気持ち悪い。
「えーいいじゃん!ほら陽介達も一緒に!」
「行かねーって言ってんだろ」
「えぇー陽介行きたくない?陽介のことかっこいいって言ってた友達もくるよ」
「出水が行かねーなら行かない」
肩をすくめた陽介はちらりと私の方を見てからそう言った。公平は彼女と話し始めてから一度もこっちを見ていなくて。もやもやむかむか。勿論、公平がこの子と出かけたりなんて絶対にしないって分かってるけど。でも。
わたしのこうへいなのに。わたしのこうへいにはなしかけないで。
そう思ってしまうのは、ワガママだってわかってるけどね。
「俺はお前らと違っていそがしーの」
「えーちょっとくらい良いじゃん」
「しつこいってマジで」
公平の声は、特に怒ってる様子でも、苛ついている様子でもないけれど。私にはわかる。これは結構本気で嫌がってる。でも隣のクラスの子は、全然気付かないみたいだった。
「ね!やまださん!いいでしょ?一日くらい怒らないよね?」
突然、彼女と目があったと思ったら、口元をわざとらしく親しげに笑みを浮かべて私に初めて言葉を向けた。その言葉は勿論当然許せるはずもなくて。口を開こうとしたら、突然私の体はぐいっと強い力で引っ張られて、着地地点は、言うまでもなく公平の胸の中。
ぎゅうぎゅう強い力で抱きしめられて、言おうとした言葉は喉の中に引っ込んでしまった。
「あのさぁ、お前ほんといい加減にしろよ」
はぁと、頭の上で吐き出される公平のため息には隠しきれない怒りと苛つき。
多分こわーい顔してるんだろうなーって思うけど、多分そういう顔を私に見せないように私を抱きしめてると思うので、そのまま公平の胸の中にいます。匂いをスンスンしてたら腕の力が強くなったので、はい今は大人しくしています。
「俺らボーダー隊員っていそがしーんだわ。で、休みだってたまにしかないわけ。その貴重な休みをあんたのために使うくらいなら、さあらのために使うつーの。そもそも、牽制するつもりかなんか知らねぇけど、わざわざさあらの目の前でこういうことすんの止めてくれねぇ?こいつが嫌な思いすんだろ」
一息で言い切った公平の言葉は、相変わらず優しくて……私に対してね。モヤモヤムカムカしてた自分が馬鹿みたい。
「で、あんた名前なんだっけ」
とどめの一撃が容赦なく頭の上で聞こえて、バタバタと走り去る足音がして。私はようやく公平の腕の中から開放された。そして見上げた公平の顔にはもうイライラもなにもない普通の表情で、切り替え早いなぁと感心するばかりだ。
「てかこんだけさあら一筋!って誰が見てもわかんのに、なんであーいうのが湧くんだろうな」
呆れた顔をした陽介がぼやくと、公平もそれなと頷いた。
「俺おおかみ座だから。番は一人って決めてんの。他のはいらねーんだけどな」
平気な顔してそんなこというから、私は耳まで真っ赤になった。それを陽介に見つかって、爆笑されるまで。あと5秒。
おおかみざのいずみさん
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