目が覚めると、もう掛け時計の短針は11のところを指していた。隣を見ると、あったはずの温もりはなかった。
「あれ、どこに」
荷物は昨日のままだった。まだこの部屋にはいるらしい。
上体を起こして目を擦る。胃が空っぽだ。もうこの時間だから、朝と昼を同時に食べるべきだろう。
何を食べようか。空きっ腹には重いものはよくない、うどんか蕎麦あたりでも食べに出ようか。
料理ができればいいのだけれど、昨日買い出しに行かなかったので、冷蔵庫に大したものは入っていない。
考えながら衣装棚を開けて、近所を動き回れる程度の服を引っ張り出していると、部屋の引き戸が開いた。
「悪い、ちょっと、風呂借りたから」
睦が立っていた。短い黒髪は濡れていて、首からは青いタオルを下げていた。
「構わないよ」
「それで、ドライヤーはないの」
「洗面台の下に入れてるよ。使っていいよ」
「うい」
人の家のものを勝手に、と一瞬だけ思ったが、そんな考えは一瞬で消えた。彼女は疲れているから、ある程度自由にさせた方がいい。
とりあえず、下はジーンズ、上は半袖Tシャツを着た。スマートフォンで天気予報を確認すると、今日は少し気温が低い。別の引き出しから、薄手の長袖を出した。
パジャマを畳んでいると、乾いた髪の彼女が戻ってきた。彼女も下はジーンズで、上は薄手のパーカーを着ていた。
「ありがとね。それで……」
彼女が続けようとしたところで、僕のお腹が鳴った。
「あっ」
うわあ、恥ずかしい。頭上でクスクスと笑い声が聞こえる。
「ごはん、どうしようか」
「食べに行かない? 家、何もないんだ。少し歩けばうどん屋があるけど」
「それでいいよ」

最寄り駅のすぐ側にあるチェーンのうどん屋は、お昼時だからかそこそこ人がいた。
僕はわかめうどんを、睦は肉うどんを注文した。
ボックス席は埋まっていたので、カウンターで隣同士に。僕にとっては、目の前に彼女の顔が来ないから、都合が良かったけれど。
「今日は何時までいるつもり?」
「んー、気が向くまでかな。君に帰れって言われたら帰るよ」
「僕はいつだっていいよ。そういや、昨日この近くに住んでるって言ってたよね」
「うん。最寄りは椎名町だよ」
「椎名町かあ……ってここじゃん!」
今いるのは、北口を出てすぐの店である。
「そうだよ。いつも南口から出入りするから、気付かなかったね」
まさか、近所だなんて。すぐに会える、距離なんて。
って、また変な方向に考えてる。落ち着いて、落ち着いて。
「いや、僕の方もだよ。いつからここにいるの」
「もう五年ぐらいかな。昔から池袋に憧れていてね、でも流石にお金の都合もあってね、こっちに住むことにしたんだよ。便利なところだし。君は?」
「僕は大学の時からずっといるよ」
温かいうどんが運ばれてくる。もう冷たい料理の季節は過ぎた。
「いただきます」


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