19


 彼女は手を叩きながら、狂ったように笑う。そして、水槽の前でしゃがみこんで、その遺体を見下ろした。興奮を隠さない彼女に対して、僕は、彼女がこの部屋に、拳銃を持って入ってきた時よりも、より大きな恐怖を感じた。
 できれば、当てたくない答えだった。見たくない現実だった。でも、僕は、僕の意思で、見ることを選んだ。最初から、ここまで。それなら、見届けようか、物語の、結末を。
 僕は彼女を見た。笑い終えた彼女も、今度は真剣な眼差しで、僕を見返してくる。
「てなわけで、殺人の動機を話し終えたんだけど……どうする? その瞬間まで見る?」
 僕は大きくうなずいた。すると、手が伸びてきて、僕の頭を撫でた。言葉は、穏やかになった。手が、ゆっくりと退けられる。
「君なら、そう言ってくれると思ったよ。なら、見せようか。――僕は外に出て、ゴミ集積場に走って行った。東京じゃあ、昼間に回収していることもあるけど、僕の街では、朝から収集車が走り回っていた。ああ、手遅れだったよ、家から一番近くの集積場は、もう空っぽだった。近くに収集車もいなかった。僕は怒りを覚えた。今までで一番の怒りをね。でも、利口な僕は、家に帰ってきても、すぐにそれを口に出さなかった。出された卵焼きと鮭の切り身と味噌汁とごはんを食べて、ひらひらのスカートの制服を身に纏って、赤いランドセルを背負って、普通の小学生の女の子のふりをして家を出た。その日は三学期の終業式だった、でも、校長先生の話を聞きながら、帰って母をどう始末するかを考えていた。午前中で学校が終わって、校門を出ると、まっすぐ家に帰った。その日の昼食は冷凍ピザだったけど、夕食は、その日一年、皆勤で学校に通ったことをお祝いするために、母がステーキを焼いてくれると朝、母から言われていた――でも、もう、どうでもよかったんだ。母が、『クソババア』が、どんなに料理の腕が良かろうと、どんなに美人であろうと、地域でのウケがよかろうと、子供の宝物を勝手に処分する心の持ち主なら、僕は一番最後の部分を確実に成敗することが、今後の自分の生活にとってよいことであると分かっていたんだ。そして、僕は彼女のその性格を変えることは、きっと不可能とも気付いていた。それなら、彼女の全てを一度に消した方が、一番手っ取り早いと思った」
 彼女は目を閉じた。僕は、次のフレーズが、その瞬間であると悟った。僕は彼女をじっと見た。
「だから、お昼を食べて、母に付き合ってお茶を飲んだ後、母が昼寝をするタイミングを狙った。母は必ず、お茶の後に、三十分の睡眠をとっていた。母が母の部屋に入って十五分後、僕は台所から、一番切れ味が良さそうなナイフを持って、階段を上がって、そっと母の部屋の扉を開けた。引き戸を開けると、ベッドに母が、気持ちよく横たわっていた。時は三月、暖かくなっていたから、布団は少し薄手のものだった。テレビや本を見たり読んだりして、人間の急所を僕は知っていた。胸元の布団を左手で剥いで、右手で運んできたナイフを、利き手の左手に持ち替えて――」
 彼女は目を開いて、言葉を切った。肝心な部分は、言葉にしなかった。
「そして僕は、一階に降りて、父の病院に電話した。スタッフが取って、父に電話の向こうが変わった時、僕は一言、こう言った」
 彼女は、水槽の中の遺体の、心臓の辺りに視線を持って行った。その目に、色はなかった。その言葉にも、色がなかった。
「『私、お母さんを、殺した』」


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