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「それで、紙工作はどうなったか。やること自体は減らしたものの、やめてはいなかった。むしろ、それへの情熱は高まっていた。父がやはり母に内緒で、組み立てる付録付きの子供向け雑誌や、紙工作専門の本を娘に与えていた。父は娘が八歳になった時、金庫を買った。娘の作品を、兄夫婦宅に送るまでの一時保管場所としてね。兄の家でだけやらせる、という手もあったけど、兄夫婦に娘が会うのは月に一回。月に一回しか工作ができないのは、娘の精神衛生上よくないと判断した訳だ。そしてこの判断は正しかった、子供の精神的な拠り所、という意味ではね。子供は頭が良すぎるが故に、そこそこの頭脳が集まる、大学付属の小学校でも浮いていたからね。だけど、間違っていたとも言える。母が金庫を見つけるというところまでは予想済みで、『クリニック関係のお金を一時的に置いておく』という嘘まで用意してたんだけど……家の中を何でもかんでも把握して、支配下に置いて、さらに清潔にしておかないと気が済まない母は、父も娘もいない間に、勝手に父の部屋に入って、金庫を見つけた上に、その鍵を家中から探し当て、金庫を開けちゃったんだ……」
 最後の一台詞は、壁に手をついて、その壁に向かって言った。僕はその声のトーンが、これまでのものより、さらに一段低くなったことに気付いた。
 そして、回れ右をして、こちらに向き直った彼女は、手を頭の後ろで組んで、表情を崩すどころか、笑いを堪えるような表情にまでなって、話を進める。どうやら、クライマックスが近いらしい、僕の心拍数まで上がってくる。
「中には娘の作った、今までの折り紙とは格の違う紙工作。紙でできた家、風車、動物、車……娘は作った物をすべて、ここに預けるようにしたので、家の中には作品がなくなっていた。母はそれにとても満足していた、家の空間を乱すものが、何一つないということは、なんて幸せなことだろう。子供は私の言うことを聞いて片付けをしてくれた、なんて私はいい母親をしているんだろう、という自己陶酔! なのに、実は隠れて作っていた、しかも八歳で、こんなに上手に仕上げて……!」
 彼女は早口で、手振りするようになり、今までにない感情がこもってきていた。それは興奮だった。彼女は興奮していた、そして僕も、迫り来る結末を迎える覚悟をした。
「母親の中で、何かが弾けた。母は趣味で編み物をしていたんだ。ジャンルが違うとはいえ、自分の子供に負けた気がしたんだ。きっと、無我夢中で家の一階からゴミ袋を持ってきて、中身をいくらかそこに押し込めて、父と子に入らないよう命じている自分の部屋にその袋を隠したんだろう。そして、そのまま、金庫の鍵の合鍵を作りに行って、元の鍵は元のところに置いたんだろう、さらに母にとってはよいことに、父と子は、その日は夕食を二人でファミレスで摂ってくるという、帰って金庫の異常に気付かれる確率が低くなる! そして事は実際、その通りに動いた。子は帰ってすぐにお風呂に入って、翌日の二学期の終業式に備えて、宿題もせずに寝てしまった、夫も早く寝た、寝るまでに金庫の指摘はされなかった。さあ、妻にとっては大万歳、朝一番に起きて、その袋を、他のゴミと一緒に、意気揚々と集積場に出した……妻は自分の行為にとても満足していた、自分を傷つけるものは、これで本当になくなった、と」
 話の勢いは止まらない。彼女はピアノの前で折り返して、また同じルートを辿る。僕も緊張して、動悸を感じるようになった。
「父はそのことに気付かなかった。そして、金庫の中身は安全だと確信している娘も、金庫を自らの目で確認することはなく、異変に気付かなかった。それをいいことに、母は時々、中身を勝手に処分するようになった。そしてとうとう、三ヶ月で空にしてしまったのだ。そしてその後、金庫の鍵を持っていた娘が、気まぐれに開けてしまったのだ……そして、無くなっていることに気付いた。中身を父が、兄のところに持って行ったのだと思ったのだけど、勘が働いた娘は、父に確認をとった。そして、父も、異常に気付いてしまった……! そして、翌朝、母がゴミ出しから帰ってくると、起きてきた夫が、金庫の様子がおかしいと母に告げた、母は、一階の台所で、朝ごはんの目玉焼きを焼きながら、自分のとった行動の一部始終を、夫に楽しそうに話したんだ……そして、娘は、『僕』は、その母の自慢を、二階から降りてくる途中の階段で、ばっちり、ぜーんぶ、聞いていたんだ……あっはははは!」
――予想、的中。


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