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「やがて子供が生まれると、さらに口うるさくなった。自分が動けないから、指図して物の配置を寸分狂わないようにさせる。夫は辟易していた、仕事から帰ったら、授乳している妻に監視されながら、食事を作り、洗濯物を処理し、掃除を完璧にし。一度、兄夫婦に家事の助けを求めたけど、妻が遠方に住む自分の親に、『男の人が、女がいつも一人でこなす家事ごときで、他の人を頼るなんて』と密告してね、妻の親戚が七、八人で押しかけてきて泥沼。実は夫は婿入り。家督は別の家に住む兄が継いでたし、医者の家で開業医だったとはいえ、女の家はとある有名女子大と関係があって、男の家より力が強かったんだ。それで、女系のその家の連中は女が強くて、男にガミガミ言ったんだ。『これからの時代、男も家事をきちんとこなすのが当たり前になる。多くの家の女はこれまで、家事と育児と介護を担(にな)ってきたものの、今はさらに仕事もしなければならない時代だ。男も一生に一度は、その立場を味わうべきだ』とね。妻を全面的にかばったわけだ。妻に逆らえなくなって、子供が大きくなったら離婚しようと考えるようになり、兄夫婦もそれに賛成した。それが二歳の子供の真ん前で行われたんだ、混乱した子供は逆に、泣くこともなくおとなしくしていた。既に子供に歪みが生じていた」
 また、最初のように、ピアノ椅子に座って、足を組んだ。ああ、そんな家にいたら、子供はおかしくなるんだろうなあ、って、その気持ちが分かる僕がいた。
「妻は完全に仕事をやめていたけど、教育は小さい頃からきちんと外部でしてもらいたいと思って、娘を自分の家族が関わる大学の付属幼稚園に入れた。実質コネ入園。まあ、簡単な試験もあったけど、余裕でパスできる成績だったらしい。そして、幼稚園に入ってきた娘は、工作に目覚めた」
 その時、彼女の目が一瞬、光ったような気がした。同時に、工作、というキーワードが、僕の中に引っかかった。そう、彼女は紙工作が好きだったから。
――まさか、いや、でも。
 そんな僕の内心を知ってか知らずか、構わず彼女は続けた。
「娘はその中でも、紙を使った工作に夢中になった。折り紙を折ったり、切って模様を作ってみたり。幼稚園で教わった工作を家でもやりたがって、母親は折り紙を買い与えた。すると、家の中で作品を量産するんだ。あまりにも作り、さらにそれをリビングと子供部屋のあちこちに飾った。だけど母親は、それが気に障(さわ)った。自分が子供のために、まるで芸術品のように整えた部屋に、子供が自分の物を無造作に置いていく。たとえ、それが愛おしい子供の作ったものであっても、それで空間が乱れるのは、教育上よくないと母は考えた。『これ以上作品を量産されたら困る』母親は娘に、少なくともリビングには作品を飾るな、全部片付けるように命じ、さらに『同じ事をずっとしてはいけない』と言って、スケッチブックとクレヨンを、さらに字の練習の教材を手の届くところに置いた。そしてその影で、子供がいない間に、リビングと子供部屋の娘のコレクションの一部を処分した。同じ物をたくさん作っているものをね」
 また、自分と重ねた。清潔にはうるさかった、実家の女性陣。僕も記憶の限り、幼稚園や学校から持って帰った工作や絵は、家族が褒めた一部を除いては、自分の部屋にさえ、「勉強の邪魔になる」という理由で飾るのを禁止されていた。捨てられたことはないと思うけど、僕の与(あずか)り知らないところで、処分したものも、もしかしたらあるんじゃないかと、今ふと思った。
 そして、「紙を使った工作」。僕の中では、疑いが確信に一歩進んだ。その娘が誰か、ということへの疑問の答えに。その答えを信じると、話がよりリアルに聞こえた。でも、まだ信じたくない気持ちもあった。だって、人を殺したという結末になるのだから。
「でも、そう簡単に扱える子供ではなかった。娘は異常に頭が良かったんだ。どこに何を置いていたのか、完璧に記憶していた。そしてそれがなくなっているということは、潔癖症の母親のことだから、捨てたに違いない、と。そして、その事を直接母に訴えても、普段の行いからいい答えが返ってこない、却(かえ)って非難されると思い、父に相談した。父は娘の頭の良さを見抜いていた。優しく娘を抱きしめ、娘の作った物を、自分の趣味のもの同様に、兄夫婦の家に避難させた。娘は嫌々、工作をすることを減らし、母がくれたお絵かきセットで適当に絵を描き、字の練習のノートに丁寧な字を書いた。それを母に見せると、母親がとても喜ぶことを学習した。母は、何でもバランス良くこなせる女性が理想だと思っていた。そしてここでもう一つ、落とし穴。母の与えた字の練習のノートは、年相応のものだった。でもそれでは、頭の良すぎる娘は、すぐに吸収してしまって物足りなかった。それも父に訴えて、母に内緒で小学生用の漢字練習教材をやるようになった。母にばれないよう、父の兄の家でそれをやっていた。だから、小学校にエスカレーター入学する頃には、小学三年生までの漢字が読み書きできるようになっていた。そして、読書好きだったけど、学校の図書館で年上のための本を借りるのがおかしいと思って、街の図書館に通うようになった」
 もし、「彼女」が「南道睦」だとしたら―それらのエピソードのリアリティはさらに高まる。彼女はレベルの高い高校の文系を主席で卒業し、法曹をある時期までは本気で目指していたのだ。子供の頃から頭が良くても、何の不思議もなかった。
 彼女はまた立ち上がる。今度は、僕と遺体の前を通過するルートを取るらしい。


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