13


 いや、聞こえていた。しんとした空間、小さな音もよく聞こえるはず。そして、何故か僕は、しゃがんだまま、動けなかった。得体の知れない恐怖に、包み込まれる感覚。
――ガシャン。
 ドアの閉まる音。勇気を出して振り向くと、僕に向けて拳銃を構えた睦がいた。
――え。
「動くな」
 彼女は、どうしてか笑っているように見えた。それから、普段の睦よりも、低い、男のような声。そして、こと、こと、こと、と、ゆっくりと、僕の方にその口を向けたまま近づいてくる。
「どうし……」
「思ったよりも早く、見つかっちゃったようだね」
 僕は不思議と冷静だった。確かに人を殺せるようなものを持っているけど、睦は本気で襲ってこないような気がしていた。殺気を感じない。拳銃は左手で持っていた。あれ、睦って、右利きだったようはず……? そんな、どうでもいいようなよくないような、そんなことを考える程度には
 彼女は、僕の三十センチ手前で立ち止まった。僕の眉間に照準を合わせに来たけど、五秒ぐらいで下ろした。まだ笑っている。
「大丈夫、これ、モデルガンだから。実弾も入ってないし、この家にないし」
 踵(きびす)を返して、僕に背を向けた。それからまた、こと、こと、こと、とゆっくり歩いて、ピアノの方に向かう。
「僕は元々左利きなんだ。自分の意思で右に矯正したけどね。ああ、床に座ってもいいよ。きちんと掃除してあるから」
 ピアノの天井に、静かに黒いおもちゃを置いた。背もたれのない椅子を手前に引いて、僕の方を向いて座り、足を組んで、前のめりになった。何だか、話したそうだ。
 僕は言われたとおり、しゃがむのをやめて、彼女の方を向いて体操座りをした。
「これから話すことは、今まで誰にも話したことがないし、この先、今のところ、君以外の誰にも話すつもりはない。つまり、僕と君だけの秘密だ。破ったら針千本。いいね?」
 僕は一度だけ、大きくうなずいた。今、睦は、たった一人、舞台に立って、物語を語ろうとしているのだろう。僕はたった一人の聴衆、声を出すべきではないと思った。
 だけど僕は、一抹の違和感を彼女に覚えていた。そこにいるのは、彼女であるのに、彼女ではない気がしていた。でもそれは、今指摘するのは、同じ理由で憚れた。とりあえず、黙ってその話を聞いてみることにする。


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