つまみに出されたナッツをつまむ。
「仕事は最近どうだい」
「普通だね。良くも悪くもない。まあ生活できればいいよ」
「仕事して酒飲んで」
「たまに温泉に入りに行ったり」
「いいねえ。旅が好きなんだっけ」
「長い休みが取れたらよく行くよ。家でゴロゴロするのはどうも性に合わなくて」
「今度連れて行ってよ」
「時間が合えばね」
「ははは」
現実とはなかなか厳しいもので。

しばらく他愛もなく話していると、からからと店の入り口にかけてある木の飾りが鳴った。来客だ。
だが、その人はあまりにも見覚えがありすぎた。
「どーも、マスター。お久しぶりです」
「おおー、久しぶりー……っていつぶりだよ」
「三、四ヶ月ぐらいじゃないの。――おや」
目が合った。黒の瞳が、楽しそうに細められる。猫みたいな目。
「裕樹じゃないか」
「何で君が」
「何でって、この近くに住んでるのに。あ、横座ってもいい?」
「いいよ」
僕の左隣に座ったのは、南道睦(なんどう むつみ)。この女は、高校と大学、しかも学部まで同じだった同窓生。五条や赤坂とも知り合いだ。
陽気なやつで、冷静を自覚している自分とは正反対だが、意外と気は合う相手だ。あらかじめ断っておくと、恋人ではない。ただの友人だ。
「何にするかい」
「いつものブラッディ・マリーを」
聞き慣れないカクテルだが、名前だけでも暗い由来を感じる。それを選んだことには、あえて突っ込まなかった。
それよりも、『いつもの』と言っているところが気になった。
「睦、お前、よくここには来るのか」
「常連、と言われればそう言えるかもね。最近は忙しくて来れていなかったんだけど」
そういえば、先程久しぶりと言っていた。若干痩せた気もする。
「仕事か? なんか痩せたような」
ウォッカをタンブラーに入れながら、五条が会話に入ってくる。
「ドラマの撮影が予定よりも長引いちゃってね。ほら、例の俳優さん、クスリで捕まったでしょ。それがウチのドラマに出ててね。いつもより余計に不規則な生活が続いてたからこのザマだよ。今日はひっさびさの完全オフだったんだけど、昨日の夜、打ち上げの飲み会から帰ってきたら、シャワーも浴びずにベッドインして気付けば昼の12時で」
「それは、お疲れ様」
「大変だったねえ」
睦はテレビ局で働いている。不規則な生活も時々半日休めばなんとか回せるらしいが、今回は流石に堪えたらしい。
タンブラーには続いて、赤い液体が注がれる。少しどろっとしているから、トマトジュースか何かだろうか。
縁には三日月レモン、青い棒を差し入れて。
「はい、どうぞ」
「サンキュー」
それを一気に、きゅっと。
「はー、美味い。生き返る」
「……酒、相変わらず好きなんだね」
「もちろん」
僕のために用意されたおつまみを断らずに口に入れたが、咎めなかった。彼女との間にはよくあることだ。
「お前達は最近どうよ」
「この店は順調だよ。お父さんの頃の常連さんも戻ってきつつあるし」
「僕は変わりないよ」
「そうかい。ま、食べていけてるならいいか」
赤をまた呷る。何かの漫画で見たようなシーンだが、何の漫画かは思い出せない。確かそのキャラクターは吸血鬼だったか。
「そうだ、マスター、チョコレートはないかい」
「用意するよ」
カウンターの反対側の棚に並べられた皿に、口の開いた袋をあてると、中身の個包装のチョコレートが。ふと隣の彼女の顔を見ると、目の下にクマができているのがはっきりと見てとれた。


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