4
「明日は」
自然と、言葉が零れた。心配しているのは、事実だが。
「明日も休みだよ。明後日は出なきゃなんだけど」
まっすぐ自分の正面を見ているが、視線が定まっていないような気がした。本当に大丈夫だろうか。
「……行きたくないんだけどね」
ため息。どうぞ、とカウンターに置かれたチョコレートを一つ取って、捻って中身を出した。
「何かあったのかい」
五条が尋ねる。
「んー? 大したことじゃないよ。早く退職して隠居したいんだ」
「まだそれには早いでしょ」
「ただの願望だよ」
普段の陽気さがない。人間そんな日もあるから、それは仕方ない。
「まあ、飲みたいだけ飲んで、ゆっくり休みな。何も余計なことは言わないから」
「お言葉に甘えて」
口数は普段の半分以下だった。会話の内容は、最近の他の友人のうわさ話。話の出所は、ほとんどが僕だった。
仕事の愚痴はなかった。話したくないのか、はたまた愚痴などなくて、先程の言葉は、仕事に不満はないけれど、仕事をすること自体に疲れているという意味か。
「そうだ、ソルティ・ドッグをちょうだい」
「かしこまりました」
空になったグラスを傍に置く。酒には強いと仲間内で定評のある彼女だが、今日はペースが速いせいか顔が赤い。もう酔っているらしい。
「なあ、裕樹もなんか飲まない?」
彼女が左腕で頬杖をついて聞いてくる。自分のグラスの中身は、あと一口だった。
「なら、僕も同じものを」
「了解しました」
スクリュー・ドライバーを飲み干して、少し右横に置いた。彼女の頼んだチョコレートを一つ、つまみ上げると、あ、っと彼女が声を上げた。
「どうしたの?」
「うん、一つ聞きたいことがあって」
「なあに」
僕の目を覗き込んでくる。
「……君、まだ一人暮らしかな」
明らかに裏のありそうな質問。五条も一瞬手を止めたが、すぐにカクテル作りに戻った。
「そうだけど」
僕は素直に答えた。別にそういう感情はないのだ。
彼女は正面に向き直った。
「良かったら、今夜泊めて欲しいな、――なんてね。明日、自分一人で無事に過ごせるかどうか、心配なんだ」
「それ、いいの? 大丈夫なの? 色々と」
僕は逆に聞く。色々には、それこそ様々な意味を込めて。
「ウチはいいんだよ。君も嫌だったら断っていい」
女の子を、自分の部屋に入れたことはある。昔好きになった子を、一度だけ。結局、その子とは数ヶ月で別れてしまったけれど。
彼女は、別に好きではない。けれど真面目な人だ。悪さはしない。
「上げてやってもいいんじゃないのー? どうせ今彼女いないんだし」
「それは、そうだけど」
しばらく、迷った。迷ったけれど、確かに上げても僕に不利益はないし、それにこの状態の彼女を一人にしておくのは憚れる、という気持ちもあった。
二杯のソルティ・ドッグが用意される。それをまた、三十分ほどかけて飲み干すと、彼女の足取りは覚束なく。
自分の住むアパートは、ここから電車で一駅、歩いて三十分。けれどここは大事をとって、タクシーを使って帰った。
[ 4/60 ]
[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]