就職を機に、この僕、山松裕樹が夜も眠らない街に引っ越してから、気が付けば早六年。未だに結婚もせず、ましてやそれを考える相手も、生まれてからこれまでいたことがない。
田舎に残してきた親や親戚には、帰省する度に「早く結婚しろ」と言われているが、別にそんなに急かすことないのに、といつも思う。もういっそ、生涯独身でも構わない。
そんなことを考えながら、この街のいたるところにあるフクロウの像のうちの一つの前を通り過ぎ、僕は今年に入ってからよく行くようになったネオン街へと足を踏み入れた。
両側から次々と声を掛けてくる客引きをかわし、終わりかけた春の余韻を感じながら、あるビルの前まで辿り着く。
『B1Fバー 北極星』
念のため看板を確認し、地下への階段を降りて木製の扉を開けた。
「いらっしゃい。いつも来る時間になっても来ないから心配したよ」
「電車が事故で遅れていただけだよ。気にしないで」
俺はカウンター席に座り、「いつもの」と一言だけマスターに告げた。
「あいよ」
マスターの五条満は、大学の同じ学部で知り合った。
彼の父親が昔このバーのマスターで、彼自身もお酒が飲める年になってから趣味でカクテルを勉強していたが、普通の会社に就職した半年後に父親を突然の病気で亡くし、母や弟の勧めもあって脱サラして父の知り合いの店で修行し、二十五歳でこのバーを復活させたという。そのことを知ったのが、今年の春だった。まあ、ただのバーではなく、昼間はアルコールなしの喫茶店、夜は希望すればコーヒーも出すバーというちょっと変わった店だが。
僕はカクテルを作る様子を少しの間見た後、店内を見回した。離れて座っている、カップルと思われる若い男女以外に客はいない。僕はすぐに、その光景に欠けているものに気付いた。
「今日は赤坂いないの?」
赤坂準也はこの店の共同経営者で、もちろん僕の知り合いだ。喫茶店の時間帯にメインで働いているが、時々バーの手伝いで店にいる。
時計の針は、まだ八時半を指していた。
「高校の同窓会。あいつ東京生まれ東京育ちだから、平日に呼ばれてもこんな仕事だから九割方行けるって言ってた」
話しながらも、五条の手は止まらない。オレンジジュースが氷とウォッカが入ったタンブラーに注がれる。
「うらやましいな、それ。自分も休日なら考えるけど」
僕の田舎は房総半島の先端だ。並の会社員が仕事帰りにちょっと寄ってまた東京に戻る、というのは時間的にも金銭的にも無理がある。
「俺は休日じゃないと無理かなあ。田舎岐阜だし」
「それは遠いね」
「この仕事楽しいから、休んでまで行こうと思わなくてね。家族もこっちに引っ越したし、知り合いも皆、進学で関東に来て就職もそのまんまの人がほとんどだし。釣りに誘われれば帰ろうって思うけど。はいこれ」
出来上がったスクリュー・ドライバーを受け取り、ゆっくりと一口飲む。
どうしてこれかというと、単に初めてここに来て飲んだ時に気に入ったからだ。味やアルコール度数は問わないから、僕に似合いそうなものを、と言ったらこれが出てきた。五条曰く「まずこれが思い浮かんだ」と。


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