――でも、譲れないところはある。
 昔の僕だったら、彼らの言うことすべてに従順であっただろう。それが幸せなんだと。
 その価値観は、睦と出会って覆された。
 高校は偏差値の高いところを受けなさい、と、大きな街の高校を必死こいて受けて、合格したそこに電車で一時間かけて通った。部活には入らず、大学進学のために、一年生から勉強漬けだった。家での勉強の様子も監視されていた。実力で入れ、と、勉強以外でも評価する推薦入試は禁止。
 でも、そこで出会った彼女は、自由に生きていた。しがらみのない感じで。
 隣の席になり、勉強もできたので、分からないところをよく教えてもらっていた。部活は文芸部に入り、小説を書いていた。彼女からもらった、彼女の作品が収められた文芸誌は、誰からもらったのか、という干渉を恐れて、鍵付きの引き出しに厳重に保管し、今は東京の家にある。そう、僕はその姿、あるいは生き方に憧れたのだ。そんなところに、僕の恋心の萌芽があったのだと思う。
 僕は大学では、親戚の望んだ法学を学んだ。僕を地元の公務員にさせたかったのだ。でも、彼女は、自ら望んで同じ学部に入った。法曹になりたい、と。
 でも、彼女は就職を考える三年生以降、法曹を目指すことをやめた。報道関係の仕事に興味を持ち、テレビ局に就職を決めた。その時、公務員試験を受験していて、地元の役所の最終面接手前まで進んでいたけれど、なんとなく自分が公務員になることに違和感を覚えていた僕に、彼女は言ったのだ。
「君は一生、親とか、田舎とかに、鎖で繋がれるつもりかい? それが本当に、君の望んだ未来か? 君は英語が堪能だろ、それを生かせる仕事も似合うと思うけど」
 家のことを深くは話していなかったけれど、察されていたのかもしれない。英語は確かに、子供の頃から英会話塾に通わされたし、高校の時にイギリスにショートステイしたこともある。親の意向だったけど、それで英語に親しみを覚えていたところは確かにあるし、大学も本当は英文学を学びたかったのだ。独学でシェークスピアの劇の原書を、大学の図書館でこっそり読むぐらいには。
 公務員で外国語を生かせる、と聞けば、まず外務省だろうか。でも、国家公務員の試験にはすべて落ちていた。だけど、親に内緒で、平行して受けて、内定ももらっていた民間企業の中に、貿易系の企業があったのだ。僕は背中を押される形で、そこに入社すると連絡した。
 公務員の受験スケジュールは、親にすべて知られていたし、受けた結果も逐一報告しなければならなかったので、地元の役所の最終試験の日も知られていた。本当はバックれてもいいところだったけど、あいにく親戚の中に、役所とのパイプを持っている人がいた。行かなければ大目玉を食らうのは目に見えているし、僕を通すよう話を通した、という話も耳にしてしまっていた。
 結果、役所の最終面接にはあっさり通った。だけど、行く気なんてなくしてたから、東京に住まいを確保し、友人数名に話をして協力してもらって、必要な家財道具を東京の家に移してから、その友人らも家に入れて、親戚全員の前で僕は土下座した。当然、親戚中から非難された。
「親を裏切ったな」
「せっかくここまで育てたのに、恩を仇で報いるとは」
 そして、母の姑にあたる、僕のおばは、母に向かってこう言った、「もっと彼を監視しておけばよかったのに。民間に就活しているのを見抜けなかったお前さんにも責任がある」と。年功序列。男尊女卑の家だから、父は仕事で忙しかった、という理由で無罪放免だった。それから、お前の勝手な選択のせいで、嫁いびりが酷くなったとうるさいけど、進路圧力に加担していたから、僕は許そうとは思わない。
 でも、持つべきは友人だ、その中に、睦は都合が合わなくていなかったけれど、五条はいた。他の友人も援護射撃してくれたけど、五条は決定的な一言を言った。
「彼は彼の幸せを掴む権利があります。彼は、ここにいては幸せになれないと判断したんです。いや、今まで幸せじゃなかったんです! だから、出て行くと決めたんじゃないんですか。……一度、考えてください。この家で行われてきたことが、本当に彼のためになったのかを」
 それで親戚一同は沈黙した。そして、その隙に、僕達は家を、街を離れた。
 だけど、それで完全に黙る連中ではなかった。東京で働き始めて一ヶ月、ポストに交換条件を書いた、実家からの封筒が入っていた。それが、東京で経験をするのを許す代わりに、年末年始とゴールデンウィークとお盆に帰省し、墓参りをしなさい、というのが一つ。そして、ああ、思い出した、もう一つは、五年以内に嫁を取って、三十までに跡継ぎを嫁に産ませろ、結婚したら、今の仕事を辞めて、父の不動産屋を継ぐか、地元の役所に入れ、だったか。
 結局、親戚の機嫌を取るために、条件の一つ目は忠実に守っている。でも、二つ目は守る気が最初からなかった。そして、五年が経つ。そうだ、だからお見合い騒ぎになっているんだ。


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