「なら、こっちで用意してあげるしかなさそうだな。役所の偉いさんの子供に、いい娘がいる。彼女もその役所で来年から働くそうだ。健康で、優しい子で、とっても美人で清楚な子だ。一度会ってみなさい。向こうに話は通してある」
 祖父は優しい口調で言う。しかしその本質は、拒否権のない命令だ。どう考えても、僕のタイプじゃないけど。表面だけは合わせておく。
「いつ?」
「本当は明日にでも、と言いたいところだが、あいにく一家で旅行に出てしまっていてなあ。年末か年明けがよろしいかな。必ず、帰ってきなさい。向こうも期待しておる」
 タイムリミットは年末、か。そこで良さそうな雰囲気だと彼らが判断すれば、すぐに結婚式の準備を始められてしまうだろう。それまでに睦と、どうするか。彼女と話し合わなければ……。
 それからは、適当に話を合わせた。相変わらず、食事が終わるまで、テレビは見ない方針らしい。気になる番組、家で録画してきてよかった。
 食器洗いを手伝って、見たいテレビは終わっていたので、一旦自室に引っ込んだ。お風呂も年功序列・男尊女卑、一番年下の僕は最後まで入れない。時代錯誤もいいところだ、田舎に帰らないといけないのは不便でも、東京に飛び出してよかった。毎日こんな生活してたら、精神がもたない。
 ふと、彼女のことが頭を過ぎった。チャットを開き、この家に着く前に外で撮った写真を送る。家での料理の写真とかは撮っていない。下手に撮ろうとするものなら、「彼女にでも送るのか」と余計な詮索をされそうだったからだ。
 似た境遇ではないか、と思った。古いしきたりに縛られた家の生まれの僕。何があったかは知らないけれど、母親を嫌っているらしい彼女。親に何らかの不満がある点が共通する。
『いいところじゃないの』
 彼女からの返信。返ってきたということは、元気だ、と解釈していいのだろう。部屋の外からの足音がしないのを確認して、スマホの画面をタップする。
「景色だけはね」
『…どうかした?』
「親戚一同が年末にお見合いさせると言ってくる。少しでも雰囲気がよかったら即結婚式だろうね、どうしても跡継ぎがほしいらしい」
『古いなー。嫌か?』
「君を置いて、勝手に結婚しようとは思えない。子供も別に欲しくないし、それは僕の生きる道じゃない」
『だろうな。じゃ、こっちでも考えておくよ』
 考えておく、って、何を。いや、頭のキレる彼女のことだ、お見合い結婚を回避するための方策か。
 彼女との会話は、ここで途切れた。仕事のメールを確認して、それでもまだ呼ばれないので、ゲームをしていた。
 しばらくして、トン、トンと、外から階段を上る足音が聞こえてくる。風呂の順番でも回ってきたんだろうな、スマホの画面を消して、持ってきた本を開いた。スマホを見ていたなら、何をしていたかを聞かれる。誰とメールしてたの、とか、不健全なものを見ていないだろうね、とか、ゲームをしていないだろうね、とか。だから、健全な文庫本を読んでいたフリ、だ。
 ゴンゴン。古い引き戸がノックされる。
「はあい」
 戸が開かれた。母だった。
「裕樹、お風呂に入りなさい。洗うのもよろしくね」
「分かった」
 ぴしゃり、と閉めて去って行く。それだけ言いにきたのなら、開ける必要もないのに。
 読みは当たった。と同時に、僕は自分が悲しかった。親戚の考えていることを見越して、自分の行動を決めている自分が。怒られないように、機嫌を損ねないように行動している自分が。やはり、世間で言う「毒親」、いや、「毒親戚一同」だ。
 着替えと洗顔料を持って、風呂場に向かう。湯船のお湯は、自分が適温と感じる温度よりぬるかったけれど、お湯を足す気分にはならなかった。


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