「裕樹」
「……ん?」
呼びかけられて、いつの間にか無心になっている自分がいることに気付いた。猫の頭はできあがって、体を組み立てようと部品を切っているところだった。
「どんな感じかい」
「やってみたら、意外とできるものなんだなあ、って」
「どれどれ」
ゆっくりと立ち上がって近づく彼女に、組み立てた部分を見せる。この人のことだから、少々雑でも何も言わないだろうけど、妙に緊張する。
「うん、いいんじゃないの」
そうやって褒められると、照れくさいと思ってしまう。ああ、好きって、何気ない幸せって、こういうものなのだろうか。
「そりゃどうも」
彼女のモン・サン・ミシェルは、確かにそれらしい形になっていた。あそこまで細かく作ろうと思えば、作れるものなんだ。
「そうだ、お昼にしようかと思ったんだけど」
枕元の丸い、黒く縁取られたアナログ時計は、十二時二十分になろうとしていた。言われてみれば、お腹が空いているような感じがする。
「もうそんな時間なんだ」
「やってると、時間が経つのも早く感じるよ。また集中しすぎちゃった」
彼女はうーんと伸びをする。それすら可愛い、なんて。
「何食べようか」
「食べに出ない? ずっと家にこもってるのも、体によくないし」
「そうだね」

イタリアンが食べたい、ということで一致したので、最近パスタが評判のカフェに行くと、ちょうど最後の一テーブルが空いていた。
僕は明太子の、彼女は海鮮パスタを平らげると、コーヒーで一服。帰ってまた、僕はベッドに座って、彼女は薬を飲んでから定位置に戻って、黙々と切って、折って、貼って。
はあ、と息を吐くのと、一つ二つ、咳をするのが聞こえた。また彼女が立ち上がって、大きく伸びをして。
「できたー?」
「あとちょっと」
顔と胴体をくっつけて、あとは尻尾をつくるだけ。
「睦は?」
「できた。ほら」
持ってきた、彼女の両手より少し大きい位のモン・サン・ミシェル。それはそれ自体が小さいことや、聖なる雰囲気を持っていることはもちろん、彼女の事情も相まって、僕にはどこか儚げに、今にも消えてしまいそうに見えた。
「すごい……」
でも、その本心は伝えなかった。彼女自身が、今よりももっと、もろくなってしまうような気がして。病は気から、ともいうし。いや、もう発症してるけど、これ以上悪くなってほしくないし、もちろん、治ってほしいから。
「あんがとよ」
そのまま、廊下を経由して、電気を点けて『紙の街』に足を踏み入れる。僕は猫の尻尾の部品を切り取った。時刻は、午後五時。早いな、また昼の時と同じ感覚。
「晩ご飯、どうするー?」
「作ろうか? ハンバーグが家にあるから、付け合わせの野菜でも」
家にレトルトのハンバーグがあるのは、朝、冷蔵庫を開けた時に見た。でも、野菜がない。
「いいのかい? たまには僕がやるよ、最近君に作ってもらってばっかりだし」
「でも、休んだ方が」
「逆だよ、逆。何もしないのは嫌なんだ、じっとしてるのが嫌いで」
「そう? なら、食材だけ買ってくるよ、せめてその間だけ」
「やさしいなあ、お前は」
無理しないでほしい、もう少し、甘えてもいいんだよ、という気持ちも伝えたかった。見た感じ、酔っ払った時には甘えてくるけれど、そうでないときは、甘えていても、どこか自分に甘えを許しがたい、こんなところで甘えていいのか、そんな風に思っているんだろうと感じるところがある。それは彼女とお付き合いする以前から、知り合ってしばらくした頃から、ずっと感じている、違和感。
だから病気になるんだよ、とは、言わないけれど。
―― 一応、僕を信頼してはいるけれど、どこか信用し切れていないような。
――やっぱり、何かあったのかな。
無理には、聞き出さない。多分、そういうことは、どこかでぽろっと言うような、そんな感じがした。


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