午前十時

朝食を食べて、片付けて、コーヒーをもう一杯。テレビは付けない。
それも飲み切ったところで、彼女は立ち上がって、大きく伸びをした。
「そうだ。あの部屋、見せてあげようか」
――来た。やはり、あの部屋には、何かがあるのだ。
「いいの」
「僕が見せたいの」
僕も立つ。短い廊下に出て、閉じられていた引き戸に、彼女が手をかける。
そっと開かれる扉。ぱちん、と音がしたかと思うと、暗闇に光が灯る。そこには。
「……え、何、これ」
畳の部屋、白い壁、家具は何もなかった。その畳の上には、街が、広がっていた。
「僕が全部、紙で作ったんだ。踏まないように気をつけて」
『街』に、足を踏み入れる。家、ビル、道路、車、スーパー、コンビニ、駅、線路、電車……空港、飛行機、動物園、遊園地、プール、海岸……。人ももちろん、その風景の中に溶け込んでいる。そして、それらの一つ一つに、命が吹き込まれているような、そんな感じがした。
「全部?」
「全部。触ってもいいよ、触るだけなら」
しゃがみこんで、試しに、青い車を触ってみた。確かに、紙だ。
「一人で作ったの」
「そうだよ、誰の力も借りていない。これでもまだ、未完成だけどね」
僕は、圧倒されていた。マンションの一室の、小宇宙。どれほどの時間をかけたのか。
「どうして、こんなものを」
「工作が好きでね。絵を描くのは嫌いだけど、ものを組み立てることは、小さい頃から大好きだったんだ。学校の授業で作るのでは物足りなくて、おこづかいで小学生向けの雑誌を買ってきて、その付録を片っ端から組み立てていたんだ。その延長線上に、これができた」
彼女は実に楽しそうだった。再会してから、一番の笑顔じゃないだろうか。
「すごい……何年かかったの」
「そうだね、大学に入った時からここに住んでいるから、九年ぐらいかな。週末にちまちまやってたら、いつの間にかこうなってたよ」
彼女は部屋を出て行く。その足音が再び近づいたと思ったら、もう一方の、寝室に面した引き戸が開かれた。
「でも、まだ作る気でいると」
「死ぬまで作るよ。買ってきたり印刷したりして、切って、折って、貼って……」
「飽きないの」
「全然。何ならやってみる?」
その様子が、本当に、生き生きとしていたものだから。そういうことは、中学を卒業してからは、まったくしたことがないのだけれど、彼女が楽しそうだから、乗らないといけない気がした。
「僕にもできる?」
「簡単なものにしておくよ」


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