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二週間後 金曜日

仕事帰りにまた、あのバーに行った。彼女は先に来ていた。
「いらっしゃい」
「どーも」
カウンターの上のブラッディ・マリー。僕も、今日はそれに挑戦してみることにした。
「何にするかい」
「彼女と、同じものを」
「はいよ」
今日は上司と喧嘩になってしまった。おかげで精神的に疲れていた。
「お前、なんかしけた顔してないか?」
隣からそんな声。何でこの人は、人の痛いところを突いてくるのが上手なのかな。
「やらかした」
「どしたの」
「上司と口論になった」
出されたピーナッツを一粒。気分も相まって、何だか苦く感じた。
「えー、君が。珍しい」
赤で満たされたグラスをかき混ぜていたマスターの五条が、こちらを向いた。
「僕でもカチンと来ることはあるよ。あるけどさ……」
「どうかしたの」
かき混ぜていた棒が引き抜かれる。
「いや、虫の居所がお互いに悪かったんだよ。多分」
実はここ数日、なんとなく体調が良くなかった。別に会社を休むほどではないけれど、ずっと身体がだるい感じがしていて、時々頭痛がしていたので薬を持ち歩いていた。今は頭痛は治まっている。きっと疲れているんだ、身体が。元々強い方ではないし。明日は休みだ、しっかり休まないと。
「まあ、人間そんな日もあるさ。はい、お待たせ、ブラッディ・マリー」
「ありがとう」
「とりあえず、一番シンプルなレシピで作ってみた。お隣さんは塩と胡椒を入れるのが好みだけど、飲んでごらん」
僕はそれを一口。
「……甘い」
「飲めるか?」
僕はあまり甘い酒は飲まない。せっかくだから、今度は彼女と同じようにしてもらおうか。いや、別に、彼女と同じ味を味わいたいとか、そんなものじゃないけど。
「飲めるけど、塩・胡椒を入れた方がもしかしたらいいかも」
「じゃあ、グラス」
「今日はいいよ。悪いし」
そうか、これを彼女はいつも飲んでいるのか。しかも、その彼女が隣にいる。なんだろう、これが、小さな幸せっていうものなのかな。
「そういえば、この間は結局、あの後、どうしたの」
ここに来るのは、彼女と偶然出くわした、あの日以来。
「何だい、そこ聞くのか」
先に食いついたのは、彼女の方だった。頬に赤みが差している気がする。
「いや、何もなかったらそれでいいんだよ。でも、知り合いとして心配はさせてくれ」
「ははは、何かあったけど」
「ちょっと、言い方!」
つい、口が出てしまった。いや、ここは、そう言うべきなのだろうか。
五条が嫌そうな顔をしている。あ、これはやばい。
「……やましいことでも?」
「えー、別にやましくないよ」
「じゃあ、何」
「付き合うことにした」
思わず目を逸らしてしまった。飲んでいたものを吹き出さなかっただけ褒めてほしい。
「……それはそれは、ごちそうさまです」
ああ、どうしよう。僕は次、何と言えばいいのだろうか。
しかし、ちょうどその時、すいません、と別の席から声がかかって、マスターはその客の方に向かっていった。
「心臓に悪いよ」
「嫌いになったか」
「ならないけど。あんまり、言いふらしては、ほしくないかな……」
「あ、それはごめん」
赤い飲み物、その見た目は、彼女の雰囲気に合っていると思う。でも、名前が、どうしても怖い。彼女のイメージから、かけ離れているとは思わないけれど。
「今日は、どうする」
「どうするって、帰るだけじゃないの」
ご飯は食べてきたし。うん、後は自分の家に帰るだけ。
「どっちに帰るの」
「え」
そこで返答に詰まる。別に、またあの日みたいにしたいとは思わないけれど。
「こっちに来ない?」
「……冗談でしょ。そんな、付き合ったばかりの女の子の家に上がるなんて、そんな」
だめだ、この人といると本当に調子が狂う。手のひらで踊らされている。
「言葉と顔が一致してないけど」
知ってるよ。顔が熱いのは自覚している。僕は感情を隠すのが苦手だ。
「察してよ」
「そういうところ、可愛い」
「やめて」
「やだよ、もっと見たい」
だから、そのわざとらしい低い声!


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