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                    ◆

午後六時 銀座

たまにはとびきりの美味しい物を、という博の計らいで、高級フレンチレストランで食事をすることになった『ブラッディ・ローズ』の面々は、彼との約束通り、そのレストランの前に集合していた。
ずっとイタリアにいるのなら、フレンチぐらい現地へ行けばいいじゃないか、と思うかもしれないが、特殊な身分である彼らにとっては、そう簡単に行けるものでもないらしい。
自由行動だった彼らは、それぞれ思い思いの品を手に下げている。
元気と洋一、明、それに博は前述の通り、優子は一人で横浜に行って中華料理を満喫し、真樹は動物園へ。
渉と阜は古本屋で本を買い込み、白石兄弟は埼玉まで足を伸ばしていた。
「そろそろ、入りますか」
博が先頭に立って入り、予約している旨を店員に伝えると、店の奥の扉で仕切られた空間に通される。
そこは入ってすぐの空間よりも、より一段と豪華な装飾が施されていた。
正面からまっすぐ進んだ奥に大きな円形のテーブルがあり、それ以外にも四人掛けのテーブルが二つ、二人掛けのテーブルが一つ用意されていた。
「予約者専用部屋になります。皆様方の席はあちらの一番大きなテーブルでございます。本日は皆様方以外にも三組のご予約がございますが、お気になさらず、お食事をお楽しみください」
「ありがとうございます」
店員が去った後で、荷物を用意されたかごにまとめ、それぞれいつものように博の横から時計回りに元気、優子、真樹、渉、阜、洋一、明、梨花、俊の順に座る。

三十分後

彼らが二皿目を食べている頃、次の予約客の四人が部屋に入ってきた。
四人は彼らと同じように店員に案内されて席に着くが、ミルトリー側の人達は、元気以外は皆驚いた顔でその人達の方を見る。
四人の方も、それぞれ縁のある人物を十人の中に見つけ、落ち着かない様子だ。
両グループが黙ったまま見つめ合うこと数秒、一番最初に口を開いたのはジャックだった。
「奇遇ですね、ミルトリーファミリーの『ブラッディ・ローズ』の皆さん。――ああ、もちろん一人違うのが混じっているのには気付いていますよ」
彼は博に一瞬目をやった後、立ち上がり、ミルトリー側のテーブルに近づく。
「私は情報屋のジャック・ベノラです。元々はあなた方の敵であるルビーファミリーと契約していたのですが、ちょっと訳あって契約を切りましてね。それからは中立であろうとも考えたのですが、ウチにいる人間が人間でしてね、あなた方に味方してもいいのではないかと思いまして。私達の仕事にもなりますし、いざとなれば戦うことも可能です。ねえ、ゲールさん?」
「そうですねえ……」
名前を呼ばれて立ち、ジャックの方へ向かう。緑色の目に影が差す。仕事モードだ。
「ご存知の方もいらっしゃると思いますが、私、ミルトリーファミリー所属『ブラッディ・ロース』隊長、ゲール・ミルトリーです。実は先程、たまたまこの方と会ったんです。そこで話も聞きました。念のため聞きますが、私達は四月の騒動の後、この方達を味方にしてもいいのではないか、と話し合いで決めたこと、覚えていますよね?」
「ブラッディ・ローズ」の面々がうなずく。
「確かに、話し合いでそのような結論に至った」
ユーミンが代表して言う。
「そこでです。戦力や情報がもっと欲しい我々。人間感情的に中立でいるのが難しく、また取引先を探しているジャック側。利害は一致しています。まあ、最終的にはファミリーと彼らの間での契約になりますが、ここで一つ、仮同盟を結んでもいいのではないか、と思うのです」
「そういうことです。異論が無ければそうしますが……」
ジャックが一通りその場にいる人の様子を窺うが、不服そうな表情をしている人はいない。
「じゃ、結んでしまいましょうか、仮同盟」
彼が手をゲールの方に差し出す。
「ええ」
ゲールもそれに応じて握手すると、どこからともなく拍手が起こる。

それから、「そろそろ料理が来るんじゃないですか?」というユーミンの一言があるまで、知り合い同士、どちらかの席に行って、このような形での再会を喜んだ。
ゲールとユーミンは実の兄であるメリアーノに抱きつき、サファイアはロタールやベルフらと心の底から笑い合い、ジャックはボラードと軽口を叩き合った。
知り合いのいないトレモロは、恐る恐るミルトリー側に近付いたが、ローリーが手招きして誘い、そこにキャシーやノエルも加わり、お互いを紹介し合った。
特にサムとは読書の趣味が会い、連絡先を交換して出掛ける約束まで取り付けた。

午後七時半

「……なあ」
「どした?」
「嫌な予感がする」
予約していた店の前で、ファビウスは立ち止まる。
「この店の中に誰かいるとか?」
「そんな感じ。何ともないように振舞えば大丈夫だと思うけど」
「はあ……まあ入るか。腹が減って仕方がない」
彼の「予感」はほぼ百発百中だ。
他の二人も不安を覚えながら、店に入って店員の誘導に従う。
店員がある一つのドアを開けてその中に入った時、その場にいた店員以外の人が気まずそうな顔になった。
事情を知らない店員が去ると、カバレロがミルトリーとジャック一行の方を向いて、「どうぞ、お気になさらず」とだけ言うと、何人かがうなずいた。
思わぬ場所での、敵同士の邂逅。
ここで無駄な騒ぎを起こすとまずいことがお互いに分かっているので、声のトーンを落とし、相手の存在を無いものであるかのようにする。
「黙って食べて、早く帰ろう」
「おう」

「あれって、ルビーの人達じゃないか?」
「一度ボスとは会ったよ」
「どこで?」
「池袋のクレープ屋」
「いたのか」
「うん」

「うわやだこの展開」
「でも向こう知らんのやろ、お前のこと」
「分からないよそれは……もしかして他の人達から聞いてたりして」

それでも店員が入ってきたときには、普通の声量で話す。
店員がいなくなれば、またひそひそ話に終始する。

午後七時五十分

ミルトリーの人達はデザートまで食べ終え、そろそろ帰ろうかと支度をし始めていた。
そこでまた、部屋の扉が開かれる。
今度こそ一般人だろう。
そう誰もが望んでいただろうが、現れたのはおばあさんと少年で。
その姿を見たとき、ファビウスは聞こえるように舌打ちをし、カバレロとカトゥーナはあからさまに不快な表情をし、ジャックは完全に動きを止めた。
直接の取引がないミルトリーの面々は、他の二グループの反応に頭に疑問符を浮かべていたが、渉と阜はその正体に気付いていた。
「あれ、なんでこの人がここにおるん?」
「さあ?」
店員が去ったのを確認してから、おばあさんだけが立って、三グループを見渡して言った。
「これはまた、皆さんお揃いで。敵同士が遠い国で鉢合わせるのは、これまた奇妙な話ですねえ。このことが偶然か必然か、ここで問うことはあえて致しませんし、今皆さんに何らかの危害を与えるつもりもございません。そのかわり、二つだけ情報を公開しましょう」
彼女はゆっくりと歩き出す。
「一つ、今はまだ確定段階ではありませんが、この三つのグループは二つになります」
何人かが「なんでそんなこともう知ってるんだ」と思っただろうが、誰も口に出さない。
「もう一つ。この世界では命がけでしょうが、裏切り者がこの中から出て来るでしょう。そのこと自体は人の感情ですから止めはしませんが、その人の行動次第では、私が不利益を被るかもしれないんです」
「何を言っているんだよ!」
突然立ち上がる人物がいる。ジャックだ。
おばあさんも含め、全員の視線が彼に向かう。
「不利益ってなんだよ。お金か? 力か? もちろんあんたに聞いたところで答えないだろうけど」
彼の右手がポケットに入る。
そこにはナイフが仕込まれている。
それを知っているメリアーノは、いざとなったら止めるため、本人に気付かれないように身構える。
「おやおや、これだけの言葉で感情的になっちゃって。こんなだからあなたをこっちの世界に入れたくなかったんだよ」
「それは人前で言うことじゃねーだろ。だいたい、何でここにいるんだよ。挑発か? 挑発だよな、そうだよな。じゃなきゃこんなところに来ないよな」
「あら、そのぐらいは分かるようになったのね」
緊張が高まる。
敵であるはずのルビーの三人も、万が一に備えて体ごと二人の方向に向ける。
「馬鹿にしてんのか? ――血みどろな展開を期待していたなら残念だね。今ここで問題を起こさないぐらいの節度は持ってる」
「見当外れの推論ご苦労様。ここで争わないことは間違いないと思っていたわ。私はこの場であなたが突っかかってくることを期待してはいたけど――あら?」
急に彼女がサッと一歩下がる。

次の瞬間、部屋の扉が開くと同時に、何かが彼女とジャックとの間に割って入った。
「……カッター?」
その先端は、まさしくジャックが言った通りのもので。
皆がその異常なまでに伸びた刃から入り口の方に目線を移すと、右目を眼帯で隠した、一人の小さな黒髪の少年――おそらくは十二、三歳ぐらい――が肩で息をしていた。
カッターの根本は、少年の左手に握られていた。
その場にいた皆がぽかーんとしている中、すぐに立ち直ったのはやはり最年長で。
――ここで仕留めなければ。
「おや、誰です?」
彼女が敵意を含んだ視線を少年のそれと絡ませると、息を整えた少年はふ、と嘲笑い、その左目を茶から血のような赤に変える。
「あなたなら分かるでしょう」
その顔に似合いそうな、高い声。
少年が根本のレバーを引く仕草をすると、刃が音もなく縮み、元鞘に収まる。
彼は無言でゆっくりと歩み、レベッカの前で立ち止まり、彼女を見上げる。
あまりの緊張した空気に、その場にいた誰もが傍観を決め込み、またそのうちのほとんどが、万が一の場合に備えて忍ばせている武器に手を伸ばしていた。
「いいえ、分かりません」
少年の足が止まるのを確認してから、彼女は言う。
「あなたが捨てた子供でしょう」
「何故それを」
彼女の瞳がわずかに揺れる。何人が気付いたか。
「あなたのミスです。あなたはおれを手放す時、オレを眠らせて魔法を掛けましたよね?」
「……ええ、確かに掛けたわ」
「失敗したんですよ、それに。だからお兄さんのことも覚えています」
少年の左手が動く。鞘からはみ出したわずかな刃。
「それは残念ね。――ところで、何しにここに来たの? このおチビちゃん?」
レベッカも両手をポケットに入れる。
「そりゃあ、」

少年が刃をもっと出す。誰の耳にもその音が届く。
歪んだ笑みを深くすると、刃先を女の首元に突き付けて。

「あなたを殺しに来たに決まっているでしょう?」

――ダメだ、(またさっきみたいな力を使われると)けが人が出る!
何人かが立ち上がる。

しかし、タイミングを同じくして部屋の扉が思い切り開いた。

「アブラカタブラ、夜明けはあなたのものになる!」

少年と同じぐらいの男の子が叫ぶ。
少年はゆっくり顔を男の子の方に向ける。
「……イレギュラー、うーの?」
幼児のような呟き。
その一言に、場内にいた何人かがピクリと反応する。
「間に合ったか」と男の子が独り言のように言った直後、少年の身体から急激に力が抜けていく。
手から滑り落ちるカッター。
自分の額辺りに掲げていたそれの刃先が、少年自身の方に襲い掛かる。
「『ドゥーベ』、時を止めろ!」
男の子が叫ぶ。
『ドゥーベ』って名前の人、この場にいないだろ、と大多数が思ったが、その声に反応してゲールが立ち上がった。
「まかせとけ!」
ゲールの左手が少年を指すと、倒れゆく少年の身体と、浮遊するカッターの動きが止まる。
「サンキュ」
男の子が手を上げると、ゲールも笑顔で応える。
彼はカッターを掴むと、ジャックを見て次の指示を出す。
「『メグレズ』、悪いがちょっと下がってくれ」
「お、おう……」
これまた『メグレズ』って誰? と大多数が思ったが、今度は彼らの向かいにいたジャックがその指示に従う。
事情を知らない人々は、ただただ黙って事の行方を視線で追うのみ。
「『イレギュラー・ドゥーレ』、受け止めに入れ」
「あいよ」
初めての声に、知らない一同がまた入り口の方を見ると、今度は長身の少年がいた。
小さな少年の後ろにその子が回る。
「おーけー?」
「いいよ」
小声で交わした後、男の子はまたゲールの方を見る。
「『ドゥーベ』、魔法解除を頼む」
「ええよ。――いくよ、せーのっ!」
ゲールが指を鳴らすと、小さな少年の身体はあっという間に長身の少年の腕の中に収まり。
「はい、大成功。『ドゥーベ』、『メグレズ』、協力ありがとう」
カッターを仕舞いながら男の子が言うと、謎の二人は協力して小さな少年を長身の少年の背中に乗せた。
「お騒がせしました。どうぞ今日のことは水にお流しください。ただ彼の危ない裏人格が暴走しかけただけなんで。ここの人達にもうまく言っておきます。では」
男の子は深く礼をする。
そのままもう一人の後ろについて部屋を出ようとしたが、最後に振り返って言った。
「――あまり暴れないでくださいね?」



その後のその場の空気は、お世辞にもいいとは言い難いものだった。
ミルトリーの一行はさっさと部屋を後にし、ジャックらとルビーの三人は小声で話しながら料理を早く食べ、ブランシュはレベッカに食事の間、何も話しかけられずにいた。

レベッカを本気で狙う少年と、その保護者役の二人。
一部の人にのみ通じる不思議な『名前』。
二つの謎を残して、四日目の夜は更けていった。



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