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                   ◆
四日目 午前七時半

「おはよう、優子、阜」
「おはよ」
「相変わらず早いな」
「真樹、お前もな」
ホテルのレストラン前のスペース。
昨日も今日も、来る順番は変わってはいなかった。
「もう四日目だな」
「あっという間だねえ」
真樹は優子の横の椅子に腰掛ける。
阜は本に視線を戻し、会話に加わろうとはしない。
「そういや、聞いたか?」
「何を?」
「ルビーの連中が来てるって話」
「もちろん。元気本人が言ってた。まだ皆には言ってないのか」
「そうみたいだ。無駄な緊張を避けたいんじゃないか」
「それもそうだね。日本ではドンパチしたくないからね……」

この日は、集合時間十分前に全員が集まった。
食事中にもその後にも、裏関係の話が出ることはなかった。

朝食から一時間後、ロビーに外行きの準備を整えた十人が集まる。
今日は一日、グループではなく個人行動だ。
本当はこの日もグループ行動を予定していたが、子供側からの希望で、お昼と午後三時の二回、博にメールで場所と安全の確認のための連絡を入れることを条件に、各自お金と時間が許す限り自由に動きまわることになった。
「じゃ、連絡を忘れずに。六時に銀座の○×レストラン前に集合で」
「はーい」

散り散りになる九人を見送ってから、博は一人、地下鉄に乗り込む。
お酒を飲みに行くのだ。
食事の時に、子供に囲まれた中でお酒を頼むのは気が引けたので、今まで三日間禁酒していたのである。
そのため、実は子供達の提案を一番喜んでいたのはこの人だった。

                    ◆
正午 浅草

その人は、土産物をいくつか買った後で、お昼を食べる場所を探していた。
英語の紙のガイドブックを片手に、目的の店を探して向かう。
既に行列が出来ているそこに着いて、店の外に並べられているサンプルを眺めていると、二人の男の会話が耳に入ってきた。
「俺、もう疲れたわ。ここで食べてから移動しようよ」
「あー、確かにそろそろいい時間だね。――お、ちょうどいいところに食べ物屋が」
日本語ではない言語で交わされる会話とその声に、その人は口角を上げる。
――ビッグチャンス。
二人はその人の後ろに来る。列の最後尾あたりだ。
「でも結構並んでるぞ」
「それぐらいおいしいかったり、有名だったりする店かもよ」
「確かに。じゃあここでいい」
「おう」
そっと後ろを向いて、二人がきちんと列に入ったことを確認する。
そして、次の客が来ないうちにサッと二人の後ろに並んだ。
胸元のスカーフを解き、現れた古傷にそっと触れる。
メガネと帽子も身体から外し、スカーフと共にカバンにしまう。
――準備万端。
右側にいる背が高い方の肩を叩く。
振り向いた男の表情の急激な変化を見届けて、その人は男に抱きついた。



「いやー、まじでびっくりしたわ。こんなところで会うとは」
「たまたまよ。会えたらええな、って思ってただけで」
「でもすごいよ。こんな人混みの中で見つけるなんて」
その人――ファビウスは、そのまま合流したカバレロ、カトゥーナと一緒にその店に入った。
「てかどこほっつき歩いてたのさ」
「中国や韓国あたりをぶらぶらとね」
「日本に来るつもりは」
「あった。北海道あたりでも行こうかなって思ってたけど、お前らが連絡してきたから早めに日本に入って、一日だけ向こうにいて、後はずっと東京をうろうろしてたよ」
ファビウスは運ばれてきた天ぷらそばを手際よく食べる。
もう長いこと日本どころかアジア圏にいるせいか、箸の使い方が二人よりも上手かった。
「しかしあれだね、ちょっとやばいね」
「あれ、色々と気付いちゃってる?」
「気付いてなきゃ危ないだろ、どう考えても」
ミルトリーもジャックの一行も例の情報屋おばさんも見たぞ、と言うと、二人は「うわ……」と箸を止めて顔を歪ませた。
「レベッカも来てんのかよ」
「知らなかったのか? 弟子連れて来てるぞ」
「それは……また」
三人は今までに知っている情報をお互いに交換し合った。

食べ終わり、午後は一緒に行動することにすると決めたところで、カトゥーナが「そういえば」と携帯電話を開く。
「どした?」
「夕飯の店、予約してただろ? ファビウスがそこまでついてくるなら変更の電話入れようかなって」
「え、いいの?」
「いいよ、せっかくだし。結構お高いビーフシチューの店なんだけど」
「行く行く!」
と、嬉しそうに反応してみせる裏で、ファビウスは二人には言っていない懸念を思い浮かべる。
――さて、本当にトラブったら、どうやって対処しようかね。

                   ◆

午後三時 中野

実はアニメや漫画が好きな元気は、午前中に秋葉原に行き、昼食を食べてからは池袋の某大手二次元関連ショップの本店に立ち寄り、それから掘り出し物を求めて中野に流れ着いていた。
その手の店が集まるビルに入る前に、一休みしようとパン屋を兼ねた喫茶店に入っていた。
コーヒーを飲まない彼は、紅茶とソーセージを挟んだパンを頼み、博に連絡をしてから、これまでに手に入れた戦利品を確認する。
好きな漫画の単行本の新刊、クレーンゲームで手に入れたアニメ化原作のゲームソフト、ガチャガチャで引き当てたアニメグッズ二つ(うち一つは明へのプレゼント)、洋一に頼まれた人気アニメのサントラCD。
頼まれ物は、行き先を本人達に言った時に、その場でお金を渡されて引き受けたものだ。
「自分達で行けば?」と言ったが、二人は二人とも好きなアニメの聖地が東京から近いので、どうしてもそっちを優先したいと言った。

パンを食べている途中で、彼に声を掛けてくる人物がいた。
「すいません、相席、よろしいですか?」
周りを見てみる。時間帯が時間帯なのか、店内はとても混んでいた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
コーヒーだけを注文したらしいかの人は、席に着いてすぐに一口飲むと、元気に視線を合わせた。
「……どうか、なさいましたか?」
彼はすぐに、相手の纏うただならぬ雰囲気に気付く。
目の色が変わる。
「おや、その感じでは俺のことを知っているみたいだね」
「いいえ、知りませんよ。『その業界』の人だと直感的に思っただけです。あなたこそ、僕をご存知で?」
「なあんだ。――ああ、知ってるよ、情報屋だからね。流石、小さい頃から『その業界』でチームを引っ張ってきた人間だ」
相手はコーヒーを飲む。元気も残り少ないパンを食べ切る。
「で、その情報屋が何の用です? それ以前に名前を伺っていませんが」
「おっと、そうだったな」
情報屋は少し前かがみになる。元気も同じ姿勢を取る。
「俺はジャック・ベノラ。訳あって男四人で暮らしてる」
ポケットに手を突っ込み、一枚の写真を元気に見せた。
その写真を見て、元気は「あ、」と声を出した。
「こいつがサファイア、こいつがトレモロ、そんでこの人が――」
指で一人ずつ指し示していき、ジャックを除いた最後の一人を指した時、あえてその先を言わずに待つ。
「メリアーノ・フォンデュン・ミルトリー。あなた方のところにいたんですね」
「まあ、色々あってね。そんで、用なんだけど」
「なんでしょう」

「実は、ミルトリーと手を組みたいと思ってるんです」


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