18



「お前、今日は一人?」
「うん、自由行動しようって」
二人は、駅から遠い喫茶店に入った。お互いの仲間に見つかりにくくするためだ。
「さっきカバレロに会った」
「ええっ、どこで?」
「新宿。喫茶店にいたけど、たまたま店の外歩いてたから捕まえて一時間ぐらい話した」
「バレなかったのか? てか一日に二回喫茶店に入るとか」
「分かんない。俺は偽名使ったけど。――喫茶店のことは仕方ないよ。お前に逢うとは思ってなかったし」
注文していた品が運ばれてくる。ジャックはブラックコーヒー、カトゥーナはダージリンだ。
「でも、俺がここに来るってよく分かったな、情報屋」
「たまたまよ。俺のところも自由行動で、なんとなくこの駅で降りただけで。お前ら三人が東京にいることは掴んでたけど」
「……は? 俺、カバレロと二人で来たけど?」
スティックシュガーの封を開けようとした手が止まる。
それを聞いて、ジャックは小さく息をついて笑った。携帯電話を開く。
「――やっぱ知らなかったかあ」
「何を?」
ジャックはカトゥーナに顔を近づける。
「ファビウス、来てるよ」
「……マジで?」
「お台場で会った。傷隠すためにスカーフしてた。聞き覚えのある声でね、探ってみたらすぐ足がついた」
「うーん、そうか……」
透明な茶色の液体の中で、白い砂糖がその姿を変えていく。
「行方くらましたかと思ったら、結局行き着くところは一緒かよ」
「どういうこと?」
「いや、ファビウスにも『一緒に行こう』って声掛けたんだけどさ、『一人旅だから放っておいてくれ』って言われてから連絡つかなくなってね」
「ああ、なるほどね……先輩らしいっちゃあ、先輩らしいけど」
優雅な手つきでコーヒーカップを口に運ぶ。
カップが元の位置に収まるのを見て、カトゥーナは話を切り出した。
「――それで? こんな見つかりにくい場所で直接話したいって言うなら、何か大きいことでもあるんじゃないかって思ったんだけど」
「そりゃあ、あるよ。お前だけに話しておきたいことが。――てか包帯には突っ込まないんだ」
「いや、それも気になるよ? でも俺だけに話したいことがあるなら、そっち優先じゃないか?」
「そうだね……」
ジャックはまたコーヒーを一口飲む。カトゥーナも紅茶に手をつける。
しばらくの沈黙。

ジャックが両手をテーブルの上に置いて言った言葉は、カトゥーナの予想を大きく超えていた。
「俺とお前とでさ、密約を結ぼうと思ってね」

「……密約?」
「そ。お前を信用しての、情報交換密約。つまり俺のスパイ」
「スパイって、一体何のためだ」
「カバレロのためだ。お前やファビウスが知ってるかどうかは知らないけど、あの人、学生の頃に俺に言ったことがあってね。『たとえ不思議な力を持っていたとしても、それを正義以外の目的では絶対に使いたくない』って。今の状況は明らかに違う。戦いのために魔法を使ってしまっている。もちろん、そんなこと言っていた頃の記憶がないから、そうなってしまったんだろうと思う。――俺がルビーファミリーと契約を切った本当の理由は、カバレロが、俺達が、もっと深いところまで堕ちて、本当の自分を失くしたままで衝突してしまうのが怖かったからなんだよ」
「ジャック……」
彼の言葉は止まらない。
「俺はどれだけ時間がかかっても、カバレロを救いたいんだ。本当のカバレロに戻してやりたいんだ。もしかしたら、影響されて裏社会に踏み込んだ俺達自身も救いたいのかもしれない。だから敢えて、カバレロから一歩身を引くことにした。お前がいることが分かってたから。――俺はこれ以上、無用な争いはしたくないし、万が一何か起こってしまったとしても、俺達四人の命だけは守りたい。それが自分のエゴだということも分かってる。だからさ、」
「協力してくれ、って?」
「そういうことだ。俺は記憶を取り戻す方法を探る。お前はカバレロに今まで以上に気を配る。その情報を交換する。それだけのことだ。引き受けるかどうかは自由だし、このことをファビウスに言うかどうかもお前に任せる。この後、皆が東京にいる間にどうなるかも分からないから、返事も急がない。――それだけだ」
ジャックはコーヒーを一気に飲み干して、時計を見る。
「時間、大丈夫か?」
「あと十分ぐらいなら。ああそうだ、この包帯の話聞いてくか?」
「……できれば」
シリアスな話の後の笑顔に、カトゥーナは少々頭がついて行けない。
それでも残り少ない時間を楽しもうと、彼への返事をすることを頭の片隅に書き込んで、今は深く考えないようにした。

                    ◆

午後7時 上野

観光パンフレットで見つけた、うまい肉を出すと評判の店の前で、カバレロは相方を待っていた。
予約を取ったので、席が埋まる心配はない。
待ち合わせ時間から遅れること十分、やっとその人が現れた。
「ごめーん、道に迷っちゃって」
「だろうと思って、予約取っておいた」
「ありがとう!」
入った店には、同じようなルートで知ったのか、外国人の客が多くいた。
個室に案内され、お酒と外国人観光客におすすめのコースを注文する。
「今日はどこ行った?」
「東京タワー登って、海鮮丼食って、新宿あたりウロウロしてた。お前は?」
「ゲームセンターを色々回ってた。お昼はうどんにしたよ。しかし、雰囲気いいね、ここ」
「観光客に人気だって聞いたんだ。こんな感じなら、味も期待できそうだな」

評判通り、その店で出された肉はそこそこ舌が肥えている二人にとっても満足出来るものだった。
「トイレに行ってくる」とカトゥーナが席を離れたところで、カバレロは昼間会った人物について考え始めた。
――あの人ね……
――声は聞いたことがある。それは間違いない。
――でも誰だったかな?
デジカメをカバンから出す。確か一緒に写真を撮ったはずだ。
跳ねさせた茶髪、笑窪、そして写ってはいないが古傷を隠しているという包帯。
うーん、と記憶の引き出しを開け閉めしていると、カトゥーナが鼻歌を歌いながら機嫌よく戻ってきた。
「どしたん、そんなに嬉しそうな顔をして」
「いやあ、可愛い子に会ったのよ」
否定しない。酔いが回ってるらしい。
「こっちに戻ってくる途中でさ、財布落としてね。拾おうと思ったら、目の前に俺の肩ぐらいの、いやもっとちっちゃかったかな、そんな子が財布拾って俺に『Here you are.』って差し出してきててさ。可愛かった、ほんとに」
「それって、女の子か?」
「いや、男の子」
カトゥーナはお皿に載っていた肉を食べる。
「しかし何歳ぐらいなんかな? 身長の割には大人びてたし」
「そういう人たまにいるよな。こんな人みたいに」
「こんな人って?」
「何か知ってるような人に会ってさ。ほら、この写真」
カバレロは、デジタルカメラの画面をカトゥーナに見せた。
その写真を見て、カトゥーナは「ああ、やっぱりな」と心の中だけで思った。
「この右の人。確かジャッキー・ロールフェンって言ってたけど、声を聞いたことがあってね。でも俺の知り合いにそんな名前の人はいないし……」
「カバレロ」
カトゥーナがしっかりとした声で呼ぶ。
「何? 何か知ってる?」
カバレロは視線を合わせる。

「こいつ、ジャック・ベノラだぞ……」

表情が消えた。

                  *

『……ただいま』
『おかえり。あれ、どうした? 「…」なんか使って』
『また裏社会の人と会ったか?』
『そゆこと。今日会ったんは、あのスカーフの人と同じ「赤」の人』
『あの連中、まーだいるのか』
『厄介だね。情報屋ばあちゃん達は?』
『まだ気配がする』
『嫌だなあ、それは。身体大丈夫?』
『昨日から身体の底がうずく感じがして、あまり寝れてない。食欲はまだあるけど』
『あと、すごく頭痛い。薬でしのいでるけど……』
『無理しないでね……で、いつ入れ替わりそうか分かる?』
『二日以内かな……』
『今回は場所もなんとなく分かる。結構銀座駅に近い』
『銀座か。高級レストランか何かかな』
『特定の店までは分かんない』
『まあ、また意識やら記憶やら飛ばす直前には、はっきりと分かるだろうから。タイミングよくよろしくね?』
『おうよ』
『任せとき』
『じゃあ、もう寝る。今日はちょっと食べ過ぎたかも』

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