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                                ◆

午前十一時半 吉祥寺

「この街、歩いてみるだけでも色々な店があって面白い!」
「皆が住みたがるまち、って言われるのもうなずけるねえ。ちょっとお腹も空いたし、休憩しようかね」
まるでおばさんと甥っ子のような、レベッカとブランシュ。
通りかかった街角のおしゃれなカフェに入ろうと、二人は黒板にチョークで書かれたメニューを眺める。

そしてその二人を、こっそりと尾行している二人組がいた。
「あの店に入るかな?」
「入ってくれ、頼むから」
この時間から疲労の色を隠せない状況に陥っていたのは、カバレロとカトゥーナ。
駅で今は会いたくない人物を、しかも子供付きで見つけてしまい、面倒なことになる前に行先を把握して自分達の安全を確保しようとしたのだ。
「あ、入った」
「あー、よかった。これで不用意な接触は避けられそうかな」
「出来ればいいけど。とりあえず、俺達も早めに駅の近くで食べてこの街を脱出だな」
「カバレロ、同じこと考えてた。そうしよう」
そそくさとその場を去る男二人。
――どうなってるんだ、この夏のトーキョーは。ミルトリーといい、ジャック一行といい、この二人といい。
しかし、その様子は既に情報屋おばちゃんとその連れにはバレバレだった。

「ねえ、さっき誰か付いてきてたよね」
「あら、気付いてたかい?」
「もちろん。やっぱり関係者?」
「『黒』の二人のようね。バレないとでも思っているのかしら」
「いえ、それぐらいは覚悟しているかと」

                              ◆

午後三時 新宿

駅構内のデパートの喫茶店で、ジャックは一人でブラックコーヒーを飲んでいた。
彼は可愛い外見に反して、コーヒーには何も入れないのが好みであった。
ジャック一行は、この日は自由行動だった。トレモロは一人で行動するのが心配だったので、サファイアと一緒である。
店内は主に女性客で混んでいたが、その中に彼はすっかり溶け込んでいた。彼女達も、時々彼の方を見る。
その視線を感じながらも、彼は携帯電話でメール処理を淡々と行っていた。

コーヒーカップも空になり、そろそろ行こうかと思った時、視界に思わぬ人の影が入った。
――まさか。
急いでクレジットカードで会計を済ませ、人影の後を追う。
――あの人は、俺のことは声でしか知らないはずだ。
――大丈夫、何かあったらすぐに逃げればいい。
どうして急に声を掛けたくなったのかは分からない。
だが、そうしておかないと後で後悔するような、そんな気が彼の中でしていた。
やがてその人に追いつき、こっそり左手の傷を確認する。果たしてそれは、記憶通りの位置にあった。
間違いない、そう確信を持ち、ジャックは彼に声を掛けた。
「すいません」
「はい?」
相手は自分よりも十センチぐらいは身長が上だ。見下ろされる格好になるが、相手は声を掛けてきた人物の正体を認識出来ないせいか、敵意は全く感じられない。
「あの、いきなり声を掛けてしまってすいません。昔、どこかで会ったような気がしまして……」
あえて日本語で話しかける。彼自身は魔法を使い、イタリア語での発話が相手に日本語として聞こえるようにしているが、果たして通じるか。
「ええと、お名前は?」
相手は日本語で返してきた。違和感はない。同じ魔法でも使っているのだろうか。
「ジャッキーです。ジャッキー・ロールフェンです。○○高校で生徒会長をしていた、カバレロさんですよね」
日本語で続ける。生徒会長をやっていた記憶もないことは、ジャックももちろん知っている。でも周りからの話で、本人も知っているかもしれない。ジャッキーは彼がよく使う偽名である。
「ええ、そうです。確かに生徒会長でした。ということは、君もその高校の卒業生で?」
また日本語である。相手も同種の魔法を使っている可能性はやはり高い。そしてカバレロは間違いなくカトゥーナかファビウスのどちらかから、過去の彼について聞いている。そして目の前の人物がジャック・ベノラということに気付いた様子はない。
「そうです。やはりそうなんですね。まさかこんなところで会うなんて、まったく思ってもいませんでしたけど」
「それはこちらもです。こんな故郷から遠く離れた国で、自分と同じ学校の生徒で、しかも俺を知っているという人と出会う確率なんて、それほど高くはないでしょう」
それから二人は、デパート内をうろうろしながら言葉を交わした。話題は学生時代のことだけではなく、東京滞在中に二人が行った場所の話にもなった。

一時間ほどぶらぶらしたところで、ジャックはカバレロと別れることにした。
これ以上一緒にいて、万が一双方の連れが鉢合わせた時、お互いに不愉快な気持ちになることが見えていたからである。
「すいません。俺はそろそろ次の場所へ移動しなければならないので、お話はこの辺にしておきましょうか」
「お、それは仕方ないですね。でも、ここで会ったのも何かの縁でしょうし、一枚写真撮って行きませんか?」
「いいですね」
それぞれ持参したカメラで、他の人の邪魔にならない場所で写真を撮る。

その様子をあの不審な男が見ていたことに、二人はまったく気付かなかった。

                   ◆

同刻 原宿

博・真樹・渉・明の四人は、それぞれビニール袋を一つか二つぶら下げて、手頃な休憩場所を探していた。
各自服を買い回った後、明治神宮にも立ち寄ったので、皆それなりに疲れていた。
「何か、甘いものが食べたい気分やわ」
「疲れたしね……いいデザート出してくれる店でも調べてみようか」
博が携帯電話を出して検索を掛ける。
他の三人もそれを覗き込んでいると、美味しそうなパンケーキの画像が出てきた。
「うわあ、うまそう!」
「お腹が空いて来るね。でもこの量はきつくないか?」
渉が目をキラキラとさせている横で、真樹が右手を顎に当てる。
「分けたらええやろ。飲むもんは皆一つずつ、パンケーキは一つか二つ注文して。他のお客さんの見たら大体分かるんじゃね?」
「それもそうだな。じゃあ、どこに入ろうか」
「ちょうどあそこに一つ見えてる」
博が指さした先には、画面上の店のうちの一つの看板が掲げられていた。
「それでいいんじゃね? 俺早く座りたい」
渉は四人の中でも一番買い物をしていた。服もそうだが、アクセサリーもいくらか買っていて、そのうちの一つはもう既にその首に掛かっていた。
「俺もとりあえず食えたらええわ。行こ行こ」
明らかに観光客という雰囲気を醸し出している男四人、女性達の多い店内に堂々と入っていった。

                     ◆

午後四時半 高田馬場

事前に調べた情報で、「日本のゲームセンターが面白い」と知っていたカトゥーナは、人気の場所をピックアップして、回れそうな範囲で転々としていた。
主に音楽系のゲームやレース系のゲームといった、一人でも出来るものを楽しみつつ、そういえばジャックもゲームが好きだったことを思い出して、一緒に回れればもっと面白いのになあ、とほんの少しの感傷がよぎる。
――もう無理なんだろうけど。
春にあったいざこざで、情報屋と取引先という関係は崩れ去っていた。ルビーファミリーはレベッカを中心としつつも、他の何人かの情報屋と関係を結ぶことによって、また似たような事態が起こった場合に備えていた。
だが、カトゥーナ個人は、『組織としては敵同士であっても、個人単位でも敵であるとは限らない』というジャックの言葉を信じていた。
それから数カ月。自分から連絡をする勇気はなく、また向こうからも一切の接触がなかった。
――友達になるのも一瞬、信用を失うのも一瞬。

山手線を降りて、数分歩いたところにある目的地を目指す。
まだまだ日は高い。大きいところなので、遊んでいる人も結構いるだろう。
その道中で、彼ははたとこの国に来た時のことを思い出した。

夕食をとろうと、カバレロと入った回転寿司屋。そこで見かけた四人。

――まだこの街にいるかもしれない!
一縷の望みが生まれる。しかし、それはあくまでも一縷だった。
二日前に見かけたとしても、もしかしたらもう日本にはいないかもしれない。もし居たとしても、この人の大勢いる中で、ばったり会う確率は一体いくらだろうか。電話をして、出てくれる可能性も百ではない。
――会いたくない訳ではないし、積極的に会いたいとも思わない。
しかし、なるべく早く、どこかの地点で直接会って、腹を割って話さないと、本当に手の届かないところに行ってしまうかもしれないという焦りもあった。
――どうするか。
一か八か、電話を掛けてみるか、メールをしてみるか。
駐車場の柵にもたれかかり、携帯電話を開く。ゲームセンターの前は通り過ぎていた。
電話帳を開こうとボタンを押した、その瞬間。
手の中のそれが震えた。画面には「非通知」の文字。カバレロがそのような形でかけてくることはまずない。
――まさか。
周りを見渡した。その人の気配はない。
――出てみないと、分からないよな。
電話を取るためのボタンを押し、恐る恐る右耳に機械を持っていく。
「……もしもし?」
返事がない。
「もしもし?」
もう一度問いかけてみる。
「……左を向け」
ややあって、声が帰ってきた。
「何て?」
「だーかーらー、左を向けって!」
まるでスローモーションのようにその声に従うと、

包帯を片腕に巻いた、一人の男がいた。

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