9

彼らは、喧嘩の腕には自信があった。
ジャックがよく喧嘩をするので、時々それに関わっているうちに、だんだんと強くなっていたのだ。

「まあ、確かにそうですけど……」
ジャックが遠慮気味に言う。
その理由は、先程も述べた通りだ。
――俺が喧嘩さえしていなければ。

「何だ、ジャック。怖いのか?」
「まさか。喧嘩には慣れてますから」
「じゃあ、行こう」
「カバレロ、ちょっと待った」
歩き始めたカバレロを、ファビウスが止めた。
「どうした、ファビちゃん。これぐらいのこと、とっとと解決しようぜ」
「いや、その気持ちは分かるけどさ、どこに行くんだ?」
「ああ、それか。実はな……」
カバレロは、三人の元に戻り、彼らだけに聞こえるような声で話した。

「実は、この学校にはな、『地下校舎』っていうものがあるんだ。そこに潜伏している可能性が高い」
「地下校舎? ……何ですか、それは」
カトゥーナが聞き、他の二人も頷く。
「緊急用の避難場所だ。もしもの場合に備えて、この校舎が建てられると同時に、極秘で作られたんだ。全校生徒と先生が避難出来るように、それ相応の広さがある。しかも一定期間生活出来るように、非常食や水、毛布などが、今俺達がいる校舎の倉庫にあるものとはまた別に用意されているんだ。それだけじゃない。情報伝達用に、放送室も用意されているんだ」
「じゃあ、さっきの放送はその放送室からのもの、ってこと?」
ジャックが問う。
「だろうね」
「なら、何でそこにいる可能性が高いって言えるんだ?」
今度はファビウスが聞く。
「それはな、『地下校舎に入る方法を知っている人が限られているから』、だ。こんな形の犯行なら、見つかりにくい場所を選ぶのはテッパンだろ」
「そりゃそうだな。……ん? でも待てよ、入る方法を知っている人が限られている、っていうのはどういうことだ? しかも何でそんな場所に『バイソン』は入り込めたんだ?」
再びファビウスが聞く。
「それはな……」

「おーい、そこの四人! 何をしているんだ!!」

カバレロが説明を始めかけたところで、四人の背後から大きな声が聞こえてきた。
声のした方向を見てみると、この学校の体育教師が立っていた。
「放送が聞こえなかったのか!? 不良共が生徒会メンバーを拘束したから、生徒は校外へ避難せよという指示が、聞こえなかったのか!!」
四人が周りを見てみると、自分達と体育教師以外には誰もいなかった。
「すいません、話に夢中で聞いていませんでした」
カバレロが代表して謝った。
「話に夢中だったあ!? 話し中でも放送ぐらいちゃんと聞いとけ!」
「本当にすみません」
「分かったならいい。ほら、さっさと出て行け!」
「はいっ!」
四人が同時に返事をして、カバレロを先頭に走り出すと、体育教師は間もなく姿を消した。

それを確認したところで、彼は言った。
「このまま地下校舎の入り口に行くぞ。ファビウス、さっきの質問の答えは後だ。今はあいつらを何とかして、生徒会の連中を助けるのが最優先だ」
「はい!」

一行が辿り着いたのは、校舎の一階の奥にある音楽室だった。
カバレロはその引き戸を開けようとしたが、鍵が掛かって開かなかった。
「まあ、こんなこともあろうかと」
彼は持っていた鞄を開け、一つのポーチを取り出した。
そこからさらに、一本の鍵を手に取った。
「それは?」
ファビウスが聞いた。
「この学校のすべてのドアが開けられるスペアキーだ。事情があって借りたついでに、万が一の場合に備えてこっそり合鍵を作っておいたんだけど、本当に役に立つときが来るとはな」
言いながら鍵を鍵穴に差し、回して扉を開けた。
「入れ」
四人は音楽室に入り、カバレロは中から鍵を掛けた。
「……で、この部屋のどこに地下校舎への入り口が?」
「まあ、見とけ」
彼は右手でスペアキーを制服のポケットに突っ込むと、左手で別のポケットから小さな金色の鍵を取り出した。
そして、部屋の中のとある一点に立つと、鍵を左手に握りしめたまま、何かを唱えた。

「Tribuere aperiet, clavem」(鍵よ、開きたまえ)

すると、彼の前の床が蓋を開けるように開いた。
「!?」
見ていた三人は、その光景に唖然とする。
「お前、今、何を」
真っ先に口を開いたのはファビウスだった。
「ファビちゃん、これがさっきのお前の質問の答えだ。ここに入れるのは、魔法を使えるヤツだけ。つまり魔法使いが『バイソン』の中にいるってことだ。しかもここに入るには、専用の鍵が必要。これを持っているのは学校の上層部だけのはずだから、その中の誰かの子供が、親が持っている鍵を盗み出した可能性が高い」
「鍵、か。先輩が今使ったのもその鍵なんですか?」
ジャックが聞く。
「いや、俺が使ったのは……」

カバレロがそう言いかけたところで、下から声が聞こえてきた。
「おい、さっき変な音聞こえなかったか?」
「オレには聞こえなかったぞ。空耳じゃないか? だいたい、上のヤツは、鍵を持ってても魔法が使えないから開けられないのばかりだ」
「けどしかし……」
「大丈夫だ。ここには絶対に誰もたどり着けない」
「……そうですか」

音楽室の四人は、顔を見合わせた。
そして静かに、カバレロは言った。
「答えはまた後だ。油断している隙にとっとと片付けよう。その前に、荷物をどこでもいいから隠せ。それが出来たら、穴の周りに戦闘準備をして集合だ」
三人は無言でうなずき、彼の指示通りに、荷物を絶対に見つからないような場所に置き、各自で準備をして、開いた床の周りに集まった。
「手加減はしなくていい。思いっきり暴れろ。魔法でやられたら魔法でやりかえせ。あいつらは無防備な人間の命を危険に晒したんだ、それ相応の代償を払ってもらわないとね。あ、もちろん人質の安全が最優先だからな、それは忘れるな。じゃ、準備はいいな?」
カバレロの言葉に、三人は実に楽しそうな笑顔を見せた。
それを見て、彼も黒い笑みを浮かべる。
「なら、せーので飛び降りるぞ。せーのっ」

飛び降りたそこは、十字路の交点だった。
壁は入ってきた天井以外、一面、白に覆われている。
「誰がどこ行く?」
「自分の好きなところでいいんじゃね? ちょうど四人だし。二人もそれでいいだろ?」
「「はい」」
先輩の提案に、年下二人は同意する。
「じゃ、それぞれ好きなところに行け。終わったらここに集合だ」
一行は黙って頷き、カバレロは北、ファビウスは南、ジャックは西、そしてカトゥーナは東へと向かった。

ファビウスは、突き当たりまで行って左に曲がった。
そこに一つのドアがあった。
「誰かいないか?」
尋ねてみたが、返事は返ってこない。
ならば、と思って、取っ手を持って開けようとしたが、開かない。
しかし、諦める訳にはいかなかった。
応答がなくとも、このドアの向こうに、何らかの理由でそれが出来ない人質がいる可能性があったからだ。
「ちょっと失礼」
彼は扉の前で四角形を描いた。
すると、四角形の穴がドアに開いた。
そこから穴の向こうを覗いてみたが、暗くて何も見えない。
闇を照らす魔法を知らなかった彼は、罠である可能性も頭に入れて、そこに直接足を踏み入れた。

足が地面についた。罠ではなかったらしい。
足は極力動かさずにドアの周辺を手で探ってみると、突起物に触れた。
電気のスイッチかもしれない、と思ってそれを押した。

次の瞬間、地面が消えた。

              *

気づくと、落ちた先にまた廊下が伸びていた。
彼は、廊下に並ぶ扉を片っ端から開けていっていた。
しかし、どの部屋も開くものの、そのほとんどが空っぽだった。
何か物があったとしても、備蓄品と思われる食料や水、毛布ばかりだった。
このルートははずれか、と思いながら突き当たりのドアを開けると、そこには壁一面に飲料水が並べられ、部屋の中央には大きめの正方形の箱が置かれていた。
電気は点いていた。

彼は箱を叩いた。
すると、箱が動き、彼から見て左側に倒れた。
「もしかして、誰か入ってたりする?」
まさか、と思い、箱に声を掛けると、今度はトン、トンと、何かを軽く箱にぶつける音がした。
――誰か入ってるな。
確信を持ったファビウスは、ポケットからナイフを取り出して、一番上の面をそれで切り取った。
開いた面から中を覗き込むと、一人の女の子が、手と足に手錠を掛けられ、口にガムテープを貼られた状態で横たわっていた。
生徒会の副会長だった。
「大丈夫か!?」
声を掛けたファビウスに、彼女は頷いて応えた。
「良かった。でも、悪いけどもうちょっと待ってね」
彼は箱の二箇所の角をナイフで縦に切った。
箱の上ともう一面が開いた状態になり、彼は横から彼女を抱いて箱の外に出してやり、彼女の体を縛り付けていたものを全て外した。
「ありがとうございます。えっと、確か、ファビウスさん、でしたよね?」
「え? あ、ああ、そうだ」
ほぼ初対面と言ってもいいぐらいの女の子に突然名前を呼ばれて、シャイな彼は一瞬動揺する。
しかし、すぐに気持ちを落ち着けて、彼女に事情を聞いた。

彼女によると、新生徒会のメンバーは朝早く学校に来て、ホールでダンスパーティーの準備をしていたという。
すると突然、明らかに不良と思われる格好の男が、何人も彼女らの元に現れ、気付いたらここに閉じ込められていたのだ、と。
「なるほどね。じゃあ、他の生徒会の人がどこにいるかは、全く分からないんだ」
「うん」
「そっかあ……。あ、それで、その場にいたのは何人?」
「確か、六人だったと思う。でも、生徒会って全部で十五人いるから、他の人達も……」
彼女は泣き出した。他のメンバーが心配なのだろう。
そんな彼女に、ファビウスは優しく声を掛けた。
「大丈夫。俺達がきっと全員助け出してみせるから」

それから、二人は出入り口に移動し、そこから彼女を地上の音楽室に出した。
音楽室には、たまたま別の役員二人を救出したカバレロがいた。
「あ、お前も見つけたか」
「うん。これであと十二人か」
「そうだ。俺はこの部屋に俺らと役員しか入れない結界を張ってから行くから、お前は先に――」
カバレロがそう言いかけたところで、下から爆発音のような音が聞こえてきた。
「……かち合わせたみたいだな」
彼が険しい表情で言う。
「ファビちゃん、戦闘に回れ。ジャックとカトゥーナが行った方向のどちらかから行けるはずだ。俺は残りの人質の解放を急ぐ」
「分かった」
ファビウスは再び地下迷宮に足を踏み入れ、二人の元へ急いだ。


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