10

そこは正に『戦場』だった。
カトゥーナが向かった方向から行ったが、入り口は二つとも粉々になっていた。
ファビウスは隙を見て部屋に突入しようとした。

が、その一歩手前でナイフが彼の首の左側を思いっきり掠めた。

「!?」
彼は思わずその場にうずくまる。
左手でそこを触ってみると、紅い鮮血が手を覆った。
――まさか、頸動脈を、
そう思った途端、血の気が引いていく。
――俺、ここで死ぬのか……?

「ファビウス先輩!」

意識が沈む寸前に、誰かが彼の名前を呼んだ。
足音が彼の方向へ向かってくる。
彼はその人影を何とか捉えた。
「ジャック!」
「先輩、動かないでください」
ジャックはファビウスの傷口に左手を当て、なにやら呪文を唱えた。
すると、傷口からの出血が止まった。
「お前、回復魔法使えるのか?」
「こんな程度のものだけですよ。血を戻したり、怪我を完全に治すことは出来ません」
「そうか。まあ、助かったからいいや、で、出血した場所は大丈夫? もし頸動脈だったら……」
「それは大丈夫です。頸動脈は深いところにありますし、もしそこ切ってたら俺が気づく前に死んでますよ」
ジャックは立ち上がった。
「と言う訳で、俺は戦闘に戻ります。先輩はそこで待っていてください」
「え、俺も行くよ」
ファビウスも立とうとしたが、その前にジャックが手で制した。
「先輩、無理しないでください。この魔法は本当に止血しかしてませんから。次、そこやられたら本当に天に召されますよ」
「……分かったよ。ここで大人しく待ってるから」
彼がそこにとどまる意思を見せると、ジャックは部屋へと駆けていった。
「お願いします。――カトゥーナ、結界解除!」
「了解!」
一時中断されていたらしい喧嘩が再開され、再び部屋が騒がしくなった。

                     *

――それからのことは、正直に言ってあまり覚えていない。
――しかも途中で気を失ったらしく、気付いた時には、保健室のベッドの上だった。

あの後、人質を全員見つけて救出したカバレロが年下二人と合流し、見事に「バイソン」を撃破した。
音楽室に戻ると、爆発に気付いた教師陣が入り口で待っていた。
結界によって入れずにいたのだ。

保健室で怪我の手当てを受けながら、教師の質問にカバレロが淡々と答えた。
いつの間にか眠り込んでいたファビウスと、「めっちゃ疲れた」と言うジャックはベッドに横になり、カトゥーナはカバレロの隣で、余計なことを言わないよう黙っていた。

人質に取られていた新生徒会のメンバーに、怪我はなかった。
この事件の首謀者である「バイソン」のメンバーの内、実際に事件を実行した人は退学、間接的に事件に関わった人は半年の停学処分となった。

そして、カバレロ・ファビウス・ジャック・カトゥーナの四人は、校内で暴力行為を働いたものの、結果的に人質の命を助けたとして無罪放免となった。
四人は順調に回復し、ダンスパーティーも無事に開催された。

その帰りに、ファビウスはカトゥーナとばったり会った。
すると、カトゥーナはいきなり謝罪の言葉を口にした。
「すみません!」
「……え? な、何で謝るの?」
「謝らなければいけないことがあったから謝っているんです!」
「だから何に謝ってるんだ!?」
ファビウスには、カトゥーナに何か悪いことをされた覚えはなかった。
ジャックと違って、よく問題を起こすタイプでもなかったので、余計に混乱した。
「だから、あれですよ。その……首の怪我……」
「ああ、これ?」
彼は、痛々しくガーゼが貼られている怪我をした場所に触れた。
そして、ふとカトゥーナの行動の原因に気付いた。
「――って、まさかお前が」
「だから謝りに来たんです。敵に当てようと思ったのに、うまくかわされてしまって。それで……」
「その先にいた俺に当たった、と」
「そうなんです。本当にごめんなさい」
カトゥーナは俯き、ファビウスから視線を外した。
それを見て、ファビウスはカトゥーナの両肩に手を乗せた。
「謝らなくていいよ」
「え?」
カトゥーナは頭を上げた。
「事故だったんだろ? ならそれで片付けてしまえばいい。お前に非はないさ」
「けど、」
「いいんだよ。だって、生きてるんだから」
「……そうですね」
二人は笑った。
そこには、穏やかな時間が流れていた。

それから2年後、『あの事件』が発生。
二人が再会した時、彼らはもう既に裏社会の住人となっていた。

                               *

ファビウスは、今も残るその傷跡に触れた。
――まさか、一生残るようなものになるなんてな。
――まあ、あいつに悪気はなかったんだ。

――そう、信じたいけど……

「――ちゃん! おい! ファビちゃん!」
「うおっ!?」
電話口から聞こえてきた大音量に、ファビウスは我に返った。
「そんなに驚かなくても」
「ごめん、ちょっと考え事してて。で、涙は止まったか」
「とうの昔に。てか、お前こそ何考えてた」
「内緒だ」
「ええー。つまんないな」
カバレロはまるで子供のように答える。
「つまんなくて結構」
「じゃあ、当ててあげようか?」
「……どうしてそうなる」
「うーん、熱のせい?」
「はあー……」
ファビウスはカバレロの言動にため息をつく。
「しょうがない。一度だけチャンスをやる。言ってみろ」

そして、カバレロは楽しそうに、ファビウスの一番聞きたくなかった答えを返した。

「首の古傷のこと?」

「……」
ファビウスは黙ってしまった。
「あ、もしかして図星?」
「……」
「おーい、ファビちゃん。どうした?」
カバレロの反応に、ファビウスは静かな声で言った。

「その話を二度と出すな。それと俺はもう寝る。まだ用があるなら後で掛け直せ。じゃあな」
「あ、おい!」

制止を無視して、ファビウスは電話を切った。
そのまま目を閉じる、
心臓が、異常なほどにその鼓動を速めていた。

――分かってた、つもりだった。
――分かってるフリして、本当は目を背けていただけだった。
――禁断の四角関係という、現実から。

――この古傷の詳細を、あいつに知られてはいけない。
――もしばれたら、あいつだけじゃなくて、皆を傷つけるかもしれないから。

――ああ、俺は、
――いや、俺も、


「……『おとな』という名の皮をかぶった、子供(ガキ)だな」


[ 59/73 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -