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                    ◆


イタリア時間 午後七時 レベッカの家

「ばあちゃん、本当に良かったの? あの人逃がして」
「いいのよ。最初から逃がそうと思っていたから。長いことここで縛り付けて、相手側が手を出してきたら困るでしょう?」
「なるほど。勉強になるなあ」
「そうやって、一つずつ身に着けて、立派な人になるのよ」
「分かってるって」

レベッカとブランシュは、レベッカの手作り料理を囲んで夕食を摂っていた。
傍から見れば微笑ましい光景だが、その会話の内容は穏やかではない。

「それで、ばあちゃん、これからどうするつもり?」
「しばらくは様子を見るわ」
「……え? 動かないの?」
ブランシュは、予想外の返答に少し戸惑う。
「ええ、そうよ。動かないで様子を見るのも一つの方法。それに、」
レベッカは、向かい合って座っているブランシュに、その顔を近づける。
彼もそれに応えた。

「……役者は揃ったけど、舞台はまだ整っていないの。昨日色々あったけど、それはまだ、劇でいうなら練習が始まった段階。でも練習が始まったから、役者達は練習を重ねていく、つまり小競り合いをしていく。練習をすればするほど、演技が上達するように、小競り合いが増えれば増えるほど、お互いの緊張も高まっていく。そしてお客さんに見せられるほどに上達した頃に、緊張がピークに達した時に、舞台の幕は上がるの。分かるかな?」
「うん。じゃあ、俺達は役者のサポート役、ってこと?」
「そういうこと。役者だけじゃ舞台は作れない。だから、私達のように役者や他の関係者に指示を出すスタッフや監督がいるの。彼らと役者、そして観客がうまく噛み合った時、素晴らしい舞台になるのよ。もちろん、ここでいう『舞台』は、華やかな舞台じゃなくて、白と黒と紅が交じり合った『舞台』。それを演出するのが、私達の役目よ」
「……分かりました」
ブランシュは、真剣な眼差しでレベッカを見た。


                     ◆


日本時間 午後十一時半 井上家

皆が寝静まった後、ユーミン―優子は、書斎で図鑑のような本を開いていた。
本の隣には白い紙があり、優子は本のページをめくりながら、その白い紙にボールペンで何かを書いていっていた。
「うーん、まだ分からない奴も多いな」
彼女は独り言を言った。

それと同時に、部屋の扉がノックされた。
「……どうぞ」
彼女は、本と紙とボールペンをさっと隠した。
「ごめん、こんな時間に」
入ってきたのはロタール―洋一だった。
「いいのいいの。で、何の用だ? 大体予想はつくが」
「多分、その予想通りの話だ」
彼は優子の隣に座った。
「あの時――属性魔法を調べようとした時に、お前、俺に何か魔法が使えるようになる魔法を掛けたよな。あれは結局何だったんだ?」

ミルトリーファミリーの会議を覚えているだろうか。
属性魔法についての話の後に乱闘が起き、それを姉弟が鎮めたのだ。
その後、『ブラッディ・ローズ』の面子が、ボスの前で組織にすべての属性が揃っていることを示したが、何か違和感はなかっただろうか。
そう、魔力を封じる呪いを掛けられているはずの彼が、属性魔法の球を出していたのだ。
実は、会議の前に、彼女が彼にとある魔法を掛け、魔法が使えるようにしていた。
しかし、その場には他の『ブラロー』のメンバーもおり、皆の前ではその魔法の詳細を教えることが出来ないと彼女は言っていたのだ。

「ああ、あれか。――実はあれ、魔法じゃないんだ」
優子は真剣な眼差しで洋一を見た。
「え? だとしたら……――まさか」
彼は少し考えて、ハッとして彼女を見た。
「そうだ。あれは魔法じゃない、呪いだ。毒をもって毒を制す、って言葉あるだろ? それと一緒だ」
「つまり、呪いを呪って相殺した、と」
「そういうこと。まあ、他に方法がなかったからね」
彼女は、近くに置いてあったカップの中の紅茶を飲んだ。
「話はそれだけか?」
彼女は聞いた。
しかし、彼は首を横に振った。
「……もう一つ、気になることがある」
「何だ?」

「さっきのミックスの話、本当か?」

「……聞いてたか」
彼女はため息をついた。
「……ごめん」
「いや、謝らなくてもいい。お前はこっそり聞いているだろうと思ったから」
「気付いてた?」
「バレバレ」
「ははっ」
彼は笑うが、すぐに真面目な顔に戻る。
「で、どうなんだ」
「……本当だ。弟に話したこと、それはすべて本当だ」
「じゃあ、白髪に赤目の姿は……って、おい!」
洋一が言っている途中で、優子が彼の肩に左手を回し、右手の人差し指を自らの唇に当てた。
「ちょっと声がでかい。他の奴にバレちゃ困るんだ」
「ごめん。で、あの姿は」
「見せてやろうか?」
「いいのか!?」
彼は小声で驚きの声をあげた。
「いいんだよ、相手がお前だから。それに、」

彼女は、立ち上がって電気を消した。
そして、自分だけでなく、洋一にも魔法を掛けた。
霧がかかり、お互いの姿が見えなくなる。
「え、ちょっと……」
「大丈夫、変なものじゃないから」
戸惑う彼に、彼女は優しく声を掛けた。

やがて霧が晴れると、彼の前に美しい人間が現れた。
白い髪に赤い目、そして窓から差し込む月の光に照らされた、真っ白な肌。
「……綺麗だ」
彼は、思ったままのことを口にした。
「そうだろ。これが俺の本来の姿だ」
優子は、男のような低い声で言った。
女性であるはずの優子が。
その変化に、洋一はすかさず突っ込んだ。
「あれ? 声、低くないか?」
しかし、優子は薄く笑うだけで、言葉を続けた。
「それよりもさ、お前にも魔法をかけたけど、何か感覚的に変わったことはないか?」
「感覚的に……そう言われれば、何だか体が軽くなった気がする」
「やっぱりそうか。なら、自分の手を見てみな」
洋一は、彼女の言う通り、自分の両手を見た。
そして、思わず声をあげた。

「え、嘘、真っ白……」

それもそのはず、彼の手も、優子と同じように白に染まっていた。
「驚くのはまだ早いよ」
優子はそう言って、どこからか手鏡を取り出し、彼に渡した。
「顔も見てごらん」
「――!!??」
その鏡には、目の前の優子とまったく同じ、白い髪と赤い目が映った。
「優子、これって、」
洋一の問いかけに、優子は彼の右耳に顔を近づけた。

「――――――――――――――――――――――――」

洋一にとって、それは初めて耳にする言葉だった。
しかし、不思議と言っていることは理解出来た。
「――分かったか?」
「うん」
「じゃあ、戻すぞ」
「――うん」

再び二人に霧がかかり、その姿は本来のものに戻った。
優子が電気をつけた。

「あー、何かスッキリしたよ。肩の荷が下りた、っていうか」
洋一は、緊張が解け、リラックスした表情で言う。
「それは良かった。――お、もうすぐ日付が変わるな。僕は寝る。お前もそろそろ寝たらどうだ?」
「そうするよ」
彼は立ち上がり、部屋のドアに手をかけた。
だが、ドアを開ける前に優子の方を振り返った。
「あ、思ったんだけどさ」
「何だ?」
「何で、さっき電気消したん?」
「ああー、それはな、」
彼女は彼に近づいた。

「アルビノ、って知ってるか?」
「うん。さっきの俺達のようなものだろ?」
「そう。そのアルビノはさ、光に弱いんだ。だから電気を消して、淡い月の光だけにしたんだ」
「……なるほど」
「それにさ、」
「ん?」

優子は、先程と同じように、彼の耳に顔を近づけた。

「これで分かっただろ? 僕達がアルビノでない姿で生きている理由。アルビノの姿のままじゃ苦労するから、今の姿になるように魔法をかけたんだよ、」

「僕達の親が」


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