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イタリア時間 午後四時半 カバレロの家

「ふあ〜。あー、眠い。ちょっと寝るか」
カバレロの家の一階で、本棚から適当に本を選んで読んでいたカトゥーナは、大きくあくびをして本を置き、座っていたソファに寝転がった。
そのまま目を閉じようとした、その瞬間に、プライベート用の携帯電話の着信音が鳴った。
私用らしい。
「タイミング悪っ……」
――無視しようか。
そう思って電話の主を確認すると、「ジャック・ベノラ」とある。
――やっぱり出るか。
彼は寝転がったまま、その電話に出た。
「もしもし? どうした?」
「お前、今暇か?」
「電話に出れる程度には暇だけど」
「じゃあ、お前にどうしても聞きたいことがある」
「何?」
カトゥーナが問い掛けた。

直後、今度は仕事用の携帯電話が鳴った。
その相手を見て、彼は驚いた。
――珍しいこともあるな。
――しかも一気に目が覚めた。

「ごめん、仕事用のケータイ鳴ってるから、後で掛け直してもいい?」
「いいよ。俺は急がないから」
ジャックとの通話を一旦中断し、カトゥーナは起き上がってやや興奮気味に仕事用の電話に出た。
「もしもし?」
「お久しぶり、カトゥーナ」
「ファビウス先輩! 珍しいですね、そちらから掛けてくるなんて」
「まあな。でも残念ながら、お前への用ではない」
「ですよね……」
カトゥーナは一気に気分が下降する。
「そんなに落ち込むなって。また時間が出来れば相手してやるから」
「ありがとうございます! ――それで、誰への用です? 八割方カバレロ先輩だと思いますが」
ファビウスの言葉に気分は持ち直したが、すぐに声を真剣なものにする。
「もちろんだ。昨日から電話しても出ないんだけど、何かあったのかな、って。お前なら何か知ってるかなと思ったんだけど」
「あー、先輩、実はですね……」

カトゥーナは、昨日あったことをすべて話した。

「そんなことが……。それは大変だったな」
「本当に大変でした。自分もまだ、完全に治りきってませんから」
「そう言われれば、確かに若干鼻声だね」
「あれ、分かります?」
「そりゃ、分かるよ。ずっと聞いていた声だから」
「!?」
カトゥーナは少しビクッとした。
しかしその様子が電話の向こうのファビウスに届いているはずもなく、彼は言葉を続ける。
「まあ、そっちの事情は分かった。それで、カバレロは今どうしてる? さっきも反応がなかったけど」
「あー、これまた実はですね、高熱で寝込んでいまして……」
「えっ、もしかして、激務で体調崩したとか」
「だと思います」
「そうか……。ホント、あいつは昔から、体強いのか弱いのかよく分からないな。――まあ、事情は分かった。それで悪いんだけど、あいつが起きたら、元気になってからでいいから俺に連絡寄越せ、って言っておいてくれないかな」
「分かりました」
「じゃあ切るね。俺、これから仕事だから」
「はい。頑張ってください」
「ありがと」

相手方から通話が途切れた。
「あー……」
彼はソファに背中を預け、部屋の天井を見上げた。

――俺は、どうして、
――どうしてあの時の想いを未だに引きずっている?
――ただの親友に戻ろうと約束したのに。

――……忘れられない理由は分かっているけど。

しばらく、彼はぼーっとしていた。
すると不意に、プライベート用の携帯電話が鳴った。
――いけない、すっかり忘れてた。
掛けた主が表示されるディスプレイを見ずに、すぐに電話に出た。
「もしもし? ごめん、忘れとった」
「忘れるなよ!」
「いや、本当にごめん。それで、聞きたいことって?」
「えっと、それが、あの時の四人、特に俺とカバレロの過去の傷をえぐるようなものなんだけど……」
「……いいよ」
ジャックが声のトーンを一気に落として話す。
その発言の内容に、カトゥーナは一つの事柄を思い浮かべた。
――まさか、ね。

「カバレロの背中の傷って、残ってる?」

――予感的中。

「単刀直入に言う。いいか?」
「……じゃないと、こんなこと聞いていない」
「だよな」

「――残ってるよ。直接は見てないけど、記憶をなくした後に、傷の理由聞いてきたから」

「……そう。やっぱりそうなんだ」
ジャックは納得したようだった。
「残念ながらな。ていうか、何で今更そんなことを?」
カトゥーナは、ふと出てきた疑問をぶつける。
――もしかしたら、昨日の騒動で色々思うところがあったのかもしれない。

「……夢を見たんだ」
「夢?」
「ああ。その事件の時の夢を。それを見て、ちょっと、ね」
「――それ、奇遇だね」
「え?」
言ってから、カトゥーナはしまった、と思った。
けれど、ここで発言を取り消すことは不可能だ。
「実はさ、今日聞いてきたんだ。傷の理由」
「……今日? 何で?」
「分からない。何かで思い出したんじゃないかな」

――こいつには、カバレロが高熱でぶっ倒れて、その熱に浮かされて聞いてきたのかもしれない、ということは伏せておくか。
――余計な心労になるだろうし。

「……そう。まあ、色々あったからな。ほとんど俺のせいだけど」
「それなりの責任は感じてるのか」
「当たり前だ」

ちょうどその時、カバレロの家の扉が開く音が聞こえた。
それとほぼ同時に、明るい少女の声が響く。
「ただいまー! って、誰もいないけどね」

その声は、電話口の向こうにも届いていたらしい。
「……ん? 誰か帰ってきたのか?」
「お前のトラウマガールだ」
「……もうはっきり、ラベンダー、って言ってくれていいよ。あの時の彼女に、全く罪はないから。――てかお前、今どこに?」
ジャックの口調がガラッと変わった。
「さあ、どこだろう」
「絶対カバレロの家だろ。娘が帰ってきたんだから」
「そうかもしれないな」
「じゃあそこで何してる」
「まあ、色々」
「色々じゃないだろ。そっちのボスが倒れたから看病してるってはっきり言えよ」
言葉の応酬は止まらない。
「あれ、情報が早いね。で、何でそこまで聞いてくるの? もしかして――」

「……それ以上踏み込まない方がいいと思うよ」
ジャックは、急に極端に低い声になって言った。

「……分かった。こっちも彼女の相手しないといけないから切るわ」

カトゥーナは電話を自分から切った。

――危なかった。
――このことを話さないのは、暗黙の了解だったのに。

暗い思考に浸っていると、廊下から鼻歌が聞こえてきた。
それはだんだんと彼のいる部屋に近づいてくる。

そして、部屋のドアを開けた少女と目が合った。

「今日は何のお菓子を食べようかなー……って、カトゥーナさん!?」
「お邪魔してるよ、ラベンダー」
「ど、どうしてここに!?」
ラベンダー、と呼ばれた目も髪も紫色をした少女は、思わぬ人物の存在に慌てふためく。
「……君のお父さんが体調崩して倒れた。それで看病しに来た。今は自室で寝てる」
「え、お父さんが……」
「ちょっと、大変なことがあってね。疲れてしまったのかもしれない」
「そうですか。そういえば、昨日帰ってきてから少ししんどそうにしていたような……」
ラベンダーは一気に気分が落ち込む。
「それで、えっと、カトゥーナさんはしばらくここに?」
「君が望むならね。一人じゃ寂しいだろ? なんならメシも作ってやろうか?」
「いいんですか!?」
彼女の表情がぱあっと明るくなる。
「いいのいいの。カバレロが治るまでは、俺が君のパパだ」
「ありがとう! でもその前に、本当のお父さんの様子見てくる」
「え、でも今は……」
部屋を出て行こうとする彼女を、カトゥーナは止めようとする。
が、ここは彼女の言葉が一枚上だった。
「大丈夫、私、体結構強いから。それに、たった一人の、大切な家族だから」

「たとえ、血が繋がっていなくても」


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