30

「さて、と」
ゲールはゆっくりと立ち上がると、会議室を一通り見渡した。
「後は怪我人を片付けるだけだな」
そして今度は、ボスに向かって言う。
「ボス、指示を」
「……分かりました」
ボス・マリノは携帯電話でどこかに連絡を取ると、怪我人達に言う。
「いくつか連絡します。その一、思わぬトラブルが発生したため、今日の会議はここで終了します。医療班がこちらに向かって来ているので、怪我をされた方は彼らに手当てをしてもらってください。その二、地下にある空き部屋を練習場として開放します。部下の皆にもこの魔法を伝え、練習して良い武器にしてください。その三、これは私が言うべきことではないと思いますが、先程の乱闘の中で個人間のトラブルが露呈したようです。ファミリーの平和のため、早急に解決してください」
そこまで言うと、ゲールの携帯に電話がかかってきた。
会議室の外にいるリッキーからだった。
「もしもし」
『何故か医療班の連中がいるんだが』
「入れろ。お前らも全員入ってこい」
『分かった』
部屋の扉が開き、怪我を治療する魔法を使う医療班が入ってきた。
後ろからリッキーらも入ってきて、ゲール達の元に集まった。
「すげーことになってるな。何があったんだ?」
ローリーが聞く。
「属性魔法について説明していたら、診断用の球を投げた奴がいてそのまま乱闘になった。僕とゲールでそれを止めて部屋を修復した。後の怪我人は医療班にお任せ。以上」
ユーミンが簡潔に説明した。
「部屋を修復したってことは、ゲールの……」
「僕の時属性の魔法だよ。結構うまくいったかな」
サムの言いかけた言葉を、ゲールが自分で言う。
「僕から見ても上等だったと思うよ。さすが僕の弟だ」
「褒めなくてもいいってば」
笑いが彼らからこぼれる。
そんな彼らに、マリノとイールが声をかけた。
「これはこれは、『ブラロー』の皆さん」
「あ、ボスにイール」
ユーミンが言う。
「あなた達双子のお陰で助かりましたよ。見事な連携プレイ、そしてゲールがまさかの時属性……。もしかして、前から知っていたのか?」
マリノがゲールに問う。
「いや、つい数時間前だけど」
「えっ!?」
マリノとイールが顔を見合わせる。
「日本時間の午前中に属性魔法の話になってね、皆で調べたんですよ。そしたらこの結果です」
「そんな短時間で、よくこれほどの技を使えるな。練習とかしたのか?」
「ああ、それは……」
「勝手に借りてすまなかったな」
ゲールが言いかけたところで、ユーミンがマリノの前に進み出て、彼の手に何かを渡した。
「これは?」
「さっき言ってた、地下の空き部屋の鍵だ。事務班に無理言って貸してもらった。おかげで先程の騒ぎをこのような形で収めることが出来た。でもまあ、勝手に使ったことは詫びる」
「いいんだよ、そんなことしなくても。あれ程魔法の練習に適した場所は無かったからね。
ところで、『ブラロー』の皆さんの属性は?」
「それがですね、凄いことになっているんですよ」
ゲールが自慢げに言う。
「凄いこと?」
「ええ。皆、例の球を出して」
彼の指示通りに、メンバー全員が属性を調べるための球を出した。
「姉ちゃんが炎、リッキーが水、ローリーが土、サムが森、キャシーも森、ノエルが水、ロタールが闇、ベルフが光、そして僕が時。何が言いたいか、もう分かりますよね」
「全属性揃っている、だと……!?」
マリノが驚きの声を上げる。
「そう。しかも、これで全属性が揃って初めて発動出来る魔法界最強と言われる技も使えますからね。属性だけで見れば『最強チーム』ですよ」
「……属性だけ見れば、な。でもまあ、お前達なら十分に、本当の魔法界最強になれる実力を持っている。後は経験だ。魔法は実践で使えなければ意味が無い。その辺は十分に理解しておいて欲しい」
マリノは『ブラロー』に、ボスとしての言葉を掛けた。
「その言葉、しかと受け取りました。えーと……」
グゥー……
ゲールがマリノに敬意を表し、メンバーの方を向いたその時、誰かのお腹が鳴った。
時刻は日本時間で午後七時前、そろそろ晩御飯の時間だ。
「よし、晩飯にしよう。マリノ、食堂に九人分の持ち帰り用の晩飯を作るよう言っといてくれ。じゃ、帰るぞ」
「はーい」
皆が返事をすると、一行は会議室を後にしようと歩き始めた。
「ゲール、それぐらい自分でやれ」
呆れて言ったマリノの言葉は、すっかり食事モードになっている彼には届かなかった。
――まあ、たまにはいいか。
――あいつはよく頑張ってくれているしな。
「それでは、私も研究に戻りますね」
「ああ」
イールもマリノの傍から離れていく。
先程の乱闘で怪我を負った人も、手当てを終えて部屋を出ていく。
――しかし、さっきは酷かったし、凄いものも見れたな。
――私も、光の属性魔法を練習しますか。
――ボスとして、若い衆には負けていられませんし。
そこまで考えて、彼はふと思い出す。
――ん? 属性魔法が分かるあの呪文を解読できる奴、研究会にいたか?
――……まさか。
彼の脳裏に、一人の人物の顔が思い浮かんだ。
部屋の出入り口を見ると、ちょうどその人物が部屋を出ようとしていた。
――ちょっと話、聞いておくか。
そして人物の名を呼んだ。
「ユーミン!!」
彼女はこちらに気づいたようで、仲間に何かを言ってからマリノの方に戻ってきた。

「何の用です? 大体想像はつきますけどね」
他の人に聞かれないような声で、彼女は言った。
「その想像通りのことを聞くよ。あの呪文を解読したの……お前だろ」
「そうですよ。誰から聞いたんです? もしかしてイールから?」
彼女はあっさりと答えた。
「いや、私の勘だよ」
――勘じゃないけどな。
マリノは心の中で呟くが、それを顔には出さなかった。
しかし、ユーミンはすべてを見通していた。
「……マリノさん、今、嘘をつきましたよね」
「何故、そう言えるんです?」
いつの間にか、会議室からは二人以外の人影が消えていた。
ユーミンはそれを確認してから、挑発的な視線をマリノに浴びせながら言った。

「知ってますよ、あなた、『アレ』が感じ取れる人ですよね? だから僕の『アレ』も分かったんでしょう?」

「……ビンゴ。よく分かったな」
マリノは微かな笑みを浮かべて言う。
「そりゃそうでしょう、僕もあなたと同類ですから、マリノさん、いや、リノマ・ク……」
「それ以上言うな」
余計なことを言いそうになったユーミンの言葉を、マリノは強く制止する。
「おっと、失礼。周りに人が居ないもので、つい。……まあ、僕があなたのことをここまで知ってますからね。あなたも僕の正体、それなりに分かってますよね?」
「もちろんですよ、ユーミ・ク……」
「おっとそこまで。……けれどやはり、分かっていましたか」
――まあ、こいつに隠し事は無理だな。
彼女は心の中で笑ったが、表には出さなかった。

「それより、いつまで仲間に隠し通すつもりです?」
マリノは話題を変える。
「バレるまでさ。嘘や秘密は、必ずいつかはすべて明らかになる。それが明日か、一週間後か、それとも一年、十年先かは分からない。けれど暴かれる日は間違いなく来る。だから、約束してください」
「何を?」

マリノがそう問いかけた時、ユーミンは霧のようなものに包まれた。
「互いの正体を、その時まで隠し通すことを。そして、本来の僕の姿を知らなかったことにしておくことを」

霧が晴れたそこにいたのは、短い白髪で赤目の『少年』だった。
けれどその右手の親指の付け根から手首にかけては、謎の傷が刻まれていた。

「ならばお前も、私と約束して欲しい」
『彼』を見たマリノは、自らも霧に包んだ。
「私の正体を隠し、本来の私の姿を知らなかったことにしておくことを」

霧の中から現れたのは、碧眼に長く伸ばした藍色の髪をしたいつものマリノではなく、銀色の目に短く切り揃えた水色の髪をした青年だった。

「そしてもう一つ、今この瞬間を、無かったことにしておくことを」
「……分かりましたよ」

青年が付け足した言葉に、『少年』は素直に頷いた。

そして『少年』は、その姿を霧に包み、『少女』に戻った。

「それでは、空腹なので帰ります。彼らには、ちょっとした世間話をしていたと伝えておきます。では」
『少女』、ユーミンは、『青年』に背を向けて歩き出し、会議室を去った。

一人残された『青年』は、『少女』と同様に現実、ミルトリーファミリーのボス・マリノに戻る。
そして空間に一人、呟いた。

「世の中の八割は嘘で出来ているって、本当だな」

――しかし妙だ。
――あの『少年』、前にどこかで見たような……。


                              ◆


ユーミンは、再び自らの異空間の机の前に立っていた。
そして一冊の本を手に取る。

『禁書』

その本をパラパラと捲り、あるページで止める。
それから何かを確認すると、本を元の位置に戻した。

「“20XX年4月17日 ミルトリーファミリー本部にて会議。しかし属性魔法による乱闘発生、それを『時の守り神』と『禁忌の女』が鎮める”。本当はこの後に“『禁忌の女』、『仮面の親方』と正体を明かし合う”と書いてあったけど、ちゃんと消えてるな。さすが、魔力が宿った本だよ」

彼女は空間を出て、仲間の待つ家に戻った。


[ 33/73 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -