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ある二人の男が、電話で話していた。

『サフィー、お前、ロタールとベルフをルビーに連れて来い、って言われてるんだろ?』
「ああ。けど、あいつらの過去を見ている俺からみたら、二人をこっちの世界に戻したくないんだ。でも引き受けてしまったしなあ……」
『そうなんだ』
「それで? そっちから連絡してくるってことは、何か俺に関係する情報でも入ったんだろ?」
『まあ、そうだね。どうしても今伝えたほうがいい情報が入ってね』
相手は声のトーンを落とした。
『そのロタールとベルフ、ミルトリーに入るそうだ』
「え……」
『動くなら今だ。連絡つけて説得してルビーに入れるか、それともどちらにも入らないように言うか、はたまたこのまま放っておいてお前がルビーを裏切るか。お前、前からルビーを出たいって言ってただろう? もしそうするなら、このチャンスを生かすべきだ』
「そう、か……だったら、こうする。恐らく、二人は自ら入りたいと望んでそう決めたんだ。俺はその意思を尊重したい。そして、俺はこれを裏切りの理由の一つとして、ルビーを出て行く。でもこれ、出た後の行く当てがないんだよね」
『それは心配しなくていいよ』
「え? 何で?」
『俺のところに来ればいい』
「……いいのか?」
『いいんだよ。俺がお前を守りたいって思ってるんだから』
「守りたいって……。でも、その言葉に甘えるしかなさそうだ。悪いけど、よろしく」
『こちらこそ』
「それで、お前はどこに?」
『ヴェネツィアだ。来たくなったらいつでも連絡してこい』
「そうするよ」


                                ◆


二日後。
ルビーファミリーのイタリアにある本部で、会議が開かれていた。
普通は幹部クラス以上の人間のみが出席するが、今回は中堅クラス『だった』サファイアも出席していた。
何故『だった』なのかというと、日本の拠点となる人物に、ボスから直々に指名されたからだ。
つまり最年少で幹部クラスに昇進したのである。
今回の会議の場で、そのことが報告されることになっていた。

開会の挨拶の後、進行係が手元の進行表を見ながら言う。
「……それでは、最初に、先日新たに幹部に昇進した者の紹介を行います。どうぞ」
係はサファイアに視線で合図をした。
彼は立って、周りを一旦見渡して言った。
「先日、日本対策部隊の部隊長に就任しました、サファイアと申します。日本には、我々の敵であるミルトリーファミリーの特殊部隊『ブラッディ・ローズ』のメンバーが暮らしています。私は彼らと同年齢であり、同じ学校に通っています。彼らの情報を提供することを中心に活動していきたいと思っていますので、よろしくお願いします」
深く一礼すると、歓迎の拍手があがった。
彼は、ボスを一瞥してから座った。

「ありがとうございます。次に、今回の会議の目的です。リーダー、どうぞ」
リーダー、と呼ばれたルビーファミリーのボスが口を開く。
「今回の会議の目的は、最近力をつけている我がライバル・ミルトリーファミリー、特に特殊暗殺部隊『ブラッディ・ローズ』の対策を練ることです。『壷の国』は彼らによって破壊され、先程紹介のあったサファイア君の前に日本対策部隊・部隊長であったゴーストを倒したのも彼らです。また、彼の子供二人は、『ブラロー』側についた模様です。それだけでなく、属性魔法も本格的に使用され始めています。これ以上、彼らによる我々の被害を増やしてはいけないと思い、この会議を開いた次第です」
「ふむ、確かにあの子供達は確実に力をつけてきているし、あちらのボス・マリノからも一目置かれている。ゴーストの子供二人はミルトリー系なので、そちらについても仕方ない。だが、これ以上メンバーが増えると、ミルトリーファミリーそのものはともかく、『ブラロー』単独、『ブラロー』のメンバー単独でも今以上に脅威となり得る」
出席者の一人が言う。
「その通りです。だから、相手がこれ以上の戦力増強を図る前に、こちらも何らかの対策を練る必要があるのです。魔法や武器などの攻撃方法・防御方法の改良はもちろんですが、我々には決定的に不足しているものがあります」
「決定的に不足しているもの? そんなものあるのか?」
ボスの言葉に、出席者は皆不信感を示す。

「ありますよ」
そう言ったのは、昇進したばかりのサファイアだった。
「お、サファイア君、分かるか。言ってごらん」
「単独で脅威になり得る人材、ですよね?」
「……大正解です」
おおー、若いのによく分かったな、といった称賛が出席者からあがる。
「静かに。……我々は、部隊という集団で戦う力は大いに持っています。しかしそれはミルトリーファミリーも同様です。現に、我々とミルトリーの部隊数は同じであり、人数も大差はありません。ところが、今一対一で戦える人材は、こちらの方が圧倒的に少ない。ここにいる人から選ぶとすれば、ルチフェル、カトゥーナ、メロナ、今日は任務で欠席ですがアメジスト、そして私。将来的にはもっと増えるかもしれませんが、現時点ではこれだけです。ところがミルトリーはどうでしょう。『ブラロー』の代表メンバー五人――ゲール、ユーミン、リッキー、ローリー、サムは、魔法が今よりも盛んだった過去からやってきた人材です。まだ十四歳ですが、それぞれ単独で戦う力を十二分に備えています。属性魔法が加われば、さらに強くなるでしょう。その他にも、ボスであるマリノ、それ以下の十の部隊長のうち、五人は単独でも十分戦えます」
「つまり、一対一が通用する人間が、こちらには五名しかいないのに対し、ミルトリーには十一人はいる、と」
「圧倒的だな……」
皆が気難しい顔になる。
「でも、ミックスとか家系とかの関係で、特別に魔力が強い人っているじゃないですか。それらは考えないのですか?」
サファイア程ではないがまだ若い幹部が、重い空気を振り払うように言う。
「ああ、それがあったか。ならばもう一回、それらの条件を持つ者を二人と考えて計算してみよう。まず我々は、ルビー家本家である私と、クォーターが一人、ええっと、誰だったかな」
「僕です、メロナですよ。しっかり覚えといてくださいよ、リーダー」
先程の若い幹部が、呆れた顔で言う。
「おっと、そうでしたね。ということは五人+二人で七人力か。次にミルトリー。ゲールとユーミンは本家だな。……ん? ミルトリーにミックスっていたかな? 誰か知らないか?」
ボスは問いかけるが、誰も分からないようで、良い答えは返ってこない。
その中で、ボスの隣の席に座っていた人が彼に提案する。
「ジャックに聞いたらどうです? 彼なら分かるでしょう」
「……そうだな」
ジャック――ジャック・ベノラは、ルビーファミリーがよく利用している情報屋のことだ。
ロタールとベルフの詳細な情報を提供したのも彼だ。
ボスは、携帯電話で彼に電話を掛けた。
彼はすぐに出た。
『もしもし、ジャックです。カバレロ様、今日はどのようなご用件で?』
カバレロとは、ボスの名前である。
「ああ、ちょっと大至急の仕事を頼みたい。今すぐに答えが欲しいんだが、構わないか?」
『内容によります。どんな内容ですか?』
「ミルトリーファミリーに何人『ミックス』がいるか調べて欲しい。出来るか?」
『……ミルトリーファミリーのミックス、ですか。この間のロタールやベルフのような人ですよね。分かりました。三百で受けましょう』
もちろん、三百ユーロである。
日本円では三万円ぐらいだ。
「ありがとう。どれぐらいかかる?」
『最短で十分ぐらいです』
「分かった。一旦切るから、分かり次第連絡してくれ」
『かしこまりました』

「……早くて十分程かかるそうです。先に他の議題に入りましょう」
「はい」
ボスは進行係に指示を出し、他の議題を先に話しあった。

それからちょうど十分後。
カバレロの携帯が鳴った。
相手はジャックだ。
「早いな。さすがだ」
彼は電話に出た。
「もしもし。分かったか?」
『はい。ミルトリーファミリーにいるミックスの人数は、四人です』
「四人!? そんなにもいるのか。名前は分かるか?」
『それは……お答え出来ません』
「何故だ?」

『その中に、私を助けてくれた人がいるのです』

その答えに、穏やかだったカバレロの態度が一変する。
「助けたあ? それは理由にならねーな。ああ、もしかして、感謝している人の情報は口にしたくないとか……」

すると、ジャックも態度を変えた。
そして、カバレロに痛い一撃を与える。

『壷の国から脱出するのを手伝ってくれた、という意味の助けてくれた、なんですけどねえ、ルビーファミリーのリーダー?』
「!?」
ジャックの攻撃は止まらない。
『俺は被害者なんですよ。もし、あの時「あの人」達が助けてくれなかったら、今、あなた達に情報提供できていませんよ。それに、俺をナメちゃ困るんですよ。あなた達とミルトリーファミリーが対立しているのも知っていますし、さっきも言ったように、壷の国の黒幕があなた達ということももちろん知っています。いやー、壷の国では本当にひどい目に遭いましたよ。感情に動かされる情報屋なんて失格だと思いますけど、一般人を巻き込む連中は嫌いなんです。だから、』

『あなた達に情報提供するのは、これで最後にします。ああ、三百ユーロは払ってくださいね?』

「……おい、勝手にペラペラしゃべりやがって。……壷の国の件は謝る。二度とあんなことはしない」
カバレロは、出来るだけ感情を抑えた声で言う。
しかし、ジャックはそれを笑い飛ばした。
『あっははははは!! 出来ないでしょう、だって今年度中にミルトリーファミリーを襲うんでしょう? 間違いなく一般人を巻き込みますよ。それじゃ、じゃあね、って言いたいけれど、最後にサービス。ルビーファミリーにとって衝撃の情報をタダであげるよ。ロタールとベルフ、欲しいんでしょう?』
「もちろんだ。何かいい情報が入ったのか?」

『残念、そうじゃないんだ。あいつら、』
『ミルトリーファミリーに正式に加入したよ』
「!?」
『バイバイ』

ブツッ。

「……っ」
「リーダー、どうなさいました?」
隣の男が心配そうに声を掛ける。
「……ジャックからの情報だが、ミックスが向こうに四人も居やがった。しかもそれだけじゃねえ、一方的に今後の情報提供を断られた」
「「「ええーっ!!」」
出席者から驚きの声が上がる。
「ミックスがミルトリー側に四人いて、しかもミルトリー家本家が二人。十一+六で……十七!? こっちより十人も多いではないか!」
「しかもジャックが情報提供を断るなんて……何があったんですか、リーダー?」
「あいつが『壷の国』に巻き込まれていたらしい。それに、ミルトリー襲撃計画まで知っていやがる。それらに嫌気が差した、とのことだ」
カバレロは、怒りを押し殺した声で言った。

とある人物を思い出し、その人物のここ最近の行動を思い出すまでは。
彼はいきなり立ち上がり、その人物に向けて怒鳴った。

「それと、サファイア! お前は何をしているんだ!」
「「!?」」
予想外のボスの行動に、皆は一気に静かになる。
しかし、名を呼ばれた本人は――笑っていた。

「俺、何か悪い事しましたか?」
そこにいたのは、会議が始まった直後に、真面目に昇進の挨拶をした青年ではなく、ルビーファミリーの弱点を見事に言い当てた青年ではなく、

悪巧みを考えている策士だった。

「とぼけるな! ゴーストの件は見逃してやったが、ミックスを取り逃がしたとはどういう事だ! 知らなかった、とか言うなよ? 貴重な戦力になるはずだったのに……! もしわざとなら、立派な裏切り行為だぞ!!」
「ああ、それか」
「「……?」」
サファイアは理解できたようだが、事情を知らない出席者は理解できていない。
「あー、事情を説明する」
カバレロは、これまでに何があったかを簡潔に説明した。

「……ということがあった。皆、どう思う」
「そりゃ、サファイア君の方が悪いでしょうな」
「そうだそうだ」
出席者は、皆サファイアを非難した。
「と、言う訳で。サファイア君、言いたいことがあるなら今のうちに言え」

「分かりました。説明しますよ」
その表情には、余裕があった。

――さあ、作戦決行だ。


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