29

「待たせたな」
「ああ、ユーミン、ちょうど良かった。さっきゲールから連絡があったんだが、先に新規加入者の紹介をしたいって言うんでね」
現実に戻ったユーミンに、連絡を受けたリッキーが報告する。
「そうか。……えっと、二人のミドルネームは『テリア』だ。キャシー・テリア・ミルトリーとノエル・テリア・ミルトリーな」
「はい」
彼女は調べたことを二人に伝えると、今度はロタールとベルフの方に向き直った。
「分かっていると思うが、ミックスへの偏見が完全になくなった訳ではない。奇異の目を向けられるかもしれないが、その辺は覚悟しとけ」
名を呼ばれた二人は、真剣な面持ちで頷いた。
「よし、じゃあ行こう」
その声と共に、リッキーとローリーが会議室の扉を開いた。


                            ◆


「……分かった、なら準備が出来次第頼む」
通話を終えたゲールは、携帯電話をポケットにしまいながら、小声でボス・マリノに話しかける。
「ちょっと、時間が欲しいそうです」
「何故だ?」
「さっき、ミドルネームが分からない人達がいましたよね? ユーミンがそれを調べに行っているそうです」
「ああ、それか。……ん? でもどうやって調べるんだ? 今のところ、親から教えてもらう以外に知る方法はないと聞いているが」
「それについては黙って欲しい、とのことです。まあ、直に来るでしょう」
「はあ……」
マリノが納得のいかない溜息をつくと同時に、会議室の扉が開かれた。
人々の目が一斉にそこに移る。
「準備が、出来たようですね」

ユーミンが深く一礼し、その後ろの四人もそれに倣う。
そして会議室の中央に進み、立ち止まった。
「これより、新規加入者の紹介を行います。私から見て右側より、キャシー・テリア・ミルトリー、ノエル・テリア・ミルトリー」
二人が同時に礼をする。
「それと、左の二人は……ミックスです」
「!?」
今日何度目か分からないどよめきが起こる。
「ミックスが、まだこの時代にいたのか」「これはいい戦力になるぞ」
その中に、ミックスを批判するような言葉は無かった。
「思っていたより、歓迎されているようだな」
ユーミンはミックスの二人にそっと耳打ちすると、部屋中に響き渡る大声で言った。
「静粛に!」
また静かになる。
「紹介する。ロタール・クランドとベルフ・クランだ」
先程と同じように、二人揃って礼をする。
すると、大きな拍手が沸き上がった。
「以上で新規加入者の紹介を終わります。なお、彼らは『ブラッディ・ローズ』に配属されます」
彼女は周りを一通り見渡すと、四人に部屋から出るよう促す。
「僕は残るから、君達は出てくれ」
「何で?」
彼女の一番近くにいたキャシーが聞く。
「ちょっとこの後、出番があるかもしれないからね」
「分かった」
彼らは部屋から出て行き、ユーミンは部屋の奥の方に移動した。
それらを確認すると、マリノが次の議題に移るべく口を開いた。
「それでは、本日のメイン・テーマであるルビーファミリーの襲撃に備えた対策に移りたいと思います。まず概要の説明を、『ブラッディ・ローズ』代表・ゲール・フォンデュン・ミルトリーさん、お願いします」
「はい」
名前を呼ばれたゲールは、資料を手に持って立ち上がった。
視線が彼に集中する。
――さあ、僕の出番だ。

「報告します。我々、『ブラッディ・ローズ』は、昨日、任務でルビーファミリーの者と接触しました。襲撃に関する情報は、彼からのものです。彼によると、ルビーファミリーは年内に世界中にあるミルトリーファミリーの拠点を一斉に攻撃する、という計画を立てているとのことです。その対策として、『属性魔法』を使用することを提案します。ルビーファミリーは我々ミルトリーファミリーより属性魔法の研究が進み、実際に使用している者も多いようです。属性魔法は非常に強力です。それに対して、今の我々の戦い方である魔力を込めた武器による攻撃には限界があり、このままでは彼らに太刀打ち出来ません。我々もこの魔法を修得する必要があると感じ、この提案をした所存です」
ゲールが言い終えて席につくと、彼はマリノに視線で合図を送る。
「……はい、今、彼が話してくれた内容が、今回の緊急対策会議の主な目的です。ですが、『属性魔法』という言葉を初めて耳にした方も多いと思います。そこで、『属性魔法研究会』の会長であるイールさんに、属性魔法について説明してもらいたいと思います。では、イールさん、お願いします」
「はい」
部屋の後方に座っていた人が立ち、属性魔法についての説明を始めた。

「……と、いうことです」
彼は魔法の基本的な説明と、十三人目の時属性の問題について話した。
「ここまでで、何か質問はありませんか?」
問いかけると、ゲールの隣に座っている人物が手を挙げた。
イールはその人物を見て、困った顔になった。
「えっと……すいません、名前をご存知ないのですが」
「ああ、私は第五部隊隊長のボラードと申します。質問ですが、時属性の十三人目が亡くなった時、魔法界は消滅する、とおっしゃっていましたが、消滅するのはミルトリーファミリーの魔法使いだけなのでしょうか? それとも、ルビーファミリーも共に消滅するのでしょうか?」
「それは分かりません。確かに、ミルトリー家とルビー家の祖先は別の人物です。そのため、一部の例外を除いては、両ファミリーは独立した存在です。しかしここで問題が生じます。先程も言った通り、時属性は常に一人しか存在しない、とされています。けれども、その一人がミルトリー家、ルビー家に一人ずつか、両家を通じて一人かは分かりません。また、両家以外の魔法使いの家系もいくつかあり、それらを含めて一人、という可能性も捨て切れません。それらを総合して『分からない』というのです」
「……成程、さすが専門家だ」
ボラードと名乗った男は、納得した面持ちで座った。
「他にはありませんか?」
イールは部屋中を見回して、挙手がないのを確認すると、次の説明を始めた。
「次に、実践に移ります。資料の三ページを見てください」
皆が同時に資料を捲る。
「属性魔法を使うには、まず、自らの属性を知る必要があります。それが分かる呪文が、そこに書かれているものです」
「……何だこれは。読めないぞ」
そんな声があちこちから上がる。
「それもそのはず、そこにあるのは、特定の条件を満たした者だけが読める文字です。特定の条件はここでは言えませんが、それを持つ人にこれを解読してもらい、皆様でも読めるようにその発音に近いイタリア語の単語を並べました。それがその下にある文字列です。それを唱えると、属性の『色』をした球体が、右手に現れます。資料にも書いてありますが、炎は赤、水は水色、光は白、闇は黒、森は緑、土は茶色、そして時は……黄色です。皆さん、やってみてください」
彼が言い終える前に、その場にいた殆どの人が呪文を唱え始めた。
そして人々の手に、様々な球体が浮かび上がる。
「おお」「これはすごい」
「茶色……ということは、私は土属性なのか」
そうやって談笑している間に、誰かが興味本位でその球体を投げた。
そのことに気付いていないのか、イールは思い出したように一言付け加える。
「あ、それと、この呪文で浮かび上がった球体、結構威力があるので確認したら投げないで手のひらで潰してくださいね……って、もう遅いか」

気付けば、球体の投げ合いによる乱闘となっていた。
恨みがある人間でもいるのだろう、罵声も飛び交っていた。
「こらあ! お前、俺が大事に取っておいた酒を勝手に飲みやがって……!」
「そっちこそ、この前のメシの約束すっぽかしただろが!」
「君、僕が貸した二十ユーロまだ返していないよね?」
「そういうあんたも、私が貸した本を返すと言ってもう一ヶ月経つんだけど?」
それらはだんだんエスカレートし、会議室の壁に傷が付き、殴り合う者も現れた。
ところどころで煙も上がっている。
「やめてくださーい! ……って、聞こえてませんよね。どうしましょう、これ」
「わ、私もこれだけの人数を相手にする自信はないぞ……」
マリノの元に避難してきたイールも、ボスであるはずのマリノも呆然としている。

「任せてください」
その声に振り向くと、そこには余裕のある表情を浮かべた男女が二人。
「ゲールと……ユーミン?」
イールが驚いた顔で二人を見る。
「そういや、お前らは何属性だ?」
二人の属性を知らないマリノが聞く。
しかし二人は、その問いには答えず、代わりに笑顔を見せてこう言った。

「まあ、見ててください」

二人はマリノらに背を向け、お互いに一、二言交わした。
そして、ユーミンが乱闘中の集団を右手の人差し指で指しながら呪文を唱えた。

「コンポーション・エクスティンクチョン(強制消火)、マジカル・シール(魔力封印)!」
「!?」

すると、球体はすべて消え、会議室にいた二人以外の人の魔力がすべて封印された。
煙も消えている。
乱闘をしていた者は状況が飲み込めず、その場で固まっている。
その様子を見てユーミンはニッ、と笑い、ゲールの肩を叩く。
「今だ」
「あいよ」
今度はゲールが一歩前に出て、床に膝をつき、両手も床に置いて、呪文を唱える。

「リカバリー(修復)!」

部屋の床一面に巨大な時計が浮かび上がり、針が反時計回りに回転し、傷ついた壁が元に戻っていき、散らかってしまった机や椅子も元の位置に戻っていく。
それに伴って、人々は何もない場所に移動していく。

気づけば、会議室は会議が始まる前の状態に戻っていた。
負傷した人間を除いて。


マリノとイールは、興味深い目でそれらの様子を見ていた。
そして、二人は顔を合わせて言った。

「間違いない、彼が十三人目の時属性だ」


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