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 特別じゃない事も特別になれない事もわかっていた。それなのに。あの優しさが自分だけのものではないのだと、そう見せ付けられた時、何かが粉々に壊れた気がした。

 勉強会翌日の放課後、今日は朝香が来なかったな、と思いながら教室を出たのは、いつも通り下校時刻直前のことだった。教室の電気を消せば校内はもう真っ暗で、非常灯だけを頼りに歩くのが何だか寂しく感じた。少し前までは誰も居ないことにほっとしていたのに、と可笑しくなる。
 朝香と出会って楓和は変わった。独りでいることは当然の報いだと思っていたのに。本当は寂しがり屋な自分を思い出してしまった。
 今日はどうして来なかったのだろう。学校へ来ていることは分かっていた。移動教室の時に廊下で見かけたから。
 いや、見かけたというよりも、目が勝手に捜し出していた。いつも通り大勢の友達に囲まれた朝香を見つけるとすごく嬉しくて、すぐにすごく寂しくなる。あの中にいる朝香には何も届かない。分かっていても、手を伸ばしたくなる。
 そういえば今日は、校庭で走る陸上部員の中に、朝香の姿を見つけられなかった。何か用事があったのだろうか。そんな風に、朝香のことばかり考えていたから、一階の自販機前に居る朝香を見かけた時はびっくりして、とっさに声をかけられなかったのだ。
 朝香は楓和に気付かないまま外へ歩き去ってしまい、今度こそ声をかけようと慌てて追いかけた。自分から話しかけたことはないけれど、朝香ならきっと、振り向いて笑って、楓ちゃん、と呼んでくれるはずだと、何の根拠もないのに信じていた。けれど。

「…朝香っ」
 朝香を呼んだ声は、自分のものではなかった。外のベンチに腰掛けた女生徒が、散々泣いた後のように掠れた縋るような声で朝香を呼んでいる。暗くて顔はよく見えないけれど、楓和の知らない女の子だった。朝香はその子にブリックパックのジュースを手渡し、大丈夫?と頭を撫でる。
 その子にはきっととても悲しいことがあったんだろう。それで朝香は相談に乗って励ましてあげてるんだ。
 朝香は本当に優しい。そう思うのに、心の中は嫉妬でいっぱいで、そんな自分が心底汚いと思った。朝香は何も悪くない、ただ皆に優しいだけ。自分に言い聞かせても全然駄目で、酷い酷いと叫びたくなる。
 勝手に思い上がって、自分でも気付かないうちに特別だと、特別になりたいと思っていた。そんな資格、楓和にはないのに。
 ねぇ、僕だけ見てよ、僕にだけ優しくしてよ、その子には他にも友達とか大切な人とかいるんでしょう?僕には朝香しかいないのに。朝香のことがこんなに、大好きなのに。

 塚原のことで散々後悔したはずなのに、また誰かを、朝香を、必死で追いかけてしまいたくなっている。
 おんなじことばっかり繰り返して。本当どうしようもない、と自嘲した。
 勝手すぎる汚い自分が嫌で、こんな自分は嫌われて当然だと思った。これ以上朝香の側にいたら絶対に嫌われてしまうだろう。その考えが強迫観念のように襲ってきて、手の平に痛いほど爪を食い込ませながら、もう朝香に見つけてもらえない所へと走った。
 こんなに朝香のことが大好きなのに、楓和があげられる物は何もない。朝香が欲しがるような物は何も持っていない。だからせめて、朝香に甘えてこれ以上負担をかけるのはやめようと、静かに決めた。






 教室に残っていると朝香が来るかもしれなかったから、HRが終わるとすぐに校舎から出た。授業が終わった開放感にはしゃぐ人波へ紛れるのは本当に久しぶりで。緊張に身を固くして、周りはとても騒がしいのに楓和にだけ何も聞こえないような、そんな疎外感を感じながら歩いた。
 最寄り駅へ急ぐ者、コンビニへ寄り道する者、寮への道を辿る者…人波は校門を出てすぐ、散り散りになる。その様子を意味もなく目で追いながら、楓和は誰も入ってこないような細道へ進んだ。
 十五分程歩くと、寮から少し離れた所にある、閑散とした駐車場が見えてくる。今日も誰もいないことを確認すると、無理矢理作ったような細い階段を上り、ブロック塀のてっぺんへ腰掛けた。
 校舎も寮も丘の上に建っているから、見晴らしがよくて気持ちいい。深呼吸をして空を見上げる。
 真上の空はまだ青いのに、遠くの方はもう薄紅色に染まっていた。雲間から白い光が幾筋も差し込んで、けぶる山陰を照らしている。
 薄紅色が真っ赤に染まるまで、楓和はぼんやりと空に見惚れていた。
 このまま空に溶けてしまえればいいのに。あの雲に身体を横たえて、黄昏色の液体に塗れて。
 そうなった自分はきっと、今よりずっと綺麗だと思う。

 差し込む光が見えなくなった頃、ようやくカバンから教科書と筆記用具を取り出した。課題に出されている頁を開く。まずはノートへ書き写そうと教科書から手を離した瞬間、風で頁がパラパラとめくれてしまう。どうしても上手く押さえられなくて、数分間格闘した後諦めた。
 結局、取り出した物をまたカバンの中へしまっていく。その時右手が冷たくて固い物に触れた。
「…何だっけ?」
 思い出せないまま引っ張り出すと、それは数週間前にしまったきりのオカリナだった。
 今度はオカリナをくわえてみたけれど、メロディーなんてひとつも思い出せなくて、頭の中に浮かぶのはただ朝香のことばかりだ。
 約束なんてそういえばしていなかった。いつの間にか毎日一緒に帰っていただけで。楓和は勉強をしている振りして本当は朝香を待ち侘びていて、朝香は気まぐれに現れるだけ。
『楓ちゃん!』
 朝香の優しい声が聞こえたような気がして、掻き消すようにオカリナを鳴らす。
 気の抜けたようなCの音が、不意に吹いた風に乗って、空の向こうへ消えていった。


 翌朝、寮の前で朝香に会って、目を合わせないままおはようと言った。
 だって、顔を見たら飛びついてしまう。大好きだって、独り占めしたくなる。そして朝香ならそれを笑って受け入れてくれるんじゃないかって。今は楓ちゃんのものだよって、残酷な程あっさり言ってくれるんじゃないかって。
 朝香は優しいから、楓和を突き放すことなんてできない。そして彼を、苦しめてしまう。
授業を抜け出して階段に座り、ひたすらカッターを握り締める。
 この血みどろの様相で縋り付いたら、さすがに朝香も気持ち悪いと言うかもしれない。
 肌がまたぱかりと赤く口を開ける。どうしようもなく歪んだ笑みを浮かべて、ただ大好きと囁いた。







「楓ちゃんいる?!」
 担任が教室を出ていくのも待たずに中へ飛び込んできた朝香を見て、帰り支度をしていた楓和は、机に片手を突っ込んだ姿勢のまま固まった。
「ふうちゃんて誰のことだよ?新しい彼女か?」
「哲、クラス間違えてんじゃねーの?そんな名前の女子、いねーけど」
 男子たちが怪訝そうに、わらわらと朝香の周りへ集まっていく。
「女子じゃなくて楓和!このクラスだろ?」
 全く伝わらなくて焦れている朝香に、そういえばまだ名字を教えていなかったと気付く。
 筆箱が見つからないけれど仕方ない。諦めてふたが開いたままのカバンを掴み、楓和は慌てて立ち上がった。
 未だ揉めている人垣に恐る恐る近付くと、小さな声で朝香を呼ぶ。
「あ、楓ちゃん!」
 幸い朝香には聞こえたようで、楓和を見て笑ってくれたけれど。
 名前も知らないクラスメイト達が唖然としているのは一目瞭然で、いたたまれなくなって。追ってこないならそれでいいと、常に閑散としている特別教室棟の方へ足早に歩いた。

 朝香は少し距離を開けてついてくる。被服室の前で立ち止まり、思い切って自分から問いかけた。
「どう、したの?何か…用事?」
 三日前には一緒に休日を過ごしていたというのに、今はとても、朝香が遠い。
「心配だったから」
 答えが意外すぎて一瞬、言葉に詰まる。
「…なんで?」
「朝、様子変だったし。体育にも出てなかったじゃん。昨日だって、放課後教室にいなかったし、体調でも悪いのかなって部屋覗いてみても誰もいないし」
 だから教室で見つけられてよかった、と繋げた後、朝香はじっと楓和を見て、言った。
「楓ちゃん、なんか…元気ないよね」
「…そんな事、ないよ」
「何かあった?暗い顔してる」
「気のせいだよ」
「大丈夫?」
「大丈夫」
「本当に?」
「うん、平気だよ」
 騙せていないのにつく嘘に、一体どんな意味があるのだろう。
 朝香に迷惑をかけたくない。自分なんかを心配して心を痛めてほしくない。
 そんなの、上っ面の言い訳に過ぎなかった。
 だって朝香は全然安心していない。笑ってくれない。
 嘘は必ず作り笑顔と一緒に吐き出す。笑顔と呼べる代物になっているか自分では分からないけれど。
 楓和ができる限り唇の両端を引き上げると、朝香は、淋しそうに顔をしかめてしまうから。
 朝香はいつも笑っているのに。そんな顔似合わないのに。
 それでも。
 楓和は嘘をつき続ける。自分を守るためだけに。
 胸の中のたったひとつの想いが伝わらないようにと。
 嘘で鎧っていないと伝わってしまいそうで怖い。この想いを失うことが怖い。
 心が、好きだと叫んでる。耳を塞いでも響く程、朝香が大好きだと叫んでる。

「…今日も部活、だよね」
「そうだけど…」
「だったらそろそろ行った方がいいよ」
 何も納得できていない様子の朝香に、じゃあねと手を振って階段を下りた。
 朝香はもう、楓和を追いかけてはこなかった。






 階段を一階まで下りた頃、やっと筆箱が何処にあるのかを思い出した。四時間目の移動教室で、PCルームへ置いてきてしまったのだ。この時間ではもう鍵が掛かっているだろう。職員室へ取りに行かなくては。
 筆箱なんて明日まで放っておいても問題はないと思うけれど、万が一誰かに開けられたら困る。血がついたカッターの刃が入っている筆箱なんて、不審に思われて当然だ。
 職員室は二階の端にある。楓和は下り終わった階段へまた向き合って、ゆっくりと上り出した。

 PCルームは三階だから更に階段を上らなければいけない。鍵を片手に一段一段上っていく。朝香と話しているうちに下校のピークは過ぎたのか、誰とも擦れ違うことはなかった。だから、階段の踊り場を出た途端目に入った人影にとてもびっくりして、思わず非常口の影へ隠れてしまったのだ。
「なんでだよ」
 不機嫌そうなその声が朝香のものだとすぐに気が付いた。
「なんでって、さっきから言ってるだろ」
 ちらりと顔を出して覗いてみる。話し相手は、一年の時から同じクラスの宮澤だ。
「あいつは根暗のホモだから、関わんない方がいいって」
 塚原と同じ、蔑むような口調で吐き出される言葉。
 とうとう朝香にも伝わってしまった。けれど、そんなにショックは受けなかった。いつかは知ってしまうと覚悟していたから。
 これくらい、なんでもない。楓和から朝香に話しかけることはもうないし、これで朝香も楓和を避けるようになるだけだ。お互い避けて、元に戻るだけ。元に…独りぼっちに戻るだけ。
 必死に言い聞かせていたけれど。
「ていうか、朝香、あれに言い寄られてんじゃねーの?」
「楓ちゃんがそんなことする訳ないだろ」
 朝香の声が、とても不愉快そうで。
 チャリン
 その声を聞いた瞬間、体中の力が抜けて、鍵が甲高い音を立てて廊下に落ちた。
「誰だ?」
「えっ、楓ちゃん?!」
 振り返った朝香に見つかってしまう。その顔に浮かぶ表情を決して見たくはなくて、逃げ出す以外の選択肢は思い浮かばなかった。
 踵を返した楓和を朝香の声が追いかける。
「待ってよ、楓ちゃんっ!」
 本気で追われたら絶対に捕まってしまう。とにかく必死で階段を駆け下りた。
 だいたい朝香はあんな話を聞いた後で楓和を捕まえて、一体どうしたいのだろう。分からない。
 混乱して頭を力無く振る。息が切れて苦しい。夢の中にいるようだった。必死で足を動かしているのに進んでいる気がしない。なんとかいつもの細道へ入り込んだ所で、パシッと右手を掴まれた。


 向き合って、目が、合ってしまう。朝香は、楓和が想像していたような侮蔑の表情など浮かべていなかった。
「…ごめん」 
 苦しそうな顔でただ、そう告げられた。
「なにが?」
 朝香が謝ることなんて、何もないのに。
「宮澤が、楓ちゃんと仲良くすんなってうるさいから、ついムキになって、余計なこと聞いちまった。俺に、噂とか聞いてほしくなかったから、名字教えてくれなかったんだろ?」
「…」
「ごめん。でも俺、聞いたことそのまま信じたりとか、絶対しないよ?だから、そんな不安に思うこと…」
「…ねぇ」
 聞いていられなくて、強引に言葉を遮った。
「どうして朝香は僕に構うの?」
「どうして、って…」
「朝香には…友達がいっぱいいるよね」
 編入生なのに、あっという間にここを自分の場所にして、皆から好かれて。
 休み時間や体育の授業中に見かける朝香はいつも遠かった。あの笑顔を自分に向けてくれたことがあるなんて信じられなくなるくらい。寂しくて、でも朝香が遠いのは当たり前のことだと思った。
「その人たちといればいいじゃん。わざわざ根暗でホモのマネキンなんかに構わなくても…」
「自分貶めるような事言うなよ!確かに噂は…聞いたよ。けど、俺はそれをそのまま信じて楓ちゃんのこと避けるようなバカじゃない!」
 叩きつけるように朝香が言う。
 貶めるも何も本当のことだ。否定されても悲しくなるばかりだった。
 楓和が明るいだなんて誰も思わない。表情がほとんどないのも事実だし、楓和は朝香のことが好きなのだ。
 そんなこと悟らせる気はないから、意味のない笑いを口元にはりつけてみるけれど。
 それに、と続けられた朝香の言葉に凍りついてしまう。
「それに、楓ちゃんのこと、あいつらと同じように考えたことは一度もない」
 きっぱりと言い切られた言葉に思い知る。楓和が勝手に友達のつもりでいただけだと。
「…ぅっ」
「楓ちゃん?!」
 ここで泣いたら迷惑になるだけだと分かっているのに、涙を止めることができなかった。
「ごめ、なさっ…僕、勝手に思いあがって…友達の、つもりでいて…」
 そのまま背中を向けて逃げてしまおうとしたけれど叶わなかった。朝香に腕を掴まれてしまったから。
「待って、楓ちゃん!それは誤解だって」
「誤、解?」
「あ゛ー、俺の言い方が悪かったな。楓ちゃんは特別なんだって、そう言いたかったんだよ」
 意外すぎることを言われて、言葉が頭にちゃんと入らない。涙を流しながらぼんやりと顔を上げると、朝香が苦笑するのが分かった。
「楓ちゃんは特別だよ。だって、楓ちゃんのこと好きだから」
「…特別?好き?そんなのありえない」
 言葉が全部素通りしていって、現実から置いていかれそうだった。混乱した思考をどうにかしようと頭を振りながら必死で考える。
「ありえなくない。本当に、楓ちゃんのことが好きだよ」
 朝香は辛抱強く想いを繰り返すけれど、でも。
 朝香が楓和のことを好きだと言う。変だ。おかしい。こんなの違う。
 そこまで考えて楓和はふと冷静になった。
 きっとこれは夢なのだと思った。朝香のことばかり考えていたからこんな夢を見てしまうのだ。目が覚めれば虚しいだけなのに。
 けれども、夢ならいいだろうか。伝えられるはずもなくしまいこんでいた恋心を曝け出したって構わない気がする。
 楓和は顔を上げて、もう一度、ありえないよと言った。
「朝香が…僕のこと好きなんじゃなくて…僕が朝香のこと好きなんだ」
「どうして好きが一方通行じゃないといけないんだ?」
 朝香は驚いた様子もなく、不思議そうに問う。
「お互い好きなら両想いだろ?」
 嬉しくて、悲しくて、涙が止まらない。こんな夢を見せる自分がうらめしくて。
「何でそんなに泣く?」
「目、覚めるのが嫌だなって。もうずっと夢の中にいれたらいいのに」
 何度拭っても溢れてくる涙に困りながら言うと、朝香は呆気にとられたような顔をした。
「まさか、本気で夢だと思ってる?」
「うんっいたたた」
 頷いたら思いっきり頬を引っ張られた。幸いすぐに離してくれたけれど。
「急に何?!」
「目、覚めたか?」
「えっ?」
「バカ。どこまで疑い深いんだよ。いーかげん信じろ」
 少し怒ったように朝香が言う。
「うそ…」
「…もう一回つねってやろっか?」
 楓和の答えを待たず朝香の指が近付いてきたから、後退りながら必死で、信じる、と言った。
「そんなに痛かった?」
 おかしそうに朝香が笑う。
「そうじゃなくて、何か怖かった」
 壁際に追い詰められたせいでずっと間近にある顔に向かって訴えると、朝香は少しうろたえたように目をそらした。
「告白して断られるんならともかく、信じてもらえないなんて腹立って当たり前だろ?」
 ぽつりと告げられた言い分は、理解はできるけれど。
 朝香に受け入れてもらえる訳ないと想いを殺し続けた心が、疑いを消し去れない。
「…どうして?」
「ん?」
「どうして僕なんかのこと…」
 なんかって言うなと軽く咎めてから、朝香は少し照れたように口を開いた。
「俺、昔から誰とでもすぐ仲良くなれる質で、怖がられたことなんて一度もなかったんだ。でも、初めて楓ちゃんに声かけた時、楓ちゃん逃げただろ?何で逃げられたんだ、何がいけなかったんだって、気付いたら楓ちゃんのことばっかり考えてて。
 そんで、楓ちゃんを保健室に連れて行った日、友達から楓ちゃんの噂聞いてさ。…マネキンって、言われてるんだろ。それ聞いた時、すげームカついた。笑ったり困ったり焦ったり…いろんな顔してんじゃんって。でも、次の日、たまたま遠くから楓ちゃん見かけて。全く表情なかった。本当に人形が動いてるみたいに見えたんだよ。
 その時、俺、びっくりしたけど…気悪くしたらごめん。何か嬉しかった。俺の前でだけ笑ってくれるのかもって思ったから。だったらきっとそれは特別ってことで、楓ちゃんの特別だと思ったらすごく嬉しかったんだ。
 言葉では何も言わないけど、時々、縋るような目で俺のこと見てたよな。必死になって必要だって伝えてくれた。それが嬉しかったから、楓ちゃんに会いに行ってたんだ」
 隠しているつもりだったのに、バレバレだったと教えられ、楓和は真っ赤になる。
 でも、そこまで言われても納得はできなかった。
「…わかんない」
「何が?」
「だって、朝香はすごい人気者だし、女の子にも、もてるんでしょ?朝香のこと必要な人なんていっぱいいるよ。なのに…なんで僕なの?」
「あー…」
 やっぱり全部言わなければダメか、と朝香は片手で顔を覆ってしまう。
「最初に声かけた日…俺から逃げた後に、ブロック塀に座ってオカリナ、吹いてただろ?」
「えっ!?」
「俺、あの後楓ちゃんのこと追っかけたんだ」
 後付けるような真似してごめん、と頭を下げられる。
「追いかけて、楓ちゃんのこと見つけたんだけど…声、かけられなかったんだ。後ろめたかったから、とかじゃなくて…“ゆうやけこやけ”聞いてたら何か、泣きそうになっちゃってさ。そろそろ帰ろう、じゃなくて、帰れないって唄ってたから。それで…暗闇に溶けちゃいそうな楓ちゃんがすごく綺麗で…
 だから、俺の一目惚れ!」
 やけくそのように言い切られる。薄闇の中でもはっきり分かるくらい朝香の顔が赤い。
 よりにもよって“綺麗”だなんて…
 夢じゃなくて現実なら、好きだと伝えなければよかった。
 朝香は楓和のことを全然、知らない。
 おまえなんかが人に愛される訳ないだろ、そんなに…汚いのに
 塚原が、紅葵が、冷たい目をして楓和に言う。
 苦しくなるくらい大好きだった人が、同じ気持ちを返してくれた。それなのに、一度は止まった涙が、また溢れてくる。
 好きの後にくるのは嫌いしかないって分かっていたから。好かれるはずなんてないと分かっていたから。
 そして、どうした、と慌てる大好きな人にまた一つ嘘をつく。
「これは嬉し泣き」
 何とか笑顔を作って言う。
「楓ちゃんってけっこう泣き虫なんだ」
 笑って抱きしめてきた朝香の腕の中が温かくて、ますます涙が止まらなくなった。



 朝香には絶対に、楓和の汚いところを見せたりしない。
 こんな自分のことを、朝香が綺麗だと言ってくれるのなら、綺麗なところだけ見せるから。どんな嘘をついてでも。だってこの腕の中にいることが、何にも変えられない程の幸福だから。

 散々泣いて、いい加減涙も止まった楓和が顔を上げると、不意に朝香が顔を近付けてきた。そのまま唇が軽く触れる。
 …初めてのキスは涙の味がした。
 その後朝香は涙の跡が残った楓和の頬を軽く擦って、学校戻るか、と照れたように踵を返す。
 いつもよりもゆっくりと歩く背中を気恥ずかしく思いながら追いかけた。



「そういえば朝香、さっき追いつくの遅かったよね?もっと早く捕まっちゃうと思ってた」
 楓和の足が急に早くなった訳でもあるまいし、何故だろう。
 さっきから少しだけ気になっていたことを聞いてみる。
「宮澤が言ってたこと訂正してたからだよ」
 学校へ向かって歩き出しながら朝香が答えた。
「訂正?」
 何のことだかさっぱり分からない。
「そ。俺が楓ちゃんに迫られるって言われただろ?そーじゃなくて、これから俺が口説くんだよって言ってきた」
「えぇっ!?」
 それでは朝香まで悪く言われてしまうのに。
「楓ちゃんってそんな大きい声出るんだ」
 朝香は呑気に笑っている。
「…変な噂とか、されるよ?」
「大丈夫!」
 よく日に焼けた腕が伸びてきて、くしゃっと頭を撫でられた。
「言いたい奴には言わせとけばいいし、理解のない奴ばっかじゃないから。そんな不安そうな顔しなくていいよ」
 俺、男同士で付き合ってる奴知ってるし。
 さらっと衝撃的な事実を告げられて目を丸くする。
「…本当に?」
「何で嘘つかなきゃならないんだよ。いるよ。俺のクラスに」
 全然知らなかった。みんな楓和を軽蔑して、避けていると思っていたのに。
「あのさ…楓ちゃんがその…独りでいるのって、半分は噂のせいだけど、それだけじゃないと思うんだ」
 心を読んだかのように、躊躇いがちに朝香が言う。
「楓ちゃんっていつも俯いてるし、伏し目がちだし、それだと楓ちゃんのいいとこが伝わんないよ。目だってこんなに大きくて、可愛いのに」
 今も俯いてコンクリートに伸びる影を見ていた楓和の顔を、朝香が覗き込んできた。パチッと目が合って逸らせなくなる。
「もっと堂々としてればいいんだよ。緊張しすぎて固まってたって、自分を守れる訳じゃないだろ。どっちにしろ傷つく時は傷つくんだから。
 まぁ、これからは出来る限り俺が守るけどな」
「…そんなの、いいのに」
「楓ちゃんの意見は聞かないから。勝手に守るよ。だからなるべく顔上げてて?廊下とかで擦れ違って目合わないの寂しいんだ」
 胸が、いっぱいになって声が出なかったから、代わりにこくんと頷いた。
「あーぁ。このまま部活出ないで楓ちゃんといたい」
 すごくゆっくりと歩いていたのに、気付けば校舎がもう目の前だ。放課後の喧騒が伝わってくる。
「そんなの、駄目だよ」
「…楓ちゃん本当真面目」
 拗ねたように返されて、少し慌てた。
「そうじゃなくて…朝香が走るのを見たいから」
「見ててくれるんだ?」
 朝香がとても嬉しそうに笑う。
 ――いつも、見てたんだよ。
 そんな事恥ずかしくて言える訳ない。
「ならいっか」
 校門をくぐると目の前がもう校庭だ。目敏く朝香に気付いた陸上部員が、早く来いと呼んでいる。
「終わったら教室に迎えに行くから。待ってて!」
 遠くなっていくその背中に、頑張ってねと笑顔で手を振った。
 朝香といると、暗い気持ちが消えていく。朝香に言われたように顔を上げて見つめた世界は少しだけ明るくなっている気がした。
 せっかく朝香が引っ張ってくれているのだから、落ち込んでばかりいては嫌われてしまう。ずっと逃げているだけだったけれど、一回くらい塚原と向き合ってみようと思った。誰かに嫌われたままの自分では、いつまでも朝香を信じられない。







 あれから三日後の日曜日。午前中は溜まってしまった洗濯物を片付けて、午後は先週と同じように朝香と課題を片付けた。但し、今度は朝香の部屋で。
 朝香の同室者の木藤もいて、最初は緊張で固まってしまったけれど、彼は朝香の言う通りとてもいい人だった。あまり話したり笑ったりはしないけれど、不思議と怖いとは感じなかった。それはやっぱり、明るくて優しい朝香の友人だからだろうか。
 夕飯まで三人で一緒にとって、部屋の前で別れる。二人の姿が見えなくなってから、楓和は深くため息をついた。
 結局、塚原とのことはまだ解決していない。頑張ろうとしたけれど、何も言えなかった。あの冷たい瞳で一瞥されると、壊されるのを待つだけのような人形になってしまう。
 今日こそ、何か言葉を返さなくては。
 固く決意してドアノブを掴んだその手が、冷たい汗に濡れていた。


 微かな音を立てて扉が開いた。こっそり中へ入っていくと、俯いていても突き刺すような塚原の視線を感じる。
『だからなるべく顔上げてて?』
 不意に朝香の優しい声が蘇った。なのに楓和はまた下を向いている。塚原は前に、頭が悪くて暗い奴は嫌いだと言った。頭が悪いのはどうしようもないけれど、顔を上げていれば少しは明るく見えるだろうか。
 ぎこちなく、前を見ると、塚原の歪んだ顔が目に飛び込んできた。
 何か言われる前に言ってしまおうと、息を吸い込んで口を開く。その数秒後に漸く声が出た。滑稽なほど震えた声で、話しかける。
「ねぇ…僕どうすればいい?気に食わないところあるなら、できるだけ直すし。何でも、言ってよ」
 塚原だってしょっちゅう自室以外のところで眠っていたら疲れてしまうだろう。
 そう思って、言ったのに。
「どうすればいいって?」
 感情のない声に、びくりと竦んだ。
「今更そんなこと聞くのかよ。いつも言ってるだろ。さっさと死ねって。俺がおまえに望むのはそれだけだよ」
 ちまちま手首なんか切ってないで、もっと手っ取り早くどっかから飛び降りるなり、しろよ。

 繰り返していた行為を知られていたことに動揺して、一言も発せないまま部屋を出る。塚原の言葉に背中を押されたかのように、気付けばひたすら暗闇に沈む階段を上っていた。


 屋上へ続く扉を開けた時、真っ先に楓和の目に入ってきたのは白いワイシャツだった。夜目に映える鮮やかな白。何故だか朝香を思い出して、余計苦しくなる。
 五月ももう半ばとはいえ夜はまだ冷える。シャツはさぞかし冷たくなっていることだろうと、自分の寒さには気付かずにぼんやり考えた。
 フラフラと柵の方へ近付き、背中を預ける。そのままコンクリートの上にしゃがみ込んだ。

 塚原の言葉に傷ついていた。けれど同じくらい、救われてもいたのだと思う。
 あの、湿った空気のバスの中で…“負け犬”“ろくでなし”自分にどんな言葉をぶつけてみても足りなかった。こんなに汚い自分には、“死ね”が一番似つかわしいと思った。

 もっと言って。耳にずっと残響が残るくらい繰り返して。自分で言っても足りない。ボロボロになるまで切り刻んでも全然足りない。“死ね”って…言って。気が済むまで聞くから。それで、それで…
 いつか、許すよって、言って欲しかった。

 立ち上がれば、遠くの方にぽつりぽつりと街の明かりが見える。空を見上げれば微かに星が見える。静謐で美しい、夜。それでも。そんな微かな儚い光では、何もないのと同じことだ。
 明るい気持ちになんか、全く、なれなくて、本当に死んじゃえば楽になれるのかな、と真っ暗な世界を見下ろしながら考えた。



 ぼんやりしているうちに夜が明けてしまった。明けない夜はないなんてよく言うけれど、明けた後の空が灰色では、余計憂鬱になるだけだと思う。雨が降らないだけまだましだけれど。
 一睡もしていないせいで頭が働かなくて、難しいことは何も考えられない。とにかく今日は月曜日だから、学校へ行く支度をしなければ。そのためにはまず、部屋に戻らないと何も始まらない。
 扉へ向かって歩き出すと、ずっと同じ体勢でいたせいか固まった身体がぎくしゃくと動いた。ロボットみたいだと可笑しくて、自嘲するような笑みを浮かべた。


 誰にも見つかりませんようにと祈りながら階段を降りていたら、一番会いたくなかった人と鉢合わせしてしまった。
「楓ちゃん?こんな時間にどーしたんだよ?」
「…朝香こそ」
「俺は朝練」
「そっか。ずいぶん早いんだね」
 頑張って、と言って笑った。そのまま朝香の横をすり抜けようとする。
 自分は今、何故だかちゃんと笑えている。けれど、何でもない振りを、すればする程泣きたくなる。
 だから逃げてしまいたかったのに。朝香に軽く腕を掴まれて動けなくなった。
「この上って屋上しかないよな?」
「…」
「何してたの?何か、あった?」
 重ねられる声に、もう笑顔を返せない。
「…別に、何でもないよ」
 それ以外に言葉が見つからなかった。
 俯いた頭の上に疲れたような朝香のため息が降ってくる。
「ごまかすの下手だよね」
 ため息混じりの言葉にドキリとした。
「そんな、思いっ切り何か抱えてますって顔して何でもないとか言うなよ」
 心配するだろ
 優しくて、温かくて嬉しかったけれど。
 温かいと感じれば感じるほど弱くなっていくから。

「楓ちゃんはいつもどっかが閉まってるよね。俺、まだその中に入れてもらえないの?」
 寂しそうな顔をした朝香が言う。
「…そんなこと、ないよ」
 否定してみても、朝香の表情は晴れなかった。
「楓ちゃんは俺のこと…好き、なんだよな?」
 頷いた後、ちゃんと言わないと駄目だと気付いて言葉で告げる。
「うん…好きだよ」
「でもこれじゃあ、俺ばっかり追いかけてるみたいじゃん」
 不安に、なる。
 朝香が、やるせないように頭を振った。
「本当だよ?本当に…すごく好きなんだよ?」
 だからそんな顔しないで、と必死に言葉を重ねる。
「でも、楓ちゃんは俺に、何も言ってくれないんだね」
「……」
 言えないことばかりで、隠し事ばかりで。こんなに好きなのに、心を許せない。
 どうしようもなく、苦しくなって、その温かい手を振り払って逃げ出した。朝香をきっと傷つけてしまうと、心の何処かで分かっていながら。


 学校へはちゃんと行ったけれど、塚原と同じ教室にいることがつらくて途中で逃げてきてしまった。楓和はいつも逃げてばかりいる卑怯者だ。朝香からも塚原からも、そして…過去からも。
 あの日から、鏡を見るのが怖くなった。同じ顔で笑う紅葵のことを、思い出したくなかったから。
 でも、鏡なんて見なくても記憶が消えない。忘れようと必死でもがく楓和を嘲笑うように、紅葵の背中が目の前にちらつく。
 手首に鮮やかな赤を刻み付けても、その残像が薄れることはなかった。

 屋上で曇り空を見上げている。時計はないけれど、もうそろそろ授業は終わっただろうか。
 耳鳴りのように雨の音が響いてくる。降っていないはずの雨の音を追い出す術は何もなくて。
 楓和は耳を塞ぐ代わりに、錆びたカッターの刃をきつく握りしめた。







「―――― 何、してんの…?」
 不意に聞こえた朝香の固い声に、楓和はびくりと震えて振り返った。
 取り落としたカッターナイフがコンクリートにぶつかる。そのカツンという音がやけに耳に響いた。
 幻聴だったらよかったのに。
 そこには確かに、息を切らせた朝香の姿があった。
 陸上部の彼が息を切らせているなんて珍しい。屋上に何か用事があったのだろうか?それとも誰かに楓和が屋上にいることを聞いた?分からない。何も冷静には考えられない。ただぐるぐるとする思考を抱えて動けずにいる楓和の、血に濡れた手首を朝香が強く掴む。
「何してんだよ楓和!!」
 こんなに酷く激昂している朝香を見るのも、呼び捨てにされるのも初めてだった。
 何と答えれば朝香はいつも通りの彼に戻るのだろうか。誰か答えを教えてくれればいいのに。
 そう望んでみたけれど、正しい答えなんてない事は楓和自身が一番よく分かっていた。
 些細なことで追い詰められて、その感情に向き合うこともできない。楓和がこんなに弱くなければ、朝香を怒らせることもなかったのだと。
「これ、全部自分でやったのかっ!?俺のこと置いて、死ぬ気だったのかよっ!?」
 いくつもの傷跡が走る手首を掴む、朝香の手が微かに震えている。
「…別に死のうとした訳じゃない」
 険しい顔をする朝香に、やっと返せたのは、そんな一言だけだった。
 かと言って生きていたい訳でもなかったけれど、そう伝えたら更に朝香を怒らせてしまうような気がして言わなかった。
「じゃあ、どうしてっ!?」
「…言えない…」
「楓和!!」
「言いたくない。言ったら朝香はもっと僕のこと嫌になる。これ以上嫌われたくない」
 どうか分かってくれ、と涙目で朝香に訴えた。
「嫌われるって…どういう意味?」
 しかし、怪訝そうに言葉を返されて、自分で言わなくてはならないのかと悲しくなる。考えるだけで心が痛くなる、そんな事実を。
「…朝香は、僕がこんなことするような、気持ち、悪い奴だって知って、嫌になったんでしょう?それで怒ってるんだよね?」
「っ馬鹿野郎!!」
 降ってきたのは、激しい怒鳴り声と頬を張る手だった。
 予想外の展開に呆然としてしまって、声も出ない。
「お前は、俺が、誰よりも好きな奴が、気付かないうちにボロボロに傷ついてんの知って、それで気持ち悪がるような、そんな酷い人間だと思ってんのか?!人のこと侮辱すんのもいい加減にしろよ!!」
「侮辱なんてそんなつもり…」
 否定しようと口を開いた楓和は、最後まで言葉を継げずに、朝香に強く抱きしめられていた。
「心配してんだよ。分かってよ。今まで一言も話さずに隠してた楓ちゃんと、気付きもしなかった自分自身の両方にすっごい腹が立つ」
 朝香の口調が少しだけ柔らかくなった。
 朝香の腕の中は温かい。昂っていた気持ちがだんだん落ち着いてくるのを感じる。
「俺の知らないところで楓ちゃんが一人で傷ついているなんて嫌だ。だって俺ら付き合ってるんだろ?恋人同士なんだろ?
 何でもかんでも話してくれなんて我儘は言わないけど。苦しんでる時くらい知りたい。俺のこと頼ってほしいよ。楓ちゃんが傷ついてる時に助けられないんじゃ、何のために付き合ってんのか分からないじゃんか!」
 朝香の腕の中で、手首を押さえた手の平がぬるりと滑った。
「朝香、離れて。血が、つくよ」
 今更かもしれないことを言う。楓和の手首を掴んだ時についた血で、朝香の手の平も既に赤かったから。
 未だに開いたままの傷口を見て、身体を離した朝香の顔が微かに歪む。
「俺の部屋に来いよ。手当てするから」
「…木藤は?」
「部活だからいないよ」
 躊躇う楓和を気にせず、朝香はもう階段へ向かって早足で歩き始めている。腕を掴まれている楓和も、転びそうになりながら続く。
「朝香も部活…」
「それどころじゃないだろ。
 本当は学校で捕まえるつもりだったんだけど、楓ちゃん早退してたし。HR終わってすぐ帰ってきた」
「…ごめん」
「部活のことは別にいいから。隠し事してたことに謝れ」
「うん…ごめん」
 言いながら、罪悪感で胸が潰れそうだった。
 隠し事はもうひとつ。絶対に知られてはいけない事が、まだひとつ残っている。


 入るのは二度目になる部屋の扉がパタンと閉まった。
「そこ座って」
 示された椅子へ素直に腰掛ける。
 がさがさと棚の中を漁っている朝香の姿を目で追いながら、この部屋は何だか温かいな、と思った。寮内の部屋は全て同じなのに何故だろう。楓和の部屋はいつでも真冬のように冷えているのに。
「お、あった」
 朝香が抱えていたプラスチックケースが机の上へ置かれる。透けて見える中身からして、救急箱のようだった。
「理由って…聞いてもいい?」
 消毒液を手にした朝香に聞かれる。その、楓和のことをとても心配してくれていると分かる、大好きな人の顔を見て、紅葵のこと以外はありのまま話そうと心に決めた。
「キッカケは…死ねって言われたから、かなぁ」
 過去を振り返ってみながら曖昧に答えた。
「軽く切ったくらいじゃ死なないの分かってたけど、死のうとすれば許されるんじゃないかって思って…」
 いや、違う。許される訳がないことはよく分かっていた。それに、誰が楓和を許したとしても、楓和自身が自分を許せないから。
 楓和は力無く首を振る。
「ううん、そうじゃなくて…そうすれば自分を許せる気がして、少しだけ楽になれた」
 朝香は何も言わなかった。けれども、もっとちゃんと説明しろと促されているのは分かった。
「朝香は僕の噂知ってるよね?友達に言い寄ったって。ホモなんだって」
「…ちらっと聞いただけだよ」
「あの噂ね、多分その“友達”が広めたんだ。向こうは僕を友達だなんて思ってなかったんだけど」
 この学校へ入ってなかなか友達ができなかったこと。その人が初めて話しかけてくれて、友達になったつもりでいたこと。そして、歯車が狂ってしまったあの日のこと…
「俺のこと、好きなんだろって言われて。好きだって言ったら急に顔色が変わったんだ。気持ち悪いって、教師に頼まれたから構ってやっただけなんだって、嫌いだって、言われて、次の日にはもう、噂が流れてて、無視、とかされるようになってた。
 “好き”に特別な意味があるなんて、知らなかったんだ。その人のこと、そんな風に思ったことは一度もなかったから。それで、間違えた」
「…どうして否定しなかったんだ?」
「恋愛感情じゃないって、言い切る自信がなかった。もしかしたら好きだったのかもって、考え始めると分からなくなって。
 朝香を好きになったら、分かったけどね」
「え?」
「朝香のこと好きだって、思う気持ちと、その人を、慕ってた気持ちは、全然違ったから。朝香を好きだって思うのは、すごく苦しかった。これが、恋なんだなって、やっと分かったんだ。だから。
 今は、死ねって言われても傷つかないよ。朝香が…僕の気持ち、受け入れてくれたから」
 朝香と付き合い始めてからは、少なくとも傷ついてはいないと思う。いろいろな感情が、ぐしゃぐしゃに絡み合ってはしまうけれど。
 楓和がそこで言葉を切ると、何かに引っ掛かったように朝香が口を挟んだ。
「ちょっと、待てよ。
 今はって言ったよな?今も言われてんの?」
「あ…」
「言われてんだな?」
 もう何もごまかすなよと言われてしまっては、素直に認めて頷くしかない。
 朝香が大きなため息をついてぼやく。
「本当に…もうちょっと俺のこと信用して頼ってよ。お願いだから」
「信用、してるよ?」
「あー、信用云々じゃなくて、楓ちゃんが優し過ぎるのか」
「やさしい?」
「楓ちゃん、誰に酷いことされてんのか分からないように話したんだろ?」
 それは買い被りすぎだと頭を振る。
「…やさしい、とかじゃないよ。これは、僕と…あの人との問題だから。ちゃんと自分で何とかする」
 塚原は、楓和が根暗だからとか、同性愛者だからとか、それだけの理由で嫌っているのではない気がする。塚原の目には時々、嫌悪だけではない感情の揺らぎが過ぎるのだ。何なのかはまだ分からないけれど。
 だから、それが分かるまでは、朝香に塚原のことを知られてはいけないと思う。
 朝香は不満そうに黙り込んでしまった。
「えっと…」
 助けを拒んだのはやっぱりまずかっただろうか。
「どうしようもなくなったら、ちゃんと朝香に言うよ?」
「それじゃ駄目。どうしようもなくなる前に言って?」
 懇願するような目で言われて、コクンと深く頷いた。
 視線を落とせば、いつの間にか手当ては終わっていた。真っ白い包帯が腕にぐるぐると巻かれている。
「痛く、ないのか?」
 楓和の視線に気付いた朝香が、酷く哀しそうな顔でポツリと問う。
「…いたいよ」
 主語のないそれに、躊躇いがちに答える。俯いた視線の先、朝香がぎゅっと拳に力を入れたのが見えた。
「でも、必要なんだ。こうしないと…自分のしたこと許せない」
 だから、止めるとは、言えない。もう、嘘はできるだけつきたくないから。
 朝香の指が、包帯の上からそっと傷跡を撫でた。
「生きてて、くれんならとりあえずいいよ。俺もなるべく何も言わないように努力する。けどな」
 その感触が、くすぐったくて、優しくて、切ない。
「楓ちゃんが痛かったら俺も同じくらい痛いって、楓ちゃんが自分を傷つける時は同時に俺のことも傷つけてるんだって、そのこと絶対に忘れるなよ」



 翌朝、昇降口で木藤に会った。
「あ、ふーわ」
「えと、おはよう」
 ぎこちなく挨拶を交わしていると、大柄な背中から一人の男子生徒がぴょこりと顔を出した。
「おぉ。この子がふーちゃん?かわいいじゃん」
 驚いて固まっている楓和を余所に、へぇ、と顔を覗き込んでくる。目線の高さは、楓和とあまり変わらない。
「そいつは松矢啓太。害のある奴じゃない」
 木藤がそっけなく紹介する。
「そうそう。そんな怖がんなくていーよ。俺も哲の友達なの。そんでふーちゃんは恋人なんだよね?」
 朝香の知り合いなら大丈夫かと力を抜いた矢先、爆弾発言が降ってきて、楓和は再び固まった。
「松矢くんたちは…」
「あー、くんとかいらないから。くん付け以外で好きなように呼んでよ。松やんとか松っちゃんとか啓太とか…」
「初対面のくせに図々しい」
「うるさい!ていうか、まさか哲のこともくん付け?」
「朝香って…呼んでるけど…あの…」
「えーっ!名前で呼んであげなよ。お付き合いしてるんだからさ。哲拗ねちゃうぜ?」
 松矢はテンポよく矢継ぎ早に言葉を発する。楓和は会話についていくだけで精一杯で、言いたいことを言う隙もない。
 幸い、木藤がオロオロしている楓和に気付いて助け舟を出してくれた。
「啓太は少し話しすぎだ。ふーわが何か言いたそうにしてる」
「ごめん。なになに?何でも言って!」
「えっと…」
 こんなに促されると逆に言いにくい。
「さっきから、付き合ってるとか、恋人同士だとか…」
「あぁ、哲から聞いたんだよ。まぁ見てれば分かるけど」
 あっけらかんと答えが返ってくる。朝香が自分の友達に、楓和との関係を告げているなんて全然知らなくて。大丈夫なのかと不安になる。
「そうじゃなくて…気持ち悪い、とか、思わないの?」
「俺は別に偏見ない」
 木藤があっさり言い切った。
「俺も。ていうか俺が男と付き合ってるし」
「えっ?!」
 それでは朝香が言っていた、男性と付き合っているクラスメイトとは、松矢のことだったのだ。
「哲と仲良くなったのは、そもそもその事がキッカケでさ。四月頃、恋人と二人でホテルから出てくるとこ、うっかり哲に見られちゃったんだ。普通ひくじゃん。けど哲は次の日あっさり、あれ恋人?って聞いてきて。あーこいついい奴って思って仲良くなったの」
「木藤…とは?すごく仲良さそうに見えるけど…」
 ついでに気になって尋ねてみる。
「腐れ縁っていうか、幼なじみってやつ。な、ハルカ」
 すると、表情に変化の少ない木藤が、珍しくあからさまに顔をしかめた。
「やめろ。俺の名前はヨウイチなんだよ」
 遥かに一って書いてヨウイチって読むんだぜ、と松矢がこっそり耳打ちしてきた。
「ハルカの方が似合ってるけどなー」
「どういう意味だ、それ」
「おまえら何やってんの?楓ちゃん虐めたりしてないだろうな?」
 ワイワイ騒いでいる二人に口を挟んだのは、ジャージ姿の朝香だった。
「まさかー。ふーちゃんと親交深めてたんだよ。哲は陸上部の朝練終わったの?」
「当たり前。そろそろ予鈴が鳴るし」
 そう言って呆れたように壁の時計を指差す。
「うわっ本当だ」
「遅刻したくなかったら走れっ!」
 言いながら朝香と松矢はもう走り始めていた。
 朝香におはようと言いそびれてしまったな、と少しだけ落ち込みながら、ずり落ちたカバンを引っ張りあげる。
「ふーわ」
 二人の後を追って階段へ駆け出そうとした楓和を、木藤の低い声が呼び止めた。
「えっと…何?」
 それは何だか真剣そうな声で、訝しみながら足を止める。
「哲の話。何があったか知らないけど、哲がふーわのことすごい心配してる。問題があるなら早く解決した方がいい」
 それだけ言って木藤は去って行った。
 響く予鈴に背中を押されて、生徒達が階段を駆け登っていく。その流れに混ざっていけないまま、予鈴が鳴り終わるまでそこに突っ立っていた。階段にぽつりぽつりと並ぶのはもう、知らない人の背中ばかりだ。
『心配してる』
 心配も、迷惑も、たくさんかけている自覚がある。朝香にどうにかしてもらう訳にはいかないということも分かっている。楓和が頑張らなければ、何も解決したりしない。
 とっくに踊り場の向こうへ消えた朝香に、痛む胸を押さえながら、ごめんと小さく呟いた。






「…人殺しと仲良くしたい奴なんているわけがないだろう」
 揺らがない口調で告げられる。
「ひと、ごろし…?」
 楓和は、何のことだか分からずにただ、途方に暮れた。


 部屋へ戻ってきた楓和と入れ代わりに、出て行こうとした塚原を呼び止めた。そこまでは上手くできたと思う。
「なんで僕のことそんなに嫌うの?」
 一息に言い切って塚原の答えを待った。
 どんな侮蔑の言葉をぶつけられても堪えよう、言葉の中から、ちゃんと本当の理由を拾いだそう。心の中で決意を繰り返して、今度こそ大丈夫だと思ったのに。
 侮蔑も罵倒もなく淡々と、人殺しだから、と返された。
 何も出てこないと分かっていながら、必死に記憶を辿る。
「…おまえ、本当に俺のことを覚えていないのか?」
 疑いを含んだ質問にも、何と返すべきなのか分からない。
「覚えているはずないか。まるでストーカーみたいに付け回してたから。本当に紅葵以外見ていなかったんだな」
 どうしてここで紅葵の名前が…?
 楓和は不安に瞳を揺らしながら、塚原を見つめた。
 もう、聞いてしまうのが怖かった。
「おまえは覚えていないようだけど、俺は出身中学がおまえと同じなんだ。紅葵ともな。同じ中学だったから教師に、声かけてやってくれって頼まれた。何か訳ありで急に転校してきて、馴染めないでいるようだからって。
 教師の言うことを聞いたのは、おまえがどうしているか知りたかったからだ。最初はビクビクしているように見えたが…すぐに無邪気に懐きやがって。
 人殺しのくせに呑気にしていたから、後で突き放して傷つけてやろうと思った」
 同じ中学だったと言われても、中学生の塚原の姿は全く思い出せない。紅葵の、決して振り返らない遠い背中が、あの頃の記憶の全てだった。紅葵以外は、ふわふわと漂う影のように霞んで見えない。
 そして、塚原がさっきから人殺しだと繰り返すのは、あの事故のことを責めているのだろうけれど。
「人殺しって……だって紅葵は…生きてるでしょう?」
「死んでいてもおかしくなかった」
「…そう、だけど…あれは、事故で…」
 弱々しい楓和の主張が、冷たく遮られる。
「本当に?」
 ひやりと、した。
 塚原は全部知っているのだろうか。あの時本当は何があったのか、を何もかも。
 身体が勝手に、カタカタと震える。
 それを見て取った塚原が薄く笑った。
「おまえ今、四組の朝香と付き合ってるんだって?」
「っ…!」
「あんなもてる奴と付き合えて幸せだな。捨てられないように気を付けろよ」
 残酷に言い放って部屋を出ていく。もう、引き止める理由も気力もなかった。
 扉が音を立てて閉まった途端に身体から力が抜けて、へたりと床に膝をついた。

 塚原はあの事を朝香に言う。いつその時が来るか分からないけれど、絶対に言う。
 塚原が珍しく楓和の言葉に耳を傾けたのは、徹底的に追い詰める鍵を手にしたからだったのだ。
 真っ暗だった。
 目を開いても閉じても暗闇しか見えない。
 こんな自分は最低だって、何度も何度も思ったのに、どうして自分を諦めてしまえないんだろう。救いようのない、最低な人間なんだって、認めて、開き直って、冷酷非道な奴になれればいっそ楽なのに。本当の自分はそうじゃないんだって、足掻いてももがいても結局裏切られる。
 知らない振りをして取り繕って、それでも過去から逃げることはできないんだと、絶望するくらい思い知らされた。







「あ、またここにいた」
 朝香が手摺りに寄り掛かった楓和の方へ駆けてくる。
 部活が終わるのを待たずに逃げてきてしまった楓和を、怒らずちゃんと捜しに来てくれた。

 日没後、暗く人気のない寮の屋上。
 上手く表情を作れないまま、ゆっくりと振り返った。
「何してたの?」
 朝香はまだ、何も知ってはいないだろうか。
 探るように見つめた朝香の様子は、とりあえず今までと何の変わりもないように見えた。
「…夕焼け、見てた」
 寝起きのように霞がかかった思考で答える。
「とっくに終わってるよ」
「…うん」
 ぼんやりしたままの楓和に、朝香が怪訝そうな表情を浮かべた。
「…どうしたの?」
「…怖い」
 ぽつりと、胸に浮かんだ言葉を零す。
「俺が?」
 黙って首を振って否定したけれど。
 そうかもしれない。でも言わないから。
 そんなに哀しそうな顔をするのはやめて。

 朝香はもうすぐ、楓和を嫌いになる。
 昨日の記憶が、あの日の記憶が、何回も何回も再生される。
 全てを知ったら朝香はどう思うだろうか。そんな奴だとは思わなかったって、罵倒されて軽蔑されて、死ねと言われたら…どうすればいい?
 考え出したら止まらなくなって、そのうち、人殺しだと冷たく言い切った塚原に、朝香の姿が重なり始めた。
 大好きだから、怖い。大事に想えば想うほど何も、信じられない。
 壊れていく音が、聞こえる――
 それでも楓和は、朝香の望むことなら喜んで従ってしまうだろう。
 朝香に嫌われてしまうような身体も心も迷いなくズタズタに切り裂いて、笑みさえ浮かべながら死んでいくだろう。
 少しでも朝香の心に残りますように、と。
 望むのはただそれだけだから。
「…朝香」
 縋るような声で呼んだ。
「何か言って」
 できれば優しい言葉を言ってほしい。
 そうすれば少しは、目の前にいる朝香を信じられると思う。
「好きだよ」
「…うん」
「うん、じゃなくてさー」
 朝香は少しがっかりしたような顔をしていた。
「楓ちゃんも言って?」
 それとも嫌いになった?
 不安そうに聞くのがおかしくて、思わず笑った。
「好き」
 交わし合った言葉がきっと、最後に残った救いのカケラ。



 二人の間を不意に生温い風が吹き抜けていく。風の行方に目をやったけれど、そこには暗闇があるだけだった。
 乱されたせいで目元にかかってしまった髪を適当に除ける。
「…楓ちゃん」
 楓和の動きを追いかけていた朝香の顔から、ゆっくりと笑みが消えていった。
「本当にまだ、どうしようもなくなってはいないの?」
 感情の揺れを見透かそうとするように、朝香が顔を寄せてくる。
 すぐ側にある、まっすぐ過ぎる目に見つめられて、楓和は落ち着きなく視線をさ迷わせた。
「どう、して?」
 目を合わせられないまま、尋ねる。
「また増えてる」
 視界の隅に、こちらへ伸ばされる朝香の腕が映った。
 楓和よりずいぶん長くて綺麗な指でそっと手首を掴まれて、真新しい傷が曝される。
 白く細い場所に浮かぶ赤。
「…ごめん」
 朝香も今、同じように痛むのだろうか。消えない罪のために重ねられた、癒えるあてのない傷たちが。

「朝香の、言ってたこと忘れた訳じゃないよ。やった後に…ちゃんと思い出した」
 言いながら腕を取り返して傷を隠す。
「楓ちゃん俺のこと忘れるんだ。俺はいつでも楓ちゃんのこと考えてんのに」
 恨みがましい目をして言われた言葉に、少しだけ照れて俯いた。
 何か楓和が返せることはないだろうか。考えて、ポケットに入ったままのカッターの存在を思い出した。
「そうだ」
 いい事を思いついた、と冷たいそれを手に取る。
「腕に朝香の名前を書けばいいんだ。そしたら忘れない」
 一生消えないくらい深く刻み付けてしまいたい。そうすればまた独りに戻っても、もう寂しくならないと思う。
「あ」
 刃を出そうとした途端、怖い顔をした朝香に取り上げられてしまった。
「駄目、だった…?」
 恐る恐る聞くと、軽く頭をはたかれた。
「そんなことされても嬉しくねーんだよ、バカ」
「…ごめん」
 何で怒られたのかは分からないけれど、言う。きっと分からない楓和がどこかおかしいのだろう。
「ええと…返して?」
 それがないと困るから。
「……」
 朝香は何も言わずに楓和を見た後、背中を向けて屋上を出て行ってしまった。
 口先だけの謝罪だとばれて余計怒らせたのかもしれないと不安になる。
 一人でオロオロしていると、数分後、朝香はちゃんと戻ってきてくれた。
「手、出して」
 右の手の平に乗せられたのは、カッターよりも幾分軽い物で。
「…僕、朝香に油性ペンなんて貸してたっけ?」
 訳が分からなくて尋ねると、朝香は軽くため息をついた。
「名前書くならそっち使って。ペンで書くのは大歓迎だから」
「え」
 今の作り笑いは朝香の方が下手だった。それも長続きせずに崩れていく。
「…返す訳ないだろ。返したら楓ちゃんはそれ使って、また自分のこと傷つけんのに!」
 あのね、朝香、でも僕はそうしないときっとおかしくなっちゃうんだ。
 そう言う代わりに楓和は、腕を覆っている包帯を解いた。所々血が染み込んだ真っ白い包帯が、はらりと足元に落ちていく。
 そしてペンのキャップを外して、切り傷の隙間に朝香の名前を書いた。
「…下の名前も書いてよ」
「…てつ?」
「そ。哲学の哲な」
 隙間に無理矢理詰め込んだせいで不格好に並ぶ朝香の名前。
「洗ったら、ちゃんと消えるかな…」
「えっ、もう消したいの?!」
「今度はもっと綺麗に書く」
 もう一度腕に目をやって、二人顔を見合わせて少し笑った。
 その周りに並ぶ傷はお互い、見ない振りして。

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