は嬉しいと飛び跳ねる

手強い。
と白澤は思った。

「どうしよう。何だかわけがわからなくなってきた…」

咲月は手元に持っていた着物を一旦戻して頭を抱えた。

「なんでも、自分の好きなものでいいんだよ。」

「私の好きなもの…って?」

深く考えることはない、と何度か言ってみるものの、かえって迷宮入りしてしまうようで放っておくと自問自答を始めてしまう。

これは、逆に手強いぞ。







「え?咲月ちゃんショッピング行ったことないの?」

「ショッピングの定義、ってなんですかね。お野菜とか買いにスーパー行くのは?」

「うーん、ショッピングっちゃショッピングだけどこの場合ノーカウントで。」

「じゃあ、えと、ティッシュとか買うのは?」

「ノーカウントで。」

「ええ〜。うーん、お菓子。」

「ノーカウント。食べ物系はノーカウントで。」

「うーん、……洗剤。」

「ノーカウント。」

「………………行ったことないです。」

咲月は観念したように言った。
すっかり慣れた手付きで薬草をすりつぶしながら不貞腐れたように下唇を突き出している。

「へえ〜。今時珍しいねえ。着物とかどうしてたの?」

「私、300年間ずっと山に篭ってたし、あんまりものが必要なかったんです。着物もこの袴しか着たことないし。どうしても必要なものは主様が天国行くついでに買ってきてくれてました。」

咲月は特徴的な膝丈の巫女装束を指で摘んで言った。
確かに彼女が普段着ている服といえばこれだ。
袖に赤い組紐が通っているかどうか、襟が赤く縁取られてるかどうか程度の違いはあるがほぼ同じものを毎日着回している。

「確かに咲月ちゃんってその姿以外見たことないかも。」

「白澤様もそうですけどね。」

いつの間にやら芝刈りから戻ってきていた桃太郎が口を挟んだ。
くたびれた様子で腰掛ける様がやけに爺さんくさい。

「僕はいいんだよ。男だから。でも女の子はおしゃれしたいものでしょ!」

「そういう、ものなんですかねえ。」

咲月はあくまで他人事のように言う。

「てことで桃タローくんも戻ってきたことだしお店は任せてショッピングに行こう!着物買ってあげるよ。」

と強引に手を掴んで咲月を高天原ショッピングモールに連れ出したのだった。






「え?た、たか…」

ショッピングモールについた咲月がまずはじめに気にしたことはそれだった。

「この着物…帯とセットで買ったらがんばれば一月暮らせちゃいますよ。」

いや、草食べて食費を抑えれば貯金できるくらい…と咲月ぼそぼそ独り言を呟き始めた。

「まあまあ、おしゃれなんてそんなものだから。今日は僕が出すんだから気にしないで選んで。」

見かねた白澤がにこっと笑ってみせるも咲月の顔は晴れない。

「私、お給料も貰ってるし自分で買いますよ。」

「だめ。僕が買ってあげたいの。ほら、ちょっと手にとって見てみなよ。」

頑なに売り場に近寄ろうとしない咲月の腕を引いて着物を手に取るよう促すと、着物を恐る恐るつまみ上げてはそっと戻し、また隣の着物をつまみ上げては戻す、という作業をを無意味に繰り返すようになった。

「着物って、なんか難しいですよねえ。若い人はこういう柄がいいとか、季節がどうとか、帯との相性とか…」

「深く考えることないよ。咲月ちゃんが好きなものを選んだらいいんだよ。」

「好きなもの、っていっても…」

だめだ、完全に「初めて高級レストランに入った人」状態になってる。
白澤は思った。
メニューの読み方からウェイトレスの呼び方から何もかもわからなくて手も足も出ない、そういう状態だ。

こういう場合、デートでの正解は率先して代わりに頼んであげるか、オススメしてあげるかのどちらかだ。

とは思うものの、咲月にどんなものを勧めればいいかというのは以外と難しい問題だった。
こういう子への贈り物はどんなものでもある程度は喜んでくれるけれど、だからこそ逆に飛び切り喜ばせるのが難しいことが多い。
女の子についてのデータは豊富で贈り物も失敗したことは記憶にある限りほとんどないけれど、以外と手強いタイプだろうと、白澤は予想した。

「これとかはどう?咲月ちゃんに似合いそうだよ。」

試しに傍にあった着物を進めてみた。
鳥の子色の地に淡い撫子の模様が施されているものだ。
楚々とした咲月の雰囲気にあっている気がする。

「………」

「あれ?あんまり気に入らなかった?」

ぱちくりと黒目がちな目を瞬いたきり反応を示さない咲月に、それじゃあと白澤は反対側にあった着物を手にとって勧めてみる。

「ちょっと大人っぽい感じ、どう?」

浅緑の地に大胆に百合の花模様があしらわれたものだ。
店員の手書きポップに大きくオススメと書いてある。

しかし咲月はまたぱちくりと目を瞬かせるばかりだった。

「お目が高いですね。そちら今年の新作で、今とっても人気なんですよ!」

寄ってきた店員の女の子に促されるままに咲月は着物を受け取って自分の体に当て鏡で見ているが、呆然とした感じで首を傾げている。
やはり、意外と手強いのかもしれない。

「あんまりお気に召しませんか?では、今年の新作はこちらの棚の物なんですけど、これなんかは可愛らしい雰囲気でお客様に似合ってると思いますよ。」

ここぞとばかりに店員も勧めてきて咲月は手に持っていた着物を一旦置いて頭を抱えた。

「どうしよう。何だかわけがわからなくなってきた…」

そうして冒頭のセリフというわけである。

気に入らない訳ではなく、咲月はただ単にパニックに陥っていただけだった。
うさぎを思わせる、きょとんとした無表情顔のせいでさすがの白澤でも気がつくことができなかったが。
これはこれで、逆に手強い。
白澤は思った。
自分の欲しいものが自分でもわかっていない状態なのだ。
自分でわかっていないものはこちらから読み取ってあげることもできない。

せめて店員からのプレッシャーから解放してあげようと白澤はその店員の女の子に話しかけてみることにした。
いや、半分は下心もある。可愛い子だし。

「君の着てる着物も可愛いね。ていうか君が可愛いのかな。」

「ありがとうございます。」

頬を染めてこちらを向いてくれたその子と会話しながら少し遠巻きに咲月の様子を見ていると、相変わらずつまみ上げては元に戻すという作業を繰り返しながらもちらちらとある着物を見ているのがわかった。

ちょっとごめんね、と店員の女の子に断ってから近づいてみると、咲月が見ている着物は白澤が最初に勧めた撫子柄の着物だった。

「咲月ちゃん、もしかしてこれ気に入った?」

いきなり言い当てられて驚いたのか、咲月は少し戸惑ったあと、こくりと頷いた。

「白澤様が、最初に選んでくれたものだから。」

随分可愛いことを言ってくれると、白澤は思った。

「じゃあ、とりあえず着てよっか!」

白澤は思わずテンションが上がってしまい、きょとんとした表情のままの咲月の手を引いて試着スペースへ向かった。

「ふふ。やっぱり、すごく似合うよ!可愛い。」
「そうですか?」

想像通りぴったり似合うことを確かめ、白澤はその場で店員さんにカードを渡した。


お会計を済ませると、咲月は買ったばかりの紙袋を抱きしめて、中を覗き込みながらぷるぷると震えていた。

「え、どうしたの?咲月ちゃん」

俯いている顔を白澤が覗きこむと咲月は、ふわあ、と音が聞こえてきそうな表情で笑顔を零した。

「ありがとうございます。とっても、嬉しい…」

その表情に、白澤は思わず口元を抑えた。
花が綻ぶような笑顔とはこのことかと思った。

なにそれ、反則でしょ!

結論として、咲月は全く手強いタイプではなかった。
そしてこんなに可愛い反応をする女の子は見たことがない、と白澤は、帰り道感情を抑えきれなくなってうさぎの姿で狂ったように飛び跳ね始めた咲月の姿を見るまでは思っていた。





(*うさぎは嬉しいと飛び跳ねます。最高に嬉しい時は割と狂ったように跳ねまくります。)

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