朝を告げる夢
村を離れた日から、ジョットは何度も同じ夢を見ている。その夢は、ジョットに幸せをくれる――小さな痛みを伴って。

「目が覚めなければいいのにな」

夢の中で目の前に現れた女性を見つめ、ジョットは呟いた。彼女の容貌は本当に、生き別れになった妹にそっくりだ。もしも賊の襲撃がなかったら。生き別れにならなかったら。妹はこの女性そっくりの姿で、自分の傍で笑って生きていただろうに。
糸杉の聳え立つ庭で、彼女はいつも幸せそうに笑っている。悲しみや苦しみを知らない人形のように。彼女はゆっくりと、薔薇の花壇を散策する。花の香りを楽しんだり、摘み取った花を籠に入れて飾ったり。ジョットはそんな様子を、ベンチに腰掛けて見ているだけだ。

触れやしないか、会話できないか試したこともある。しかし、ジョットの手も言葉も、彼女の体をすり抜けた。ふいに、夢の中に新しい登場人物が現れた。ほとんど女性と言ってもいいくらいの年頃の、黒髪の少女だ。大きな白い帽子を被っており、白色の修道服を着ている。

「時が来ました。貴方も、目覚めなければいけません」
「どうしてもか?」

どうやら、彼女は夢を終わらせに来たらしい。いつもはロヴェッロに叩き起こされて終わるのに、今回は違うらしい。

「どうしても。それが、貴方と彼女の運命ですから。夢で逢うのは終わりです」

夢の中の登場人物と会話が成立した事に、ジョットは驚いた。期待を込めて妹似の女性を見たが、彼女の方は我関せずで花を摘んでいる。

「それは、もうこの夢を見れないということか」

落胆混じりに、未練がましく問いかけると、修道女の顔から笑みが抜け落ちる。同時に、夢の中の景色が変化した。花々の咲き誇る糸杉の箱庭が、またたく間に炎に包まれたのだ。ベンチを蹴って立ち上がると、修道女はさっと手を挙げてジョットを制する。その横を、妹に似た女性が何かを引き摺って歩いていく。炎を吹き上げた城塞へ、涙を流しながら。

「これは、一体何なんだ」
「過去です。そして、一歩間違えれば、未来にもなるでしょう」

ご覧なさい。そう言って、修道女は指差した。泣き叫ぶ女性がしっかりと抱える、赤いぼろの塊を。よくよく見ればそれは、血に濡れたジョットだった。すでに息はないらしく、濁った両目が呆然と中空を見ている。

「守れなかった、私、貴方を、守れなかった……守るって、誓ったのに」

あんなに幸せそうに笑っていた人が、滂沱と涙を流している。見たこともないくらい悲痛な顔で、後悔ばかりを叫び続ける。この世のありとあらゆる絶望を突き付けられて、地獄の底で神を呪った聖女のように。神様を失い、太陽を失い、希望さえ去った箱を見つめるパンドラのように。

「私、貴方が居ない世界なんて、生きていけません」

炎に包まれた建物が、ぐらぐらと崩れ始める。女性は危険を察知し、ジョットの遺体を抱きしめて目を閉じた。殉死しようというのだろう。生きて永らえることもできたのに。死んだらダメだ。そう言って、助けるべきなのだろう。しかし、ジョットはただ、その光景を眺めていた。
死に殉じようとする彼女を、これでいいと、こうでなければならぬと思ってしまったのだ。それが倫理に反する思いだと、わかっているのに。

「こうだったら、良かったのにと思いますか」
「え?」
「あの日も、こうだったら良かったのにと。思いましたか」

修道女の問いに、ジョットは愕然とした。轟音を響かせて崩れ落ちた建物の下敷きになり、二人の姿が見えなくなる。賊の襲撃にあったあの日、死に恐怖したことが思い出される。父の胸を撃ち抜いた一発の銃弾と、自分の胸に感じた小さな痛み。父ではなく、自分が撃ち殺されていたら。

「それじゃあ、父が可哀相だろう」
「……次は、こうでありたいと思いますか」
「一番良いのは、皆が生きていることだ」

ジョットがそう言うと、修道女はにっこりと嬉しそうに笑った。どうやら、彼女にとって望ましい答えだったらしい。

「彼女も、きっとそう願っていることでしょう。でも……」

炎に巻かれた景色が薄らぎ、もとの箱庭に戻る。死んだはずの彼女も、いつものように笑って遊んでいる。その姿を見やる修道女の目は、うら悲しい色を湛えている。

「次があった時、彼女は今度こそ、その身を呈して貴方を守るでしょう」

たとえ、己の命と引き換えにしてでも。守れなかった時の絶望を知るからこそ、躊躇せずその身を盾とするだろう。

「次があるのか?」
「はい。でも、それはあなた次第です」
「クレアがいないのに?」

妹とは生き別れになった。修道女の言う次とやらがあるようには思えない。肩をすくめて笑ったジョットに、彼女は声を弾ませて告げた。

「大丈夫。時が来たのです。貴方は彼女と会えるでしょう――今度は、現実の世界で」
「え?」

驚いて声を上げた瞬間、世界が暗転する。修道女も花も、何もかもが暗闇に消えていく。目を開くと、漆喰の禿げた天井と古びたレンガ造りの壁が見えた。エリチェに来てから何度も見た光景に、ほっと安堵のため息をつく。体を起こすと、ちょうど起こしに来たロヴェッロと目があった。戸口に体を半分だけ見せた彼は、ジョットが自主的に目を覚ましたことに驚いた。いつもはベッドから叩き落さないと起きないのだ。

「どうした、悪い夢でも見たのか」
「いや?……いや、どうだろうな、悪い夢かもしれない」

咄嗟に否定して、すぐジョットは首を傾げた。修道女は妹との再会を予言してくれたけれど、死ぬ未来も示唆していた。良い夢なのか悪い夢なのか、今一つ判断付きかねるところだ。

「Gが呼んでるぞ。急いで支度しろ」
「早いな!ちょっと待っててくれ」

ジョットはベッドから降りて、シャツとベストに手を伸ばした。
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -