花散らすもの
その世界に来て、どれほどの時が経ったか。二人は、お互いが徐々に幼くなっていることに気付いた。キリスト教には古来、輪廻転生という考えがあった。中世の頃に教義から抹消されたが、その思想は真実だったのだろう。外見が幼くなりつつあるのは、魂が原初の頃に戻ろうとしているからだ。そうジョットは推測し、クレアもそうだろうと思った。

前世の記憶が徐々に輪郭を失い、曖昧になってきていたからだ。五歳ほどの子供くらいにまで若返り、二人は転生の時が近いと悟った。じきに来る転生の日を、二人は恐れはしなかった。双子の兄妹になるだろうと、誰に言われることもなく知っていたからだ。二人は双子としての来世を心から喜び、受け入れた。例え夫婦でなくとも、寄り添って生きていけるのならばそれで充分だった。


来る日を幸福に満ちて待つ二人の世界に、一人の少女が訪れた。房飾りのついた大きな帽子を被った少女だ。頬に六花の痣があり、黒髪を肩口でばっさり切っている。修道女のような服装の彼女は、芝生に降り立つと悲しげに笑った。天使とは思えぬその表情に、二人は何かしら不吉な予兆を感じて身を震わせた。

「初めまして。私はセピラ、この世界の根幹たるトゥリニセッテを管理する一族の者です」
「トゥリニセッテ?」

鸚鵡返しにその言葉を呟いて、クレアは自身の放った言葉に戦慄した。この言葉は、人が触れてはならないものを意味している。おぞましさすら感じるほどに大きく、強く、危うい――禁忌にも等しいものだ。

「トゥリニセッテは七つの石、この星の全ての生命を守るための機構です」

そう言って、セピラと名乗ったその少女はトゥリニセッテについて説明した。いわく、トゥリニセッテは七色の特殊な宝石であり、世界を創造した礎らしい。それらに生命力を注ぎこむと、視えない光線となって世界中に拡散する。星の環境を良い状態で保つには、その光線が必要だと――少女は言った。

「トゥリニセッテは今、危険に晒されています。それを管理する一族は今、滅ぼうとしているからです」
「まあ、迫害されたの?」
「いいえ。血を尊びすぎたのです」

トゥリニセッテを管理する者達は、世界中に跋扈する人間とは種の違う人間だ。生粋の地球人である彼らは凄絶な生命力をもち、世界の均衡を維持する役割をこなしてきた。彼らはその誇りのために、生命力の弱い人間と交わることを拒んだ。一族の中で婚姻を繰り返し、力の集約を図ったのだ。
その結果、異様に濃くなった血が一族に牙をむき、滅びを招いた。未来を継ぐはずの子供は次々と夭逝し、櫛の歯が欠けるように老人も死んでいく。

「一族は焦りました。トゥリニセッテを管理する者がいなければ、この世界は滅んでしまうからです」

トゥリニセッテの力があって初めて、この世界は成り立っている。ゆえにその鉱石に炎が灯らなければ、均衡が崩れてあらゆる生命が死に絶えるだろう。それを防ぐために、一族は策を講じたと――セピラは言った。まず七色の原石それぞれから、三分の一ほどの大きさの欠片を削り取る。そうして七色一組のセットを作り、人間に預けることにした。

「この試験的な対策を、私達はシステーマ・アルコバレーノと名付け、実行しました」

トゥリニセッテを守護する人材として、一族は世界で最も強い七人の人間を無作為に選んだ。その体にトゥリニセッテを埋め込み、人柱とするために。しかし、人間の生命力は一族のそれより遥かに少なく、すぐに枯渇してしまう。一族から見ると極めて短いスパンで、人柱を変えなければいけないのだ。

「私達を、その人柱にしようというの?」

おぞましい話の行く末を想像し、クレアは思わず問いかけた。しかし、幸か不幸か、セピラは首を横に振った。

「いいえ。この方法はあまりに非道すぎます。私は、そんなことをしたくありません」
「じゃあ、どうするというんだ」
「残った原石を二つに砕き、それらを着脱可能な指輪にします」

指輪は装飾品であり、アルコバレーノのように体に埋め込む必要はない。所有者の人生にかかる影響を、最小限まで減らせるのだ。勿論、アルコバレーノに比べて、トゥリニセッテ本来の性能は制限される。しかし、代々に渡って引き継いでもらおうと思えば、これくらいの譲歩は当然だろう。

「お願いです。トゥリニセッテを、守っていただけませんか」
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