縦と横と点
アルコバレーノと呼ばれる人柱は皆、成人の体を赤ん坊の姿に改造される。極端にコンパクト化して、少しでも長く保つようにするためだ。また、自動的に生命力がトゥリニセッテに流れるようにしている。任意にすると、誰もかれもが供給を拒むからだ。
人柱などに祭り上げられたうえ、文字通り命を削るような真似を誰がするだろう。そこが、アルコバレーノ・システムの最大の問題点だ。

なぜ人と話し合わないのか。なぜ、人と譲歩しあうことができないのか。トゥリニセッテを扱う責任を説明し、そのために力を貸してくれと願えないのか。人は臆病かもしれない。間違うことだってあるだろう。けれどそれは、一族だって同じだ。人と一族は何も違わない。セピラはそう信じて、この世界に来た。
トゥリニセッテを任せるに値する、高貴な魂に会うために。



突拍子もない話だが、二人には少女が嘘を言っているとは思えなかった。彼女は真実を話し、そして真摯に助力を希っている。二人は互いに顔を見合わせ、話だけでも聞こうと決めた。

「トゥリニセッテとやらがないと、世界は滅ぶのか?」
「はい。ですから、貴方達に助けてほしいのです」

ジョットとクレアは困惑して顔を見合わせた。二人とも、英国の貴族としてたしなみ以上の学問を修めてある。しかし、トゥリニセッテという概念は聞いたことがない。それを管理する一族の存在もだ。少女の話を裏付ける証拠もない。聞いた事もない奇妙なものを守ってほしいと言われても、快諾できるはずがない。
しかし、世界が崩壊する危機を見過ごすこともできない。二人は貴族として、博愛精神をもって世界の全てを愛している。誰かを守るためにできることがあるなら、手伝ってやりたいと思う。ただ、二人は今、現世に転生する前の、肉体も持たない脆弱な魂だ。正直なところ、そこらの呪縛霊より役に立たないだろう。

「具体的に、私達は何をしたら良いのでしょう」
「すまないが、方法が判らないとどうとも言えないな」

取引をするならば、返事は話を全て聞いた後でなければならない。セピラもそれは理解できるため、一つ頷いて説明を続けることにした。

「世界を考えるとき、そこに縦と横の概念があります。縦は過去と未来を繋ぐ時間です」
「そうね。私たち人間は――いえ、生き物は全て、時間の流れのなかに生きているわ」
「しかし、時間が縦ならば横は何だ?地平線か?」

天動説を念頭に置いた旧時代的な考えに、セピラは虚を突かれた。彼らは千六百年代の貴族であり、時は既に百年以上が経過している。世界は既に、地動説を真実として動いている。地球は世界に対して、横に広がっているわけではないのだ。

「パラレルワールドという概念は、ご存知ですか」
「……もし選択肢が一つ違えば、違う世界が導かれるというやつか?」
「はい。そのパレレルワールドが、横の時空軸です。そして、その全ての途上に『今』と呼ばれる点があります」

『今』は一瞬であるものの、その瞬間に縦と横の時間軸を結ぶ点となる。

「トゥリニセッテはその全てに影響を及ぼすものです。しかし、割ったために、点の機能はアルコバレーノに移ってしまいました」
「ならば、あと二つに割ったら、それぞれが縦と横の機能をもつというのか」

割った欠片が、点の機能をもって本体から別れたのは偶然ではない。三つの軸の兼ねていたものを割れば、その役割も分かれるのは自然な流れだ。逆を言えば、トゥリニセッテは最大で三つにしか割れないということだ。割った時に出た破片も炎を灯すことはできるだろうが、その精度は低いだろう。

「はい。そして、私は貴方達に、縦のものをお任せしたいと考えています」
「縦……つまり、時間ね」
「縦は時間。つまり、貴方達の子孫が受け継ぎ、守らねばならなくなるでしょう」
「それは不可能です。私達はともかく、子孫のことは保証できません」

二人が大事に守ったとしても、その子孫が同じようにするとは限らない。なにせ珍しい宝石が付いている指輪だ。下手をすると、宝石だけ売り飛ばされる可能性だってある。

「わかっています。だからこそ、受け継がせる子孫を選ぶ必要があります」

子孫の中で最も使命を理解し、確実に守ってくれる人へ受け継がなければならない。いかに情の深いセピラといえど、そこを譲歩することはできない。そうでなければトゥリニセッテが危機に陥るのだ。

「初代となる方の魂は死後、選定の役割を担うため、石に留め置かれます」
「魂を留める?では、死んだらずっと、その中に閉じ込められるのか?」
「そういうことに、なります」

この願いを聞き入れたら、神の御許へ行くことはできない。未来永劫、指輪の中に閉じ込められ、指輪を受け継ぐ子孫を選び続けることになる。

「それは、あなたが言った人柱と、どう違うというのです」

あまりに酷な条件に、クレアは思わず批判めいた声を上げた。セピラも非道なことだと分かっていたのだろう、弾劾を恐れるように俯いた。
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