赤毛の少年
ワルツを踊りながら、ペポリ伯爵は別室に居る娘を思った。上司に預けられた、偽りの娘。愛する人のために身を張る、哀れな娘。彼女はこれから十年間を『準備期間』と考えて行動している。しかし、伯爵の上司たるチェッカーフェイスは違う。彼はこの期間を、彼女を見定めるための時間と考えている。
ジョットの育成を任せるに足る者か。指輪の『箱』となるに相応しい者か。これから何百年、何千年と指輪を守り続ける覚悟があるか。それらを推し量るための試練が、じきに始まる。
しかし、彼女は自らに試練が課されていることさえ知らない。知らない状態で、彼女は試練に合格しなければならない。彼女が本当に、『ジョットに必要なもの』を見つけて、拾い集められるか。それが、合否を握るカギとなる。



ゲームが進むにつれて、赤毛の少年は徐々に追い込まれている事に気付いた。策を弄して反撃しようとしても、勝ち目が全く見えないのだ。彼は今まで一度も、チェスで負けたことはなかった。劣勢になったことさえなかった。トスカーナ公国で一番強いのは自分だと自負していた。

「チェックメイト」

クイーンを置く音が、カツンと鋭く響く。盤上をいくら見返しても、彼の敗北は覆らなかった。

「ウソだろ……トスカーナで俺に勝てる奴なんて」
「私はクレア、ペポリ伯爵の一人娘よ。噂は聞いているのでしょう」
「修道院から戻ったってやつか」
「ええ。だから、ここに来るのは初めて」

少しナポリ訛りの混じった口語で名乗り、彼女は立ちあがった。コーヒー色のリボンがよく映える、優しいベージュ色のドレス。決して派手ではないのに、洗練されていてとても上品だ。他の子たちの、色彩こそ派手だが斬新さのないドレスとはまるで違う。

「名前を聞いてもいい?」
「あ、……俺は、グリエルモ」

家名も共に名乗るべきなのに、彼は言いたくなさげに口を噤んだ。貴族の出であることは間違いないのに、己の家に誇りを持てないらしい。

「グリエルモ、貴方……」
「うるさい!勝ったからって良い気になるんじゃねーよ!」

グリエルモは机を両手で叩き、目に涙を浮かべて睨みつけた。彼は誇れもしない家名より、チェスの腕を大切にしてきた。それを、突然やってきたやつに完膚なきまでに砕かれたのだ。グリエルモは苛立ち任せにチェス盤をひっくり返し、他の部屋へと逃げた。

「大丈夫、クレア?」

ガシャンと大きな音がしたため、部屋に居た子たちが集まってくる。散らばった駒を拾いながら、クレアはため息をついた。

「大丈夫。でも、あの子の世界は少し狭すぎるわね」
「ああ、グリエルモ?あの子とは関わらない方が良いよ」

雀斑のある女の子が、少し小馬鹿にしたような口調でそう言った。周りの女の子達も頷いており、彼の評判がいかに良くないかがわかる。彼に近づいても、これといって得はなさそうだ。
しかし、彼のチェスゲームは戦術的で面白く、軍師としての才を感じさせる。もし彼のコンプレックスを取り除き、真っ直ぐに成長させられれば、有用な人材になるかもしれない。

「彼はどの家の子なの?」
「どの家って言うか……トスカーナ大公様の庶子なの」
「母は大公様の愛妾の、踊り子のリディア・ライモンディ様よ」

口々に伝えられた情報で、彼が家名を言えない理由がわかる。この場に居るのは、貴族の嫡子ばかりだ。王家の血を引くとはいえ、愛人の子である自分を恥じたのだろう。

「ほら、あちらに居らっしゃるのが嫡子の方々よ」
「グリエルモの、母親違いの兄妹。素敵でしょう」

子供達が指差す先には、皆より際立って豪華な服を着た子供達がいた。王族らしい尊大さを前面に押し出し、お気に入りの者達を囲って話をしている。招かれざる者は近寄りがたいらしく、彼らの傍に群らがる子はいない。恐らく、グリエルモは彼らの中には入れないのだろう。
彼を案じて追いかける人もいなかったから、仲は悪いようだ。遠くから眺めていると、一人の少女と目があった。年のころは十代前半くらいの、じきに大人の仲間入りしそうな少女だ。クレアと目が合った途端、凄まじい形相で睨んでくる。

「ビアンカさまが怒ってるわ。どうされたのかしら」
「きっと煩くしてしまったんだわ。別の部屋へ移りましょう」
「ねえクレアさん、あちらで一緒にお話ししましょう」
「ナポリからいらしたんでしょう?あちらはどんな所なの?」

ついてくるよう促され、クレアは彼女達と共に隣の部屋へ移った。机を囲うように置かれたソファに、めいめいが腰を下ろす。机の上には軽くつまめるお菓子があり、すぐさま飲み物も運ばれてきた。

「修道院での暮らしはどうだった?」
「きっと退屈でしょうね。食べ物とか質素でつまらなかったでしょう」

新参者が珍しいのだろう、矢継ぎ早に質問が飛んでくる。それらに答えながら、クレアはグリエルモのことを考えていた。王族の庶子。嫡子には劣るが、その血縁を使えば有力者に近づけるだろう。夕食の後にでも、彼を探してみよう。機嫌を悪くした事を詫びて、仲良くなろう。そう心に決めて、今は彼女達の仲間入りをするために話に花を咲かせた。


***
グリエルモ(王家の血筋)→未来のG
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