引き裂かれる今
「それは、私達でなければいけないのですか」

俯く少女に、クレアは問い掛けた。先の見えぬやりとりに不安を覚え、声が震えて懇願めいて響いた。

「……貴方達でなければなりません。それも貴方達のどちらか一人です」



「それは別に構わない。俺と彼女は、双子に生まれるんだろう?」

何の気なしにかけた問いに、セピラの表情が強張る。言葉を無くして閉ざされた口元に、クレアは不吉の色を読み取った。

「指輪の人柱になるのはどちらか一人と、貴女は言ったわね。ではもう一人は?」

問い掛けた声は、平静を装ったつもりでも悲しく震えた。運命に対する恐れではなく、予想される理不尽さに対する怒りの為に。

「貴方達は確かに、双子として生まれる予定でした」

セピラは過去形で語った。それは暗に、もう双子としての未来は無いことを示している。

「どうして?」

主語のない問いが、クレアの唇から零れ落ちた。どうして、平穏を奪う。双子としての未来を奪う。ジョットと共にある未来を奪う。どうして。

「私は大それたことは何も望んでいないわ。ただ愛する人と一緒に居たいだけ。それがどうして許されないの?」

どうして、貴方達は――運命は、時は全てを奪うのか。国と王と民の為に尽くす日々も。ジョットと共にある来世も。クレアが望んだもの全てを、どうして奪い去っていくのか。

「……それが、必然なのです」

セピラの答えは残酷にして、怒りを喪失させるほど絶対的だった。クレアかジョットのどちらかが、指輪の初代所持者とならなければいけない。そして、受け取らなかった方は別の運命のもとに転生される。
いまここで拒否した所で、双子として生まれることは叶わない。きっと、セピラがこの世界に降り立った時にはもう手遅れだったのだ。あるいは、ジョット達が天国ではなくこの世界に来た時から。
この世界は二人を双子として生まれさせるためのものではなかった。再び二人を引き裂くまでの、束の間の平穏を与える箱庭だったのだ。この手を離してしまったら、全てが終わってしまう。どちらを選んだとしても、ジョットと一緒ではない人生に希望などありはしない。

「ジョット」
「クレア」

呼びかけると、ジョットもまた同じように応えてくれる。けれど、彼の声を聞くのもこれが最後と思うと、深い悲しみが溢れてくる。

「嫌です。貴方が居ない未来なんて、要らない……っ」

一人で生まれる未来を想像し、クレアは声を震わせた。そんな世界はきっと、寂しくて恐ろしくて、生きてなんかいられない。たとえ全ての記憶をなくそうと、この魂に刻まれた絶望までは消し去れない。理由のない、しかし絶対的な絶望は、自らの首を絞めるだろう。

「私もだ。君が傍に居ない来世なんて、要らない」

ジョットにとって、初めて会った時からクレアはただ一人の運命の人だ。彼女を手放した先に、幸せな未来などありはしない。彼女と一緒に居られないのならば、指輪の人柱となることも受け入れられない。ジョットはクレアを抱き寄せ、セピラを睨みつけた。

「私もクレアも、そんな指輪は受け取らない。帰ってくれ」
「では、貴方達は世界が滅んでもいいとおっしゃるのですか」
「それは……」

前世の記憶はもう殆ど残っていない。けれど、愛していたことを覚えている。豊かな農地、気性の優しい牧畜、貧しくも気立てのいい農民達。その全てが失われる事態を看過することも、ジョットにはできない。彼は貴族であり、貴族でなくなるということは彼でなくなるということだ。

「……クレア。覚えているか、私達が出会った日を」
「ジョット?」
「あの時、私達は両親の思惑の元に引き合わされた。偶然ではなかったんだ」

ジョットの横顔を見て、クレアは息を呑んだ。彼の表情に見覚えがあった――暴徒が町を襲ったと聞いて、馬に飛び乗った時と同じ顔だ。覚悟を決めて、己の運命に立ち向かおうとしている。クレアを置いて、どこか遠くへ行こうとしているのだ。

「いけません、ジョット。一緒でないだけでも耐えがたいのに、貴方が人柱になるなんて!」
「お前を人柱にするわけにはいかない」
「いいえ!私がなります。貴方にこれ以上の重荷を背負わせてなるものですか」
「私も、お前にそんな惨い運命を背負わせたくない。わかってくれ」
「嫌です!」

聞きわけのないクレアの頬を、ジョットの手が包む。そうされれば嫌と言えなくなるのがわかっているのだ。

「わかってくれ。お前は記憶がなくたって、俺を愛してくれるだろう」
「貴方だってそうではないの?記憶がなければ、私を愛してはくれないの」
「もちろん同じだ。けれど、お前は私なしでは生きていけないだろう。子孫さえ作らないはずだ」

ジョットの言わんとすることを察し、クレアは顔をくしゃくしゃに歪めた。

「ああ、なんて卑怯なことを言うの。貴方も、彼女も卑怯だわ」

確かに、ジョットがいなければ生きていけないし、彼以外の人と結婚する気も無い。クレアが指輪を引き受けても、それを継ぐ子供は生まれないのだ。

「私は記憶をなくすのよ。貴方を探したいとさえ、思えなくなるのよ」
「だったら、私が君を探すさ。それに、私の事を忘れたら、君はまた違う幸せを見つけるかもしれない」

いいえ、そんな事はないと貴方も知っているのに。どうしてそんな酷い事を言うのだろう。クレアは唇を震わせ、涙で頬を濡らした。

「君の幸せを願っている、クレア」
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