狩りの号令
葬送の鐘を遠くに聞きながら、ザンザスは自邸の庭で東屋の天井を見上げていた。周りには、ここ三週間分の新聞が散らばっている。彼が必要だと言うので、ルッスーリアがイタリア中から集めたものだ。
ハリエニシダの茂みで破れた紙を手に取り、ルッスーリアはボスの顔色を窺った。エストラーネオ討伐はこの上ないくらい順調なのに、機嫌は良くなさそうだ。張り合いがなくて腹を立てたのか、それとも気に障ることが他にあるのか。深謀遠慮なるボスの心中を推し量ることなどできないので、ルッスーリアはただ窺うだけに留める。

「やあねぇ、またどこかのバカがやってるわ」

空を見上げ、ルッスーリアは溜息をついた。爆発の名残だろう黒煙が、空に薄く棚引いている。こんな物騒な空模様では、せっかくの秋晴れが台無しだ。殺し方などいくらでも選べるのに、最も醜いやり方を選ぶのだからセンスのなさがよくわかる。

「ほんと、嫌になっちゃう。なんでこんな事になってるのかしら」

平穏な朝に銃声が鳴り響き、真昼の往来で爆弾が黒煙を上げる。夜道を歩いた観光客が、朝になって死体で発見される。政治家が殺され、法律家が行方不明になり、裁判官が辞職する。
まるで、マフィアとの戦いに明け暮れた四十年前みたいだ。違うのは、表の社会だけでなく、マフィアの側も相当に混乱していることだろう。なにせ、ここ一連の抗争は、戦いたくないのに戦う羽目になったケースがやたらに多いのだ。

戦うまいと諸手を挙げれば、どこかに攻め込まれる。争うまいと休戦協定を結んだら、どちらか片方が必ず裏切る。しかも、裏切られた方が報復すると、決まって先に裏切った者が怒るのだ。我々は裏切っていない、裏切ったのはお前たちだと。
まるで、何者かが裏切ったように誤解させたかのようだ。幻術を使えば有り得る話だが、何件かでは幻術使いも被害に遭っている。天賦の才ゆえ技量に差があるとはいえ、同業者の技にそう易々と欺かれるものだろうか。

一応、表社会とのバランスをうまく保つため、大ファミリーは下部組織に自粛するよう要請している。しかし、いくら命令しても、戦火が収まる気配はない。なぜ戦うことになったのか、誰も――抗争の当事者でさえも――判っていないからだ。いくら戦わないようにと言ったところで、何の効果も無い。

ルッスーリアは破れた新聞を手放し、脇に抱えていたフォルダを開いた。このところの騒乱で劣勢になった下部組織からの、救援要請を纏めたものだ。
エストラーネオ討伐を始めてから三週間、上層部からザンザスへの連絡が明らかに増えた。それも、今までの慇懃な諫言とは打って変わって、媚び諂いも露わな賛辞の言葉が次々と届く。

ザンザスが後継者に確定したと判断し、一斉に旗色を変えたようだ。いずれそうなると確信していても、この手のひら返しは歓迎したくない。ルッスーリアでさえそう思うのだから、ザンザスはさぞ不愉快に感じていることだろう。

「ねぇ、ボス。下部組織から、救援要請が来てるのだけれど」
「捨て置け」
「そうよねぇ、ボスは忙しいものね。断っておくわ」

ルッスーリアが母屋に帰っていくのを目端で確認し、ザンザスは周りに散らせた新聞をかき集めた。いくら情報を集めても、ここ最近の抗争に関連性を見いだせない。イタリア全土で勃発している抗争は、どれも規模は大きくない。それなりの人数は死ぬが、街が荒廃するほどのものではない。何もない時なら、散発的なものとして片付けられそうなレベルだ。

主な構図は新興と古参の対立だが、かといって同じ陣営の者が協力し合っているわけでもない。それに、新興同士や古参同士の争いも、少ないながらも無いわけではない。無差別かつ無秩序な争いが、イタリア全土で行われている。その全てに意味を見いだせるのは、争いを手引きする黒幕だけだろう。

黒幕について考えると、直感的に妹の顔が浮かぶ。前に会った時、彼女は守るべき『十』を誰かに奪われるかもしれないと言っていた。今のこの争乱は全て、『十』を奪う者と、奪われまいとする者の戦いなのかもしれない。
彼女は、『十』を奪われたら、『百』を奪うとも言っていた。それが掛け値なしの本気ならば、今以上の争乱がイタリアの大地を焼くことになる。

そうなったら、大ボンゴレとてただでは済まないはずだ。九代目がどうなろうと知ったことではないが、ボンゴレに傷が付くのは看過できない。一度は問い質した方がいいのかもしれない。そう考えたところで、ザンザスは嘆息した。
クレアが聞かせてくれた、電話のメッセージの謎が残っている。あれは、クレアがザンザスにだけ与えてくれた、現状を読み解くためのヒントだ。その意味を解き明かさない限り、何も教えてはくれないだろう。

しかし、聖書を読み直しても、解釈を調べても、何も分からなかった。ここ最近の抗争と絡めて考えても、特にこれといって超直感にピンと来るものがない。超直感が反応しないということは、調べるものが違うのだろう。しかし、宗教でないならば、一体何を調べればいいのか。
ザンザスは母屋から戻って来たルッスーリアに気付き、行き詰った考えを脇にどけた。超直感が、彼……彼女から厄介な事案を察知したからだ。

「それはなんだ」
「これ?レヴィから、ちょっと気になる報告が上がってきたの」

ルッスーリアは書類を差し出したが、ザンザスは受け取らずに目顔で続きを促した。レヴィの書類は詳細で漏れがないが、緻密すぎて全貌を理解するには時間がかかる。内容を大まかに知るだけなら、要約で十分だ。対応が必要になったら目を通し、詳細を把握ればいい。

「エストラーネオの施設が二つ、突入する前に破壊されていたらしいの。所員は皆殺しにされていて、研究データや試作品がゴッソリ盗まれていたんですって」
「監視カメラは」
「確認したけど、何も映ってないそうよ。ただ、室内なのに霧が掛かってるみたいに不鮮明な時があるって……」

言いさして、ルッスーリアはハッと息を呑んだ。ここ最近の抗争に影が見える術師と、エストラーネオの霧に共通点を見出しかけたのだ。しかし、すぐに違うことに気付き、期待は溜息へと変わる。
前者はあまりに巧妙だが、後者は映像が荒くなるほど稚拙だ。技術としては、天と地ほども差がある。ザンザスもすぐに気付いたらしく、小馬鹿にしたような笑みがその口元に浮かんでいる。

「カスどもを集めろ。幻術を見破れなくとも、猟犬ぐらいには使えるだろう」
「どこに追いこんだらいいかしら」
「どこでも良いが、そうだな……」

シチリアは火の海だ。どこでドンパチしたところで、咎める者などありはしない。たとえ往来で戦ったとて、皆が流れ弾を覚悟で歩いているのだから問題はない。
ザンザスは少し悩み、かつて九代目に連れて行かれた教会を思いだした。荘厳で権威的な内装と、世界遺産とは思えぬほど毀れた外装の、実に滑稽なまでのちぐはぐさをよく覚えている。

「マルトラーナだ。俺の獲物に手を出したドカスを裁くには、似合いだろう」
「慈悲も何もないわね、素敵よボス」

そう言いながらも、ルッスーリアは馬鹿な三流術師を大いに哀れんだ。必死の思いで逃げ、救いを求めて教会の扉を叩いたのに、そこには神ではなく凶悪な処刑人が待っているのだ。

開廷前から死刑確定、弁論の余地なく焼き殺される。きっと、魔女裁判に掛けられて殺された術者達と同じように、大いに神を呪うことだろう。もっとも、哀れんだからといって、助けてやろうなどという気は微塵もない。それはそれ、これはこれだ。

「クレアちゃんの誕生日パーティーまでには、片付けたいわねぇ」
「ああ、そういえば」

ボロボロの状態で招待状を持って来た『晴』の姿が思い浮かび、ザンザスはふと首を傾げた。最近の報告で、クレアの傍には『雷』が付いていると聞いている。『晴』は休暇を取って、田舎の母に会いに行ったらしい。

「『晴』の奴はパーティーまでに戻るのか?」
「さあ、わからないわ。最近、『雲』並みに姿が見えないんですって」

太陽が雲隠れとは妙な話だ。晴の守護者に選ばれる人物は大抵、正々堂々と正面から物事を進めるのが好きだ。雲や霧と違って、性格的にこそこそ何かをするのは向いていない。
もし、性に合わぬ行動をする必要があるとしたら。それを頼んだのは、きっと『晴』ではない。もっと狡猾で、策を弄するに長けた人物のはずだ。

九代目か、クレアか。どちらにしろ、動向を調べた方が良いだろう。三流術師を捕まえた後にでも、足取りを追わせよう。そう結論付けて、ザンザスは集めた資料を全てゴミ箱へ突っ込んだ。
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