カラスの頭
帰途の安全性が確保されるまで、クレアの身柄は一先ずザンザスに保護されることになった。
ザンザスが率いて来たファミリーでは、パレルモまでのルートを確保できなかったからだ。

そのファミリーはボンゴレ内では中堅クラスの組織で、パレルモ近郊に領地を持っている。しかし、パレルモ市内に居を持つことは許されておらず、本部との繋がりも決して強固ではない。

その程度のファミリーしか、ザンザスには任されていないのだ。
彼の実力を鑑みれば、若さを差し引いても、もう少し上のファミリーを与えられても良いはずなのに。
ボンゴレ内部には、そうするべきという意見は多い。しかし、九代目がそれを許さない限り、現実にはならない。

年寄りにとって若者が手に負えない獣であるように、若者にとって年寄りは逆らいにくく忌々しい天上である。
中年になると天井が無くなり、人生を大いに楽しむことができる。しかし、気付けば自身が天井となり、若者を抑圧する側になっているのだ。

それでも、大体の若者には、将来に自由が約束されている。しかし、九代目が死んでも、ザンザスが権力を握る日は来ない。
継承式でボンゴレリングを嵌めた時、その資格がないことを知るだけだ。

それまでの間、彼は飼殺しにされる。不当な評価に苛立ち、絶望しかない未来を夢見て、耐えて。そして、赤っ恥をかいた末に、裏社会の隅へと追いやられる。

怒りにかられて反旗を翻し、殺されるか。或いは、絶望して自ら首を括るか。どちらにせよ、彼の行く末には死しかない。
そんな馬鹿な話があるだろうか。あっていいはずがない。

九代目はきっと、息子可愛さで何も見えていない。しかし、クレアには見えている。どんなに心乱れようと、クレアには決して失われない冷静な部分が在るからだ。

それ故に、クレアは今回の一件を機に考えを検めた。ザンザスの居場所をボンゴレに残す術を考え、一つの結論を出した。

それは絶対に許されない裏切りであり、誰もが顔を顰めるほど残酷なものだった。しかし、どれほど考えても、それしかなかったのだ。
多くを諦めることになるが、それでも構わない。

「私は、私が有する権限において、後継者候補に試練を課した。それを覆す権限は、当代のボスにもないのよ」
「『姫』、では」

驚く『晴』に、クレアは微笑みを浮かべた。百年も昔から作ることに慣れた、いかにも貴族の娘らしい微笑みを。

「帰りましょう。此処にはもう、我々にできることは何もないわ」

戸口にザンザスの部下を見とめ、クレアは机の上の書類を手に取った。一枚は『晴』に、もう一枚はその部下に差し出す。

どちらも内容は同じ、『姫』の権限においてザンザスに試練を課したというものだ。『箱』の炎は死炎印を捺せないので、代わりにクレア個人の印章を捺してある。

「もし文句を言う者が居たら、それを示しなさい」
「これを見せても、まだ言ってきたら?」
「殺してしまって構わないわ」

あっさりと切り捨てるとは思わなかったのだろう。眼鏡の奥で、彼の目が丸くなるのが見えた。見た目はゴツいマッチョだと言うのに、存外かわいらしいところのある人だ。
その鼻先で人差し指を振りながら、クレアはしたり顔で訊ねた。

「継承のための措置を阻むということは、ファミリーの存続を望まないということ。反逆の意思を示した人を生かす価値が、どこにあって?」



続々と届くエストラ―ネオの情報をよそに、ザンザスは別のことを考えていた。邸に連れてきてすぐにクレアがかけた電話のことだ。
手の動きを見ていたから、電話番号は大凡見当が付いている。しかし、調べたとしても彼女の秘密に到達することはないだろう。

マフィアに支配されたこの国には、追跡されない連絡手段など無い。国境をまたぐようにして複数の中継点を設け、時間を稼ぐくらいが関の山だ。どれだけ工夫しても、最後には経由した場所全てを暴かれる。

しかし、時間さえあれば、メッセージの内容を隠し、受信者の身の安全を図るくらいはできる。クレアの抜け目なさを考えれば、優秀なボンゴレ構成員でも連絡先を拿捕するのは困難だろう。

そもそも、ザンザスが考えるべきなのは、クレアの手駒の正体ではない。彼女がわざと聞かせてくれた、メッセージの意味の方だ。

ミカエルに祈れ。これは大天使聖ミカエルへの祈りを示唆するものだ。典礼書の祓魔には含まれていないが、一般的には悪魔祓いによく使われる。
単純に、魔の手に警戒せよということか。それとも、悪魔には別の意味――たとえば敵の所属する組織の名前など――があるのか。

二つ目のメッセージはより難解だ。キリストの弟を守りなさいと言ったが、それは誰を暗示する鍵なのか判らないのだ。

キリストにはヤコブ、ヨセフ、シモン、ユダの四人の兄弟がいたとされている。
教派によって解釈は異なるが、キリストの弟という表現に当て嵌まるのはこの四人だけだ。
その中で弾圧され、処刑されたのはヤコブ、シメオン、ユダの三人だ。情報が確かでないユダを除いてもいいのならば、二人に絞ることができる。

そのどちらか、あるいは両方が『守るべき十』の正体を知る鍵になる。彼らの没した地、布教した民族、出身地、関係する聖者。キリストの兄弟という言葉に別の意味を見出すことも可能だ。

古代ユダヤの言葉では、兄弟と従兄弟は同じ言葉で表わされるからだ。もし従兄弟だとしたら、それは誰の従兄弟なのだろう。
クレアとザンザスに従兄弟は居るが、彼らを示しているとは思えない。

彼女の彼らに対する態度は冷淡だと聞いている。私兵を動かしてまで守りたい相手なら、もっと親密に接するはずだ。

従兄弟でないとすると、可能性の幅は無限に広がる。聖者が由来となった名前など、キリスト教圏内なら石を投げれば当たるくらい居る。
とてもではないが、一朝一夕に辿りつけるものではない。

「ボス、『姫』から書類を預かったのだけど」
「玄関にでも貼っておけ」

ルッスーリアが持ってきた書類の内容は、察しがついている。玄関に貼れば、いちゃもんを付けに来たやつを相手にしなくていい。
今は考えても分からない暗号より、課せられた課題を片付けるべきだ。

頭の固いジジイ共に実力を見せつける好機だ。存分に暴れて、過小評価する連中の目を開かせてやろう。
初手のターゲットを選ぶため、ザンザスは積まれた書類に手を伸ばした。
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