象徴するもの
『晴』によって本部まで移送されたクレアは、その足で会議室へ行くよう促された。ボンゴレ上層部の者が、説明を求めて待っているのだと言う。

「ちょっと待ちなさい」

断りを入れて、クレアは『箱』の炎を展開させた。大きめの長持となったそれを開け、黒いコートを取り出した。
赤い房飾りと金鎖の装飾、両の胸元を飾る数多の勲章。一目見て、『晴』にはそれが初代のマントであることを察した。

『姫』として人前に出る時、彼女は必ず初代のマントを身につける。後継者を選定するのはリングに宿る初代の意思であり、自らはその意向を受けて動く者であると示すためだ。

本来ならば厳重に管理されるべき宝が、無造作に翻される。風をはらんで踊った裾が床に落ちようとしているのを見て、『晴』は思わず手を伸ばした。

「『姫』!な、なんという扱いを……っ」
「心配しなくても、引きずって歩いても痛んだりしないわ」
「私が、見ていられないです!」

クレアとて、引きずりたいわけではない。しかし、余った部分を纏めて持っていると、武器を隠し持っているのではと警戒されてしまう。

丈を短くしようにも、このマントは特殊素材でできているので刃が立たない。肌触りは柔らかいが、実は死ぬ気の炎を弾くほど硬いのだ。
床を擦ったくらいでは痛まないし、むしろ大理石の床の方が削れてしまう。

マントが痛まないなら、引きずってもいいだろう。あとで埃を落とし、きれいに洗って手入れすればよいのだから。
持ってくれる人がいないから、クレアは仕方なくそうしてきた。

「そのまま持っていてくれるなら、嬉しいけれど……」
「ええ、ぜひそうさせてください」

ボンゴレの宝が無造作に使われているのを見ているくらいなら、ベールボーイになった方がましだ。
『晴』はマントの裾を支えて、クレアの後を歩いた。

会議室に入ると、円卓を囲む者達が一斉に口をつぐんだ。名だたるマフィアがずらりと――普段はものぐさで滅多に顔を出さない老人さえ――揃っている。

エストラ―ネオの処遇について、本来決定を下すべきは自分達だと言う自負。そして、その権利をたった五歳の子供に蔑にされた怒り。
仕事と、権利と、義務。絶対的な父権制に支配されたマフィア社会の重鎮たちにとって、それらは不可侵のものなのだ。

『晴』は天を仰ぎ、顔を手で覆うとした。しかし、マントで両手が塞がっており、天井を眺めるくらいしかできなかった。
クレアは露とも怯えず、召喚された証人よろしく円卓の切れ間に立った。その背後に、所在なくマントの裾を持つ『晴』を従えて。

「やれやれ、やっと『姫』が来られましたな」
「全く、お姫様というのは呑気でいけませんな。我々が一秒たりとも無駄にせぬようあくせく働いておるというのに」
「女性というのは支度に時間がかかるものですからな」

明らかな女性蔑視の言葉が、ざわめきとなって立ち上る。西洋ではフェミニズムが浸透していると言うが、あれは明らかな嘘だ。男が女性の権利を見とめるのは、男性の権利が侵害されない時においてのみである。

ことマフィアの社会では、マスキュリズムが浩然と罷り通っている。女性とは守られる存在であるのだから、従順に従っていれば良いというのが彼らの言い分だ。
中世の騎士から爪の垢をもらえるのなら、ぜひとも煎じて飲ませてやりたいところだ。

「ああ、まったくカラスの鳴き声のうるさいことと言ったら」

とびっきりの嫌味を利かせた言葉が、五歳の唇から放たれる。ざわめきがぴたりと止んだが、肌を刺すような殺気が室内の温度をマイナスまで下げたように感じる。
ただでさえ燃えている火に油を注ぐ所業に、守護者の面々はぞっとした。

ボスの娘と言っても、女である限りその立場は弱い。それに、『箱』は今まで何度も無造作に殺されてきたのだ。殺してしまっても構わんのだろうと思う者が居てもおかしくはない。
これ以上、彼らの神経を逆立てると面倒なことになる。嵐と雨が視線でそう訴えているが、『姫』はどこ吹く風でまた口を開いた。

「私はとっても疲れていますの。愚痴を聞かせたいだけなら、お暇してもよろしいかしら」

にっこりと、それはもう恐ろしいほど完ぺきな笑みを浮かべて、そう吐き捨てる。これほどの不倶戴天がこの世に在ろうかという挑発だ。
九代目と守護者に次ぐ重鎮の一人が、握りこぶしで机を叩く。雷鳴を思わせるけたたましい音がして、その場の誰もが顔を顰めた。

「なんという態度だ!越権行為を詫びる機会を与えてやったというのに、帰るだと?ふざけるな!」
「越権行為をしているのは、貴方達よ。私ではないわ」
「何を……我々がどこと戦争をするか、貴様に決める権利はない!」
「私は、私の権限を行使したと言ったのよ、カリーノア」

それまで鳥のように軽やかだった声調が、凍てついた冬の水を思わせるほど冷やかになる。隠しもしない侮蔑と嫌悪が、憤怒と手を携えて凛と響き渡った。

その声を聞いて初めて、円卓を囲む重鎮たちは彼女の方を見た。それまでは、この不愉快な存在を目に映すものかと頑なに見向きもしなかった。

彼女の容貌が輝かんばかりに美しいことは皆が知っていた。しかし、その顔が毒気と魔性を宿した時、老獪な魔女のように見えることは知らなかった。
闇を湛えた瞳は無知を見通すがごとく、ぞっとするほど怜悧な光を彼らに向けていた。

深雪の冬の日のように、耳に痛いくらいの沈黙がその場に落ちる。この瞬間、ボンゴレの上層部は初めて、『姫』と呼ばれる存在と相対した。
それは伝承の通り、豪胆で賢く、底知れぬ憎悪と憤怒を腹に飼った、冷酷で恐ろしい化物だったのだ。

「私には、継承問題に関する諸事を取り仕切る権限が在る。それは貴方達も、もちろん知っているのでしょうね」

反論を許さず、理解度の低さを丁寧に詰る言葉遣い。それは昔ながらの貴族の言い回しで、成り上がり根性の抜けないマフィオーゾの男達を容赦なく打ちのめす。

ボンゴレがどこを潰すかを決めるのは、上層部に位置する者の特権だ。それを無視して、勝手にエストラ―ネオの討伐とその将を決めた物を、罰してやろう。
そんなふうに息巻いていた面々は今や勢いを失い、マンマやグランマを前にしている時のように首を竦めている。

「この問題はもう貴方達の手にはない。私がそう決めたのですからね」
「それは、つまり、貴女は」
「さあ?お好きに解釈なされば結構」

しどろもどろと問いかける彼を一蹴し、クレアは『晴』に一瞥をくれた。彼は裾を握ったまま、猛者どもが簡単に転がされたことに驚いている。
マントを軽く引っ張って注意を求め、クレアはさっさと扉へ向かった。こんな馬鹿馬鹿しい会合に出るほど暇ではない。

「そうそう、越権行為のことだけど」

ちょうど敷居の上で、クレアは肩越しに振りかえってそう言った。自分達が彼女に向けた以上の憎悪と憤怒を感じ、大の男達は体を強張らせた。
他者の権利を侵害することが、マフィアの世界で何を意味するか。それがエストラ―ネオの末路よりも陰惨な結末だと、誰もが知っている。

『姫』が何に心血を注ぎ、冷酷になるかなど聞くまでもない。灯を育てるのに必要と判断すれば、彼女は何でも薪として使うだろう。
エストラ―ネオをそうしたように、ボンゴレの上層部で重鎮として踏ん反り返っている男の命さえも。

「私は貴方達と違って寛大だから、一度は許してあげましょう。でも、二度はないと心得てちょうだいね」
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