報復の約束
巨大な黒い箱が、瓦礫の中から出てきた。そう報告が上がった時、それまで退屈そうに煙草を吹かしていたザンザスが立ち上がった。

彼は躊躇いなく箱に近付き、そして呼びかけた。膝をついて、宥めるように手を添えて。
ルッスーリアはその姿を遠巻きに見つめ、微笑ましく思った。

ザンザスは頭角を表すとともに尊大に――その若さを思えばふてぶてしくなった。
年嵩のマフィオーゾは勿論、ボンゴレファミリーの大ボスである父にさえ、最低限の礼儀さえ示そうとしない。

その彼が、目線を合わせようと膝を折った。別にそうする必要があったわけでもないのに。
無意識に、ごく自然に、膝を折ったのだ。そこにあるのは敬意か、優しさか。

「どっちにしても、面白そうねぇ」

ルッスーリアは俄かに、ザンザスの首にかじりついた娘に興味を覚えた。




「ねえ、兄様。マフィアは強き男、民に加護厚き者。そうでしょう」
「そうだ」
「化学実験のモルモットにされていたのよ、この子達。罪のない民間人なのに。可哀相でしょう」

しゃくりあげそうになるのを堪えながら、クレアはどうにか説明した。
それでも聞きづらいだろうに、ザンザスは何も言わずに聞いてくれる。

「ボンゴレが真にマフィアなら、ボンゴレは彼らを庇護しなければならないわ」

マフィアの覇権は民間人からの支持あってのものだ。
逆らう者には容赦してはならないが、従順に従う民間人には加護を与えなければいけない。

非のない弱者を徒に虐げることは、マフィアそのものの存在を脅かす愚行だ。
もしエストラーネオがその愚行を働いたのならば、マフィア界が罰しなければいけない。

「そして、彼らを不当に虐げた者に制裁を与えなければいけない。そうでしょう、兄様」

クレアの言わんとすることを理解し、ザンザスは口角を吊り上げた。
つまりは、子供達をだしにして、エストラ―ネオを血祭りにあげよというわけだ。

「安心するがいい。ボンゴレボスの息子であるこの俺が、血の報復を約束してやろう」

そう宣言すると、クレアはぱっと花が綻ぶように笑んだ。それはちょうど、忠実なる騎士が命を聞きいれたことを喜ぶ姫君のように無邪気で。

あるいは、次の戦いのために今の戦いを終わらせたいと望み、最も有効的な方法を得た軍師のように。
血染めのバラのような微笑みは、背筋が粟立つほどに冷酷だった。

紛うこと無き『姫』の表情に、ザンザスは眉を寄せた。
敏いのも問題だ。聞かねばならないことと、聞いてはならないことがすぐに分かってしまうから。

「ルッスーリア」
「はいはーい!任せて、ボス!」

ザンザスの意を汲み、ルッスーリアは場を引き継ぐべく駆けつけた。ついでに、周辺を調べていた女性構成員の一人を連れて行く。

子供達は周囲のマフィアにあからさまに怯えていた。ガタイのいい男より女性の方が、彼らも安心するだろうという配慮だ。

彼らに場を任せ、ザンザスは踵を返した。構成員がわらわらいるところで出来る話ではない。
車に乗り込み、当然のように膝に座ったクレアを見下ろした。

「俺にこの件を任せて、お前は何をするつもりだ?」
「百年来の宿敵に、一を奪った報復に十を奪われそうなの。守れるかは分からないけど、守らないといけないわ」
「十を守れなければ?」
「報復に、百を奪う。できれば、回避したいことだけれど」

百を奪う方法を考え、クレアはあまりの悲しさに顔を覆った。
できれば、十を守って凌ぎたい。しかし、守れそうになければ、百を奪わねばならない。

「あのカス共は、テメェに何の用があった?」
「エストラ―ネオのこと?」

クレアは顔を上げ、ほんの一秒ほど答えに窮した。彼らがただの駒でしかないこと、真の敵がその背後に居ることを告げてもいいのだろうか。

ザンザスがデイモンに後れを取るとは思わないが、危険は少ない方がいい。

「彼らは、私の秘密に興味があったの。無理矢理に暴こうとしても、手に入らないのにね」
「……その秘密は、俺にも言えないことか」
「ええ。土の下に眠る者以外の、この世の誰にも言えないことよ」

ザンザスはさも不満げに眉を寄せた。頭の中では、彼女の立場なら仕方ないと理解はしている。
ただ、信頼されていないことがプライドに障ったのも仕方のないことなのだ。

「兄様になら、いつかお話できそうな気がするわ。今はまだ、だめだけれど」
「いつなら話せるんだ」
「そうね、……兄様が立派なマフィアの男になった時に、お話しするわ」

くすくすと笑い、クレアはにっこりと笑って見せた。
そして、運転手に聞こえないよう、ザンザスの耳元でそっと囁いた。毒のように甘く優しく、花の刺のように鋭く突き刺さる言葉を。

「敵を見誤ったでしょう。だから、今はまだダメなのよ」
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