生への渇望
手足が縮んで、忌々しいおしゃぶりを体に埋め込まれて。
自分の命が刻々と損なわれていることを、バイパーは実感した。

死にたくないと、生きたいと。生まれて初めて、彼は心の底からそう願った。
呪いを解く術はないか。本の体に戻る方法は。

彼は世界中を駆け回り、古来からの魔術や秘術を調べては試した。そして、それらが無駄だとわかると、科学に傾倒した。

科学は魔術と違って金がかかる。知識は勿論、人材や技術、設備も必要だ。
しかし、バイパーは資金しか持ち合わせておらず、何をするにも上手くいかなかった。

そんな時、困窮ぶりを見透かしたように、男が救いの手を差し伸べてきた。
初代霧の守護者にして、マフィアボンゴレの影の支配者だ。

彼はデイモン・スペードと名乗り、一つの可能性を示唆した。
ボンゴレの『姫』を使い、呪いから逃れる術を。

普通の人間は、輪廻の輪に戻った時点で個を失う。全てを忘れ、まっさらな魂となって転生するために。

しかし、『姫』は違う。記憶と人格を損なうことなく、輪廻転生を何十回と繰り返している。
彼女だけが、全てを失わずに転生する権利を持っているのだ。

もしも、その権利を彼女から奪い取るか、写し取れれば。今生を呪いに食い潰されようと、解放された新たな生を得られるかもしれないと。


「人は肉体の死によって死ぬのではない。真の死とは精神の死であり、魂が自己を保つ限り、人は死なない」

それまで操り人形だったアントニアが饒舌に話し始めた。
その大仰な仕草はスカラ座の俳優のようであり、やや道化めいている。

生き生きとした表情には、蛇のようなずる賢さや悪どさが滲み出ている。
マフィアの闇そのものの気配に、バイパーは本能的な恐怖を覚えた。

「輪廻転生!実に素晴らしいシステムです。ただ一点、魂がリセットされることを除いてですが」
「全くだね。君もそれがネックで、そんな有様なんだろう」
「ええ。私もただの人間、彼女のような免罪符は持ち合わせていない」

アントニアを通して話している者は、百年以上も昔に死んでいる。
但し、それは肉体の死であって、魂は一度も輪廻の輪に戻っていない。

彼は個を失うことを恐れ、禁術を用いてこの世に留まり続けている。
その在り方は人と呼ぶには歪み過ぎており、『箱』より化物じみている。

バイパーが彼と手を組んだのは、彼の持つ人脈や金が実験に必要だったからだ。
彼の野望は勿論、ボンゴレリングの『箱』がどうなろうと興味はない。

『箱』の記憶を写し取り、個を持ったまま輪廻転生できる権利を写し取る。
そのためだけに、エストラ―ネオを科学系マフィアに育てたのだ。

新興で苦労しているマフィアに目を付け、資産を注ぎ込み、技術と人材を集めた。
悪人さえ顔を顰めるような実験を重ね、技術の確立に十年もかけた。

そして、『箱』の出現を五年も待った末に、ようやく全ての努力が実ろうとしている。

「記憶のコピー、終わりました!」
「おや、随分と早い」

機械を操作していた科学者が、コピーした紙束を差し出す。
百年余りにおよぶ記憶を文章化したものの割に、厚みはあまりない。

ざっと目を通し、アントニアは眉を寄せた。何らかの工作を施されていたらしく、情報量が圧倒的に少ない。
文章も虫食いばかりで、誰が何をしたのかもわからない有様だ。

まともに読めるところは、死の直前から転生後の赤子時代までだ。
輪廻転生の仕組みはわかるが、彼が欲していた情報は一つもない。

「ヌフフフ……してやられましたね」
「なにか不手際でもあったのかい?」
「ええ。まったく厄介な女だ、自分の記憶を箱に隠すとは」

アントニアは紙束をグシャッと握り潰し、放り捨てた。求めていた情報がことごどく隠匿された記憶になど用はない。
ヒールで紙束をぐりぐりと踏み躙りながら、千載一遇の機会を逃した苛立ちを紛らわせる。

「輪廻転生のメカニズムの方はどうですか」
「現在、コピーした記憶を具象化しています」

科学者がガラスの向こうを指差した。手術台の隣、水槽のなかで黒々とした炎が燃えている。
それは目まぐるしく形を変えており、調整が難航しているのが見て取れる。

形が落ち着いた時、それは権利となるだろう。記憶と人格を持ったまま輪廻転生するための、地獄の通行証に。

「今度は別の姿で、お会いしましょう。成功したら、連絡をください」
「わかった。今度はぜひ、君の本来の姿で会いたいね」
「それは無理ですねぇ、私の体はとっくの昔に土に還ってしまいましたから」

アントニアから彼の魂が抜けだし、空へと駆けて行く。
抜け殻の体は打ち捨てられ、受け身も取らぬままドサッと床に倒れ伏した。

バイパーには、用済みになった女の体を慮る義理はない。
一瞥すら寄越さず、『箱』と入れ違いにつれて来られた実験台を観察する。

選ばれたのは、紺色の髪の少年だ。海の色を宿した目には、子供らしからぬ諦めがあった。

必死にもがいても勝てぬと悟って、死の運命に諾々と従おうとしている。
なぜそう簡単にあきらめられるのか、バイパーには理解できない。

この世には愉快なことが沢山あるのに、ただ煮え湯を飲まされて死ぬなんて冗談ではない。
何としてでも生き延びて勝ち組になりたいと思うべきだ。でなければ、生き物としてあまりにも弱すぎる。

もっとも、弱すぎるからこそ、ただ虐げられる立場に甘んじているのだろうけれど。
水槽の中では既に、黒い炎だったものが別の形に落ち着いていた。

「悪魔の目か。悪趣味だね」

血よりも鮮やかな紅の瞳が、丸い眼球の表面で笑っている。研究者たちは少年に麻酔を嗅がせ、手術内容を目の移植に切り替えた。
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