ワインは歩いて探せ
エストラ―ネオにおける諸事は、どれもボンゴレが命令したものではない。
全て、九代目の顔色を窺った傘下のファミリーがご機嫌伺いにしたことだ。

勿論、彼らは決して九代目の名を出さぬよう部下に徹底した。
そのため、エストラ―ネオは敵がボンゴレであることさえ掴めなかった。

フィデンツィオは知っていたが、あえて伝えなかった。
彼らには、もう少し粘って貰わないといけない事情があるからだ。

今度こそ、全ての過去を清算するために。彼女が準備を終える前に、こちらから打って出る。
そのための駒として、今まで大事に育ててきたのだ。

「さあ、始めましょう。我らのゲームを」



朝食を済ませた後、クレアは九代目に向けて手紙を認めた。
同じ屋根の下に居る親に手紙とは奇妙な話だが、多忙さに配慮するならこの方法が一番だ。

裁決のスピードは期待できないが、それほど急ぐ案件ではない。
ズッパイングレーゼは味が染み込むのを待つお菓子だから、むしろ時間に余裕がある方がいい。

「キッチンの準備ができましたよ、お嬢様」
「ありがとう。まずは、ワイナリーに行きましょう」

クレアはワインを収集物として扱うことに抵抗がある。
地元のワインを地元で消費するという文化を、常々好ましく思っているからだ。

しかし、クレアには地元の農家を訪れてワインを選ぶだけの自由がない。
城にワイナリーがあって、自分で選べるのだから、ワインの扱いには目を瞑るべきだろう。

「ワインでしたら、シェフが用意しましたが……」
「フランスワインね?パパの好きな、プロヴァンスの」
「ええ。ダメですか?」
「だめよ。イタリアのお菓子を作るのに、フランスワインなんて合わないわ」

ワインの風味はあらゆることに左右される。土壌の性質やブドウの種類は勿論、雨量や日射量、風量に影響される。

海から吹きつける風か、丘を撫でる風か、山から谷へ吹き下ろす風か。
保存する樽の木材でさえも、風味を簡単に変えてしまう。

同じ土地で採れたものでも、作られた年が違えば多少の違いがある。
だから、ワインは自分の舌で選ばなければいけない。

ラベルや名声、世間の評価を恃みにするのは三流だ。
本当においしいものを食べたいなら、自分で探さないといけないのだ。

「ワインは自分の舌で選ばなければ、だめ」
「ですが、お嬢様はまだワインを飲める歳ではありませんよ」
「味見は飲んだ内に入らないって、マンマは言ってたわ」

しれっと言ってのけたクレアの鼻を、アントニアは軽くつまんだ。
そして、一杯に見開かれた目を覗きこみ、にっこりと笑った。

「いけません。十歳を過ぎるまでは、洗礼を受けたワインだってダメですよ」
「え、ええ……」
「シェフに地元のワインを用意させます。それで我慢してください」

軽く抓まれた鼻を撫で、クレアは目を白黒させた。
九代目でさえ、この手のスキンシップはしないだろう。

使用人ならばなおさらだ。心の通った家族でもなければ、自然にできない。

長く記憶の狭間に沈んでいた母の面影が、ちらりと脳裏に蘇る。
今生の母ではなく、初代や二代目の兄妹だった時代の母だ。

つまみ食いをしたジョットの鼻を抓み、笑った姿が思い出される。
無性に懐かしくなり、クレアは慌てて首を横に振った。

些細な仕草に混乱するなど、きっと心が弱くなっているのだ。
つまらない感傷に浸っても、あの日が戻ってくることはないのに。

「仕方ないわね。シェフの舌に期待するわ」
「大丈夫ですよ、九代目のお抱えシェフですから」
「それが不安なのよ、なんて言ったら叱られるわね」

喉の奥で笑い、クレアは厨房へと向かった。廊下で九代目の雷とすれ違い、ついでに手紙の返事を受け取る。

「十代目候補を訪ねて回るんだってな、『姫』」
「ええ。挨拶もかねて、狩猟にお誘いするの」
「それは結構だが、ここに呼び付ければ良いんじゃないか」
「だめよ。それじゃあ、彼らの部下に対する接し方が見れないもの」

彼らの住まう所を見れば、彼らの好みや人となりが判る。
運が良ければ、部下にどう接しているか知ることだってできるだろう。

「今から、お土産のお菓子を作るの。明日の朝、パパと一緒に食べる分も。貴方も一緒にいかが?」
「お誘いは嬉しいが、料理なんてできるのか?」

ガナッシュの印象では、クレアはあくまで御姫様だ。
言動の端々に感じられる貴族らしさといい、労働とは無縁のように思える。

「自炊した時代もあるのよ。地下牢に入る前だけれど」
「腕が鈍ってないといいなぁ」
「ひどい、そんなことを言う人にはお裾分けしないわ」
「冗談だって、冗談。楽しみにしてるぜ、『姫』」

頬を膨らませて怒る『姫』の頭をかいぐり回し、雷は鼻歌を歌いながら歩いて行った。
その背を更にむくれた顔で見送り、クレアはキッチンへ急いだ。
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