てのひら返し
「一体なんだというんだ、この有様は!一体どこの組織だ、こんなことをするのは!」

一夜にして一変した状況に、エストラーネオのボスは頭を抱えた。
彼の前には、親しかったファミリーからの手紙が続々と届いている。

その全てに、縁を切るとの旨が素っ気なく、挨拶さえない文章で記されていた。
理由は書かれておらず、電話で問おうにも繋いでさえくれない。

「大変です、ボス!銀行から、口座を凍結すると連絡が来ました」
「なんだと?政治家は何をしている!あれほど便宜を図ってやったんだぞ」
「それが、彼らがこんな有様でして……」

知らせに来た部下の差し出した新聞には、懇意にしていた政治家の写真が載っている。
企業との癒着、マネーロンダリングや犯罪への関与の疑惑、そんな文字がでかでかと躍っている。

「なんだと……一体どこから情報が漏れたんだ」
「大変です!軍の研究機関に警察の監査が入ったそうです」

慌ただしく入ってきた部下が、テレビのスイッチを入れる。
速報のニュース番組が映り、軍の施設がズームアップされていた。

「これでは、研究を売ることもできませんね……」
「馬鹿、研究なんてできる状態じゃないだろう!」
「警察への対策を急ごう。どこまで隠し通せるかはわからんが」

資金と資金源を失った上に、あらゆるコネクションが断ち切れた。
マフィアが存続する上で、政治家や司法関係者とのコネは何よりも大切だ。

彼らの庇護があるからこそ、マフィアは大っぴらに動くことができる。
その代わりに、選挙時に民衆に票を入れさせ、彼らに地位を与える。

マフィアにとって、政治家は社会的制裁から逃れるための隠れ蓑なのだ。
それを失った時点で、エストラ―ネオは存続さえ危うくなった。

これらの事態は何処かのマフィアによる、明確な営利妨害である。
それも恐らくは、エストラ―ネオよりも勢力の大きいファミリーだ。

「相手がわからないのでは、対処ができん。情報を集めろ、構成員のなかに馬鹿をしたやつがいないかを聞いて回れ」
「はい。研究室はどうしましょう、稼働停止しますか」
「研究は継続だ。商売相手は海外にもいるし、資金を稼ぐにはそれしかない」

コンコンと軽いノックして、一人の男性が部屋に入ってきた。
その顔を見て、エストラ―ネオのボスは表情を明るくした。

「ああ、フィデンツィオ。来てくださると信じていたよ」
「もちろんですとも。貴方達が窮地に陥っていると聞いて、駆けてきました」

フィデンツィオと呼ばれた男性は、人好きする笑みを浮かべて頷いた。
仕立てのいいスーツを着こなし、些細な所作にも品の良さが表れている。

実際、彼は零落した貴族の末裔であり、広大な土地を所有する金持ちだ。
政財界の裏表に精通しており、今はエストラ―ネオの協力で市議会議員を務めている。

「覚えていますか、私が貴方と出会った日のことを」
「忘れるものですか。貴方がマフィアの生き方を教えてくれたから、私達はここまで発展したのです」

裏社会が醸成しきったイタリアでは、新しく旗揚げすることは難しい。
エストラーネオも結成したはいいものの、早々に様々な壁に突き当たった。

それらを乗り越え、勢力を拡大できたのはフィデンツィオはおかげだ。
彼は非合法な科学の研究が金になると教え、軍や権力者とのパイプをつないだ。

その彼がまた、エストラーネオに手を貸してくれるというのだ。
次々に降りかかる災厄も、彼が居れば解決できるだろう。

「新しい隠れ蓑は私が探します。貴方達は隠蔽工作と研究をしてください」
「ですが、資金が凍結されていて、研究費用が……」
「私の資産を貸しましょう」

金額自由な小切手を渡し、フィデンツィオは研究テーマのリストを捲った。
ずらりと記されたテーマはどれも非合法で、人体実験を伴うものだ。

まともな研究機関なら発案さえされないだろう項目から、彼は二つを選んだ。
特殊弾の開発と、前世にまつわるテーマの二つだ。

「特殊弾はともかく、こちらは難しいですな」
「大丈夫。その仮説を実験し得る素材を見つけてきました」

フィデンツィオは鞄から書類を取り出し、ボスに渡した。
それは、エストラーネオが喉から手が出るほど欲していた情報だった。

仮説を実証するために必要だが、長く存在が疑われていたもの。
それに関する詳細な情報が今、エストラーネオにもたらされたのだ。

「これが本当なら、我々は人類史上初の栄光を掴むでしょう。しかし、どうすれば手に入れられるか……」
「ご安心を、すでに私の友ニーナが準備しています。近々、貴方達の元に届くでしょう」
「ありがたい、本当にありがたい。貴方は私達の救世主だ」
「いえいえ。私も貴方達のおかげで、今の地位にある。お互い様ですよ」

確りと握手を交わし、フィデンツィオは連絡手段を伝えてアジトを辞した。
長居してマスコミに撮られたら、彼の立場も危うくなるからだ。

「しかし、彼はどうして私達によくしてくれるのでしょうか。何か思惑があるのでは……」
「わからん。だが、たとえどんな思惑があっても良いさ」

遠ざかる車を窓から見送り、ボスは溜息をついた。
警察の強制捜査を恐れなければならない現状に我慢がならない。

政府や司法の一挙一動に怯え、縮こまっているのは国民などの弱者だ。
勇敢なマフィアの男は、それらを歯牙にもかけぬ存在でなければならない。

苛々した気持ちを抑えるため、ボスは煙草に火を付けた。背もたれに寄りかかり、実験場からの報告書を一瞥する。

最近はモルモットを近隣の村から攫ってきていたことを思い出す。
そのこと自体には何も思うことなく、ただ処分の仕方が気にかかった。

報告書を机に放り、ボスは紫煙混じりに命令を下した。

「死んだネズミの処分は念入りにしろ。DNAを採取できるものは絶対に残すなよ」
「はい。徹底しておきます」
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