晴のアルコバレーノ
クレアがホテルの屋上庭園へ向かっているころ。

ボンゴレ本部の客室では、青年が非常に不機嫌な顔で踏ん反り返っていた。
彼と相対する九代目の『雷』は、心底疲れた顔で溜息をついた。

「来るなら来るで、事前に連絡を入れろ。ザンザス」
「連絡入れたらジジイがうるせぇ」

九代目とクレアが会合へ出掛けてから、程なくしてザンザスが本部に顔を出した。

珍しく学校に行ったらしく、彼は学校指定のシャツとネクタイを身に付けている。
適当に開いた胸元に緩く結んだネクタイがだらしなくぶら下がっている。

「クレアは九代目と共に外出している。晩には帰ってくる予定だ」
「土産を持って来ただけだ。帰る」
「お前、わかってねぇなあ」

土産と称する箱を置いて、ザンザスはさっさと去ろうとした。
しかし、『雷』があからさまに溜め息をつくのを聞き、足を止める。

「考えてみろ。会いたかった兄が来たってのにもう帰ってて、土産だけが残されてるのを見たら、どう思うよ」
「……」
「絶対、がっかりするぜ。外出しなきゃよかったって泣くかもな」

泣くという言葉に、ザンザスの肩がぴくりと動く。
それで勝利を確信した『雷』は、最後のひと押しになる言葉を発した。

「帰るの待っててやったら、笑顔いっぱいで喜ぶだろうなー」
「……部屋、用意しろ」

それだけ言うと、ザンザスはくるりと踵を返してベランダへ向かった。
そして、懐から携帯を取り出すと、普段生活している別宅へ電話をかけた。



温室に入ると、むせ返るほどの薔薇の香りに包まれる。
小さな室内を見渡せば、いずれ劣らぬ大輪の薔薇がランウェイを飾るように咲いている。

「素敵ね。また来れるかしら」
「九代目に頼めば、連れてきてくださいますよ」

ニーは、温室の中央に据えられたテーブルセットにクレアを座らせた。

デザイン性の高い華奢な椅子には、フリルを着た子供がよく似合う。
まるでそこだけロココ時代に戻ったみたいに思えるくらいだ。

今日の見立ては間違っていないと、ニーは誇らしげに笑った。
もし同僚が聞いたら、馬鹿かと呆れられそうだが。

「姫。お茶菓子は何が良いですか?マドレーヌなど……」

言いさして、ニーは温室の外から僅かな殺気を感じて顔色を変えた。

「ニーさま」

制止する意図を込めて名を呼ばれ、ニーは懐の銃に伸びた手を止めた。
不満げに振り向けば、クレアは笑っていた――『姫』の顔をして。

「招いてあげて」

その言葉に確信めいたものを感じ、ニーは言われるままに温室の扉を開いた。
そこに居たのは、クレアの言う通り、ニーも知る九代目の友人だった。

二頭身ほどの小柄な形でありながら、最強のヒットマンと名高い赤ん坊。
晴のアルコバレーノ、リボーンだ。

「リボーンさん」
「ちゃおっす。久しぶりだな、九代目の晴」
「お久しぶりです。ここに何かご用でも?」
「なあに、ちょっと挨拶しとこうと思っただけだ」

そう言って、リボーンは温室に入った。薔薇の小道を歩き、クレアの向かいにある椅子に飛び乗る。

「ニーさま、お茶菓子はマドレーヌでお願いね」
「はぁ、……わかりました」

人払いしたい意図を察して、ニーは温室の外へ出た。
護衛としての立場を内外に示すべく、ガラス戸の前に立つ。

ガラス越しの背中を目端で確認し、クレアはリボーンに視線を戻した。

「アルコバレーノの晴、リボーン。貴方ともあろう人が、私に何の御用かしら」

日本で生活していた時、クレアは千里眼で現在のアルコバレーノを調べた。
彼らは良くも悪くも裏社会で目立つ存在であり、調べて損はない。

もっとも、彼らがクレアに接触する理由はおおよそ見当が付いている。
いつの時代のアルコバレーノも、同じ事を聞いてくるからだ。

「鉄帽子の男は何処だ。知っているだろう、お前ならば」

『姫』はボンゴレリングの管理者として、トゥリニセッテに深く関わっている。
リボーン達に呪いをかけた鉄帽子の男を、知らないはずが無い。

そう考えたアルコバレーノは、クレアの地下牢に来る。
そして、クレアはいつも同じ絶望を彼らに付きつけることになる。

「ごめんなさい。私も、彼が何処に居るかは知らないの」
「本当か?」
「ええ。初代の時に会ったきりなの」

鉄帽子の男は、ボンゴレリングに関してのみクレアを信頼している。
契約に対する誠実さを買い、契約が反故される事は無いと確信している。

だから彼は、現世においてクレアに干渉しようとはしない。
言葉を交わすことも、顔を合わすことも、まして遣り方に口出しもしない。

彼がクレアに関わるのは、クレアが死んでから転生するまでの間だけだ。
まだ『箱』として使えるか判断するために、その時だけクレアの魂に触れる。

クレアは、死後から転生までの間、自身の魂が男の箱庭にいる事を知っている。
しかし、そこが一体何処なのかは知らされていない。

鉄帽子の男の現世での居場所は、クレアとて知ることは許されていないのだ。

「力になれなくて、本当にごめんなさい」
「いい。お前も俺達と同じ、トゥリニセッテの被害者だ」
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